七二話 お揃いへの道
初顔合わせをつつがなく終えて、あとはレットだけだ。
幼馴染同士の久方ぶりの対面だ。きっと感慨深いものがあることだろう。
「――ご苦労様です、レットさん」
「あ、ああ、久しぶりだな、セレンちゃん」
固いな……というか『ご苦労様です』って、まるで上司と部下みたいだ。
久し振りに会った幼馴染に掛ける言葉じゃないぞ……!
レットがなぜか緊張した態度なので、余計に上下関係を感じてそう見えてしまうのだろう。
さしずめレットの仕事は、僕の友達をやりつつ、ついでに護衛もする、といったところだろうか。……僕だけが友達と思っていて、レットは〔ビジネス〕と考えていることを想像すると、なんだか切ない気持ちになる。
給金が未払いになると『おいおい、今月分の金を貰ってないんだから友達ヅラしないでくれよ』とか言われてしまうんだろうか……?
おのれレットめ……なんてやつなんだ!
……僕がレットに理不尽な怒りを感じている間に、セレンとレットのやり取りは終わっていた。
「それでアイス、これからどうするんだ?」
レットの質問に僕は考える。
〔指無し盗賊団〕のことはナスルさんに話してあるので、ナスル軍に受け入れてもらうことは可能だ。
だが、セレンが僕と一緒に行くのは当然として、他の団員はどうするかだ。
彼らの意思も尊重しなければならない。
「セレン? セレンは僕と一緒に行くとして、団員さんたちはどうする?」
セレンは可愛らしく小首を傾げて答える。
「? もう、必要ないです」
その言葉を受けて、セレンの部下の一部が絶望の表情を浮かべた。
なぜか教国の神官服を着ている人たちだ。
どうして教国の神官が、軍国の盗賊団にいるのだろう?
その人たちは神に見放されたかのように、今にも自害しそうな顔をしている……
……これはいけない。
「そんなことないよ。部下さんたちが良ければだけど……ナスルさんの軍にそのまま加入してもらえれば、色々と助かると思うよ」
さすがに、あんな顔をしている人たちを放っておくわけにはいかないので、僕は必死でフォローした。
「有象無象がいくら寄り集まったところで、戦いの役に立つとは思いませんが……?」
ひどい! セレンの部下じゃなかったのか!?
――いや、違う。
セレンは、部下をこれ以上危険な目に遭わせないように、あえて「グッバイ」と別れを告げているに違いない……!
だがこのままでは、絶望の果てに現世からも「グッバイ」しそうな人たちがいっぱいだ……なんとか説得しないと。
僕がそう思案していると、部下の一人から声が掛かる。
「あ、あの……アイス様――」
「――耳無しさん。今、私がにぃさまと話をしているんですよ?」
「ひ、ひぃ……あっ、ああ……」
〔耳無し〕と呼ばれた男は恐怖に怯え、小便を漏らしている。
僕は引いていた……大の男が、こんなに可愛い子に優しく注意されただけで失禁するなんて。
どういうことなんだろう?
まさか、セレンに酷いことをされた経験でもあるのだろうか?
「――すみませんアイスさん。こいつは団長に声を掛けられて、喜びのあまり失禁してるんです――つまり、〔うれション〕ってやつですよ。こいつ尿線もろいもんで……」
僕の疑問に、すかさず副長の指無しさんが説明してくれた。
「そういうことでしたか……びっくりしましたよ。まるでセレンが酷いことをするみたいでしたので――そんなこと、ある訳ないですもんね!」
ふぅ……びっくりした。
僕としたことが、心優しいセレンを一瞬でも疑ってしまうなんて、まったく……セレンに申し訳ないな。
それにしても尿線もろいって……まるで涙腺もろいみたいに言ってるけど、つまり膀胱がゆるいってことなんだろう。
本人も悩んでいるかもしれないし、迂闊には触れられないな。
しかし、〔指無し〕〔耳無し〕〔腕無し〕は、指無し盗賊団の三幹部と聞いていたが、尿線ゆるいと何かと大変そうだな……よし、今度こっそりオムツをプレゼントしてあげるとしよう!
「――とにかく、部下さんたちを危険なことに巻き込みたくないという、セレンの気持ちはよく分かるけど、部下さんたちの意見も聞いてみたらどうかな?」
僕はセレンの冷たい発言が誤解されないように、さりげなく発言の真意を説明しつつ、部下さんたちの意見を忖度するようにセレンに提案した。
――冷静になってみると、なぜ僕が部下サイドに立って擁護しているのだろうか……?
「そうですね……ここで解散することについて、指無しさんはいかがですか?」
「わ、わしですかい!? わしは、もう――い、いや、アイスさんたちのお役に立ちたいでさぁ!」
まさかの指無しさんの消極的発言に、思わず悲しくなってしまったが、突然やる気を漲らせたかのように意志を表明した。
どうしたんだろう? フェニィたちの方を見て態度を変えたように見えたが……いや、気のせいだろう。
あの指無しさんが、セレンのサポートを敬遠するはずがないのだ……!
――――。
――僕らはポトへの帰路にいた。
行きとの違いは、帰りの馬車には指無しさんとニトさんの代わりに、セレンが乗っていることだ。
指無しさんたちはアジトに待機し、各地に散らばっている団員をまとめた後、ポトにやって来る予定となっている。
ナスル軍の旗下に入ることになるので、希望者のみということらしいが――反軍国の志が高かったり、セレンに心酔している団員も多いので、足抜けする人間は少ないだろうとのことだ。
盗賊団の〔始まりの三人〕こと三幹部の人たちは、当然のごとく残留してくれるみたいだから、上手くやってくれることだろう。
僕としたことが「三幹部の人たちで抜ける方はいませんよね?」などと分かりきったことを訊ねてしまって恥ずかしい……。
皆、揺るぎない強固な意思を示すように、首を何度もカクカクと振っていたのだ……セレンの近くにいられるのだから辞めるはずなんかないのに、まったく失礼な質問だった。
揺られる馬車の中で、セレンと積もりに積もった話をしていたが……再会時のいざこざの際にあったことで、気になっていたことがあったので聞いてみた。
「僕らが再会の喜びを噛み締めていた時、僕の頭にセレンが魔力を飛ばしてきたアレ……結局、アレはなんだったの?」
僕の中でセレンとの戦闘は――感動の再会へと美化変換されていた。
「そうですね……にぃさまには通じませんでしたが、一度試してみますか?」
「あの黒い靄みたいな魔力を防がなければ良いのかな? 良いよ、やってみて」
僕の脳裏には百デシベルぐらいの警報が鳴り響いていたが、セレンのやることだ、きっと大丈夫だろう。
それに刻術を理解出来れば、僕にも使えるようになる可能性もある。
兄妹でお揃いという訳だ……!
セレンから、もやもやと不吉な魔力が僕の脳に取り憑く……これは、セレンの魔力とはいえ中々の不快感だ。
「それでは『みっつ』でいきますね」と呟き、ナイフを取り出したセレンは、僕の手を――ザクッと馬車に縫い付けた!
――――はっ。
お、終わったのか……。
これはいかん、いかんですよ、セレンさん……!
「ど、どうしたの、アイス君!? 汗びっしょりじゃないの!」
「……ルピィ、僕の手にナイフが刺さって床に届くまで……どれくらい時間がかかったかな?」
「どれくらいって……コンマ一秒もかかってないでしょ」
「僕の体感だと、ナイフが触れてから三日間くらいかかったよ……セレン、今のは体感を引き延ばしている……いや、脳の知覚を加速しているのかな?」
「そうです。『みっつ』で生きていたのは、にぃさまが初めてです――さすがは、にぃさまですね」
セレンはとてもいい笑顔だ。僕の仲間たちはドン引きしているが……。
察するに、さっきのやつは段階があるようだが、『みっつ』か。
致死率百パーセントのやつを僕に使ったのか……ひょっとして、まだ怒っているのだろうか?
「そ、そうなんだ……それは光栄だなぁ。ナイフの痛みよりも三日間まったく動けないのが辛かったし、耐えきれない人もいるかもね。……これは、仲間の皆には絶対に使ったら駄目だよ」
フェニィの炎術に続いて、使用禁止の術が追加だ。
いや、炎術に関しては、フェニィも魔力操作が上手くなってきているので、そろそろ解禁を考えているが……セレンのこれはもう、絶対に仲間に使ったら駄目なやつだ。
「レットさんに使うのも駄目ですか?」
レットだけ特別枠だ!?
セレンに特別扱いされるなんて、妬ましいなぁ……。
「レットかぁ……レットなら、まぁ――」
「――いいわけねぇだろ! ふざけんなよ!」
軽い冗談だったが、レットは必死で止めに入った。
「冗談だって、レット。こんなに危険なものをセレンが仲間に使うわけないだろ?」
「……今、アイスに使ってたじゃねぇか。……ここはちゃんと禁止しとかないと、必ずセレンちゃんは俺に使うね。賭けてもいいぜ」
相変わらずセレンに対する苦手意識が強い男だ。
なんでこんなことに自信満々なんだろう……。
「――レットさん。レットさんが旅の途中でいなくなって、にぃさまとルピィさんが二人きりで旅をしていたと聞いたのですが……なにかの冗談ですよね、レットさん?」
「うっ……」
レットがセレンに詰問を受けている。
まるで夫の不貞を疑う妻のようだ……ますます嫉妬してしまうなぁ。
明日も夜に投稿予定。
次回、七三話〔犯人糾弾〕




