六九話 在るべき形
「セレン、冗談でもそんなことを言ったら駄目だよ。本気にする人だっているかもしれないんだから」
周囲の人はセレンの発言を本気だと思っているようだったので、僕はやんわりとセレンをたしなめつつ、周りに「この子は冗談で言っているんですよ」とアピールする。
「……私が処理する必要があるようですね」
物騒なことを呟きつつ歩を進めるセレン。
やれやれ……困った子だな。僕は、今にも飛び掛かりそうな仲間に笑いかけて安心させつつ、皆の前へと歩き出た。
――なにげなくセレンの視界からジーレを隠すことも忘れない。
「邪魔をするなら、にぃさまには止まってもらいますよ?」
……止まってもらう? 動けないようにするという事だろうか?
とにかく、静かに激怒しているセレンを何とかして宥めなくては……僕にはそれが出来るはずだ。
まずは、やっぱり褒めてあげなくては……!
「それにしてもセレンは凄いね、こんなにたくさん部下の人たちがいるなんて。
〔指無し盗賊団〕の名前は聞いたことがあったけど、まさかセレンが団長だなんて思わなかったよ」
残念ながらセレンの部下さんたちは、今やほとんどが地べたに這っているが、当初はこの部下さんたちを見せびらかせにきたはずだ――と踏んで、まずはそこを褒めてみる。
「下部組織の人間も含めれば千人近くはいますよ。その多くをにぃさまの捜索に当てていましたので、今はこれだけですが」
よし、目論み通り話題に乗ってきたぞ!
……というか、下部組織? 千人?
たった半年でそれだけの組織を作りあげたのか……僕は二年で三人増えただけなのに……。
いや、ナスル軍も含めてしまえば、こっちだって負けてないはずだ……!
セレンは会話をしながら――ひゅっ、と二つの小石を僕の足に向けて投げた。
当たっても、こつんと衝撃があるぐらいだろうが……とても嫌な予感がしたので、すぐに射線から逃げる。
――ガンッ! ガンッ!
セレンの手から離れていた小石は、突然――目で追うのがやっとなぐらいに急加速して、僕の足があった場所にぶち当たった。
……なんだ、今のは?
直撃したら骨が粉砕しそうなぐらいに加速したぞ……?
「ふふっ……初見で躱しますか。それでこそ、にぃさまです」
僕の両足を砕くことに失敗したわりには、満足そうに微笑むセレン。
「もしかして……今のは〔刻術〕かな? 射線上に魔力溜まりが視えたけど、石が魔力に触れた瞬間に加速してたね」
そう、僕の目には空中に浮かんでいる魔力溜まりが、視えていたのだ。
魔力が視認出来る僕だから違和感を覚えたが、普通の人にとっては完全に初見殺しになりそうだ……。
「そうです。時間はかかりましたが……ようやく形にすることが出来ました」
「すごい……すごいよセレン! この間、村からセレンがいなくなったって聞いた時から、もしかしてって思ってたけど、本当に刻術を使えるようになったんだね!」
すかさず僕は褒めた!
褒め方にはポイントがある。相手が褒めてほしいと思っていることを褒めてあげれば、より高い効果を得られるのだ……!
それでなくとも素直に感心していたので、ほとんど打算なくセレンを称賛した。
「ふふふっ……ありがとうございます、にぃさま。これだけでは無いんですよ?」
セレンは上機嫌だが、まだ矛を収めてくれる気はないらしい。
「にぃさまは痛みに強いですし……『みっつ』ぐらいにしましょう」
「っ……! そいつはいけねぇ、団長っ……!」
セレンがどこか不吉な言葉を発した直後、指無しさんの叫び声が上がった。
――というか、距離が離れていたとはいえ、指無しさんはセレンの魔力の影響を受けていないのか?
とても魔力抵抗が高いようには見えなかったので、不思議に思って振り返ってみると――指無しさんは脂汗をだらだら流しながら、噛み締めた唇からぽたぽた血を流しながら、それでも二本の足でしっかりと立っていた……すごいなぁ。
僕が余所見をしている隙もしっかり見逃さずに、セレンが小さなナイフを連続して繰り出してくる。ナイフで突き、払ったかと思えば、弧を描くような軌道で襲いかかってきたりもする。
小さな傷でもいいから――とにかく当てようという動きだ。
それに違和感を覚えつつも、掠りでもしたら致命的な結果になる予感がどこかにあったので、丁寧に全てを回避した。
「指無しさんは凄い人だね……セレンに部下がたくさんいるのも凄いと思ったけど、指無しさんを副長にしているのには本当に感心したよ。セレンは人を見る目があるね」
僕は指無しさんに、畏怖に似た感情を抱いていた。
気合いや根性でセレンの魔力に対抗出来るとは思えないが、現に指無しさんはそれをしている……どんな精神力をしているのだろう?
「ふふっ……にぃさまならそう言ってくれると思いました」
よくぞそこに気付いてくれました、とばかりに得意気なセレン。
そう言いながらも攻撃の手を緩めることはない……そろそろ止めてほしいな。
それにしても……さっきから僕の頭、いや、脳を狙ってるように漂っている、このセレンの魔力にはどんな意図があるのだろう?
とてつもなく嫌な予感がしているので、必死に頭部を魔力で固めて守っているのだが……。
「まったく……私の刻術は、にぃさまが相手では相性が最悪ですね」
やはり、なにかよろしくない意図があったらしく、セレンは少し悔しそうだ。
「それは違うよ、セレン。相性は最悪じゃなくて最高なんだ――僕らはベストパートナーだからね!」
それらしいことを勢いで言ってみたが……セレンの雰囲気が悪い方に変わった。
「――いい加減なことを言わないで下さい」
どうやら、僕が反省もせず軽口を叩いていると思ったようだ。
セレンの感情に呼応するように動きが格段にキレを持つ。
これまでは僕を殺してしまわないように、かなりセーブして闘っていたようだ。
頭の周りを漂っている魔力を防ぐことに気を取られているのもあり、ナイフをいなしきれなくなってきた僕は――たちまち傷だらけとなった。
――しかし、身体に負った傷よりも、セレンの言葉が、声が、痛かった。
「迎えに行くのが遅くなって、本当にごめん……」
普段は感情を表に出さないセレンが感情を露わにすると、胸にくるものがある……。
しかしこのまま防戦一方というわけにはいかない。僕の身体に傷が増えるのに比例して、やきもきしながら見ている仲間がそろそろ我慢の限界だ。
とくにフェニィだ。あれでフェニィは、僕を守ろうとしてくれているところがあるのだ。
止まない雨のような刺撃、斬撃をそろそろなんとかしなければ――
僕はセレンの眼前にあえて多めの魔力を込めて、これから行使する術の前兆を悟らせる――村での模擬戦の時に僕がよくやった手だ。
戦闘中、眼前に〔火術〕で火を出現させることで相手を怯ませ隙を作る技だ。
……これは単純だが効果的だ。
分かっていたとしても、突然目の前に炎が現れれば人は動揺を避けられない。
かつてのレットやセレンがそうだった。
だが、今のセレンは動揺しないだろう……僕には確信がある。
この二年でその程度のことは克服しているはずだ。
セレンは目を瞑ることもなく、悠々と対処するだろう――それが狙いだ。
――カッ!
「――っく!」
目を潰すような強烈な閃光がセレンを貫いた。
光術。僕が旅をしている最中に覚えた術……セレンの知らない術だ。
殺傷能力こそ無いものの、相手の隙を作るにはうってつけの術と言える。
そしてこの場においては、これ以上なく適した術でもある。
火術と予想していたところに光術だ……目を開いて身構えていれば、手酷い不意打ちとなるはずだ。
セレンが咄嗟に眼を押さえた刹那、僕はセレンに肉薄し――その華奢な身体を抱き締めた。
そう、僕の目的はセレンを打倒することなどでは、断じて無い。
……僕ら兄妹が争う必要など、無いのだ。
「本当にセレンは強くなったね……改めて、僕からセレンにお願いするよ。
……僕と一緒に来てくれないかな? セレンの力が必要だし――セレンと一緒にいたいんだ」
僕はセレンを抱き締めながら、セレンのこれまでの成果を褒めるように、離れていた時間を埋めていくように……優しく頭を撫でた。
セレンは抵抗しなかった。
僕の腕の中で力を失ったように脱力して、その身を預けている。
「……にぃさまは、ずるいです」
その声音は、僕の心を濡らすように湿ったものだった。
……つい、もらい泣きしそうになるのを堪える。
僕は強くなったんだ。こんなところで泣くような真似はしない。
「ふふっ……にぃさまはやっぱり、すぐ泣いてしまうのですね」
「……僕は泣いてないよ」
鋭いセレンが気配だけでそれと察して指摘してきたが、僕は否定した。
……そうだ、僕は泣いてなどいない。
これからセレンをずっと守っていくのだ。弱いままではいられないのだ。
「いいのです。……にぃさまは、嬉しくても悲しくても、ちゃんと泣ける人でいてください。……私が、にぃさまを守りますから」
まるで、泣かない自分の代わりに泣いてくれ、と言われているような気がして……僕は無性に悲しい気持ちになってしまい、壊れそうなくらいに強くセレンを抱き締めてしまう。
「……僕は強くなったんだよ? 村を出てから一度も泣いてないんだから」
僕は都合の悪い記憶を全て改竄して、堂々とセレンに告げた。
自分に真実だと思い込ませれば、疚しい気持ちになるようなことは無い……!
「ふふふっ……にぃさまは相変わらず嘘吐きですね」
なんてことだ……妹ですら僕の言葉を信じてくれないなんて。
でもこれから時間はいくらでもある。
僕が頼りになるところを少しずつ見せていこう。
そうすればセレンも分かってくれるはずだ。
差し当たっては、地面に倒れてピクリとも動かないセレンの部下さんたちを蘇生していこう……まだ間に合うはずだ。
これで第四部は終了となります。
明日の夜の投稿からは、第五部【鳴神】の開始です。
次回、七十話〔思い出のカナブン〕




