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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第四部 刻の支配者

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六八話 女帝の降臨

 馬車を走らせること三日目。僕らは小さな村で歓待を受けていた。

 聞けばこの村の人々は、近くの森を根城にする盗賊団に長い間暴虐を受けていたらしい。


 そこにセレンがふらりと現れ、またたく間に盗賊団を壊滅させた――と、村長が興奮ぎみに語ってくれた。

 セレンの神秘的な容姿も相まって、この村でセレンは〔神が遣わせた救世主〕扱いらしい。

 そしてセレンの兄ということで、僕に対しても下へも置かぬ待遇というわけだ。


 うん、困った人々を見過ごせないとは、さすがは優しいセレンだ。

 もはや僕は、〔指無し盗賊団〕の団長がセレンということに、なんら疑いを持っていなかった。

 要因としては、副長である指無しさんの存在が大きい。

 ……最初は、実力主義であるはずの盗賊団で〔加護無し〕である指無しさんが副長を務めていることが不思議だった。

 ならず者が集まる中で、それらをまとめ上げるだけの力があるようには思えなかったのだ。


 しかし、ほんの数日一緒にいただけの僕にも、その訳はすぐに分かった。 

 結果的には誤解だったが、馬車での轢き逃げ疑惑の時にも、指無しさんはひどく怯えながらも義憤に燃えていた――そう、この人の心には正義を宿しているのだ。

 指無しさんは、悪いことを「悪い」と咎めてくれる人だ。

 僕の目から見て、少し常識知らずなところがあるセレンには必要な存在だと思うし、セレンもまたそれを自覚しているからこそ、彼を副長に選定したのだろう。


 ちなみに同じ団員のニトさんは〔武の加護持ち〕で、戦闘力を持たない指無しさんの護衛のようなのだが……ここのところ食欲が湧かないらしく、すっかりやつれてしまっている。

 初対面の時にも突然倒れていたし、本当に虚弱体質のようだ……護衛としてどうなんだろうとは思うが、心配でならない。


 ――そんなニトさんは、僕らを村に滞留させておいて、一足先にアジトへと僕らの来訪を知らせに行っている。

 僕には待ちきれない気持ちがあったが、ニトさんが芸術的なまでに美しく見事な〔土下座〕で、僕らに村で待つようにお願いしてきたので、僕には断ることが出来なかったのだ……。

 あれほど天晴れな土下座で頼まれて――断れる人間などいない……!

 ニトさんの無駄一つ無い体の動きに、初めてニトさんが〔武持ち〕であることの片鱗を見たのだ。


 それによくよく考えてみれば、事前連絡無しに女の子の部屋を訪れるのは嫌われる、と聞いたことがある。

 きっとニトさんは、体を張って気を効かせてくれたのだろう。


 ――それから長く待つこともなく、村の外に複数の気配を感じた。

 これはセレンたちだろう。わざわざ大勢の人間を引き連れてきたようだが、僕にはセレンの考えていることがよく分かる。

 きっと僕に、自分の部下たちを、自分の行動の〔成果〕を見せたいに違いない。

 もう自分は、昔の自分ではないというアピールなのだ……まったくセレンは可愛いなぁ。


 僕と仲間たちは示し合わせたように席を立ち、村の外へと歩いていく。

 指無しさんも不思議そうにしながら僕らの後を追う。


 果たしてそこにはセレンがいた――

 ――背後に数十人の盗賊を率いて、僕が村から出てくるのを分かっていたように、悠然と支配者のように待ち構えていた。

 僕の胸の底に沈めておいた感情が浮き上がってくる。

 セレン、セレンだ……。昔と何も変わらない。

 佇んでいるだけで周囲の景色を神々しいものへと変革させている。


 ……いや、変わってないなんてことはない。

 背も高くなったし、道行く人が振り返るほどの美人になった。

 なにより、人付き合いが皆無だったあのセレンが、あれほど多くの人々に囲まれているのだ。


 セレンも僕を懐かしんでいるようだ。

 いつもは引き締まった口元がわずかに綻んでいるのが見て取れる。

 だが、僕がセレンに駆け寄ろうとした瞬間、最悪のタイミングで声が掛かってしまった――


「おにぃちゃん、あの子がセレンちゃん?」


 ――空気が一変した。

 ジーレの何気ない一言で、事態は急転直下の様相を迎えていた。

 僕には分かる…………セレンは〔激おこ〕だ!


 セレンからすれば二年以上会ってなかった兄が、見知らぬ子から「おにぃちゃん」などと呼ばれているのだ。

 お兄ちゃんっ子で独占欲が強いセレンが、この状況で怒らないでいられようか? ……いや、ありえない!


 セレンから禍々しい……骨まで溶かすような妖気、いや、魔力が噴出している。

 ああっ……セレンの部下さんたちが、ばたばたと倒れていっている……!


 ――神持ちの膨大な魔力は、その性質によって周囲の人間に多大な影響を与える。

 その魔力がプラスに働くケースもあるのだ。

 僕が出会ったなかでは……レットや、教国の聖女なんかがそうだ。

 レットの魔力は透き通った清々しいもので、周囲の人間には高純度の酸素に包まれているような清涼感を与える。

 聖女の方は普段魔力を全く抑えていないが、むせ返るような深緑の香りに包まれているような安心感を、常に周囲へと振りまいている。


 逆にその魔力がマイナスの効果、他者にとって有害な質の魔力の持ち主としては、フェニィとセレンがそれに該当する。

 フェニィの魔力はどろっとした濃い魔力、他者に与える影響としては〔火山性ガス〕が近い。魔力抵抗の無い人が浴びると、頭痛やめまい、呼吸困難に陥り、そのまま放置すれば最悪死に至ることだろう。


 そして――セレンの魔力はもっと性質が悪い。

 はっきり言ってしまえば〔無臭の有毒ガス〕の性質を持っている。

 それと気が付いた時には、ふっと意識を失い、そのままお迎えが来てしまうのだ……!

 このままでは、セレンの部下さんたちが向こう側に旅立ってしまう……僕がなんとかしなければ。


「にぃさま……()()は何ですか?」


 うっ……セレンが怖い。

『それ』呼ばわりされたジーレは、セレンの迫力にがたがた震えている。

 見れば僕の仲間たちは皆、臨戦態勢を取っている……レットに至っては〔盾〕を構えている!

 この男、本気すぎる……レットが盾を持っているのを見るのは久し振りだが、まさかセレンとの再会シーンで見ることになるとは……。


「ち、違う、違うんです、セレンさん」


 妹に敬語を使う僕。

『おにぃちゃん』と呼ばれるのも悪くないな、と思っていた後ろめたさが、僕を卑屈にしていたのだ。


()()、不快ですね。にぃさまの手で、殺してもらえませんか?」


 ――その場の視線が僕に集中する。

 ジーレが絶望したような瞳を僕に向ける。

 仲間たちは「まさか……?」という目で僕の動向を注視している……

 ……いやいやいや、ありえない! ありえないから!

 ナスルさんに怒られるとかじゃなく、もう人としてありえないから!


 なんで僕の仲間たちは「こいつならやりかねない」みたいな目で見ているんだ。

 そのことが――僕にとって、なによりショックだ!

 はい喜んで! と、そんな鬼畜外道なことを僕がやると思っているのか……?

 それにセレンだって、いくらなんでも本気でそんなことを言っているわけじゃないはずだ。ただ子供らしく拗ねて、僕を困らせようとしているだけなんだ……。


明日で第四部は終了となります。

明日も夜に投稿予定。

次回、六九話〔在るべき形〕

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