六七話 虐殺幼女
『――副長、綺麗どころと一緒に馬車の旅っスよ! へへへっ、俺たちツイてるっスね。これは俺にも春が来るかもしれないっスよ』
『バカなこと言ってんじゃねえ。アイスさんに殺されてぇのか』
なにやらニトさんたちが小声で話しているが、僕に聞こえているぐらいだ、ルピィたちにも間違いなく聞こえていることだろう。
ルピィにせよフェニィにせよ、下心を持って近付いてくる男には厳烈な対応をする傾向がある……悪いことが起きなければいいのだが。
――ともかく、馬車で三日も走れば、アジトの森近くにある村に辿り着くということらしい。
そして馬車が走り出した早々から、大人しくしていられない僕の仲間たちは――馬車の御者の奪い合いをしていた……。
とくにフェニィとジーレは馬車に乗ること自体が初めてなこともあり、ルピィの次にどちらが御者をやるかで揉めていたのだ。
……駄々っ子二人を放置しておくと何が起きるか分からない。
かつて沈んだ舟のように、この馬車が崩壊する可能性だってある。
頼りになる直感がそれを伝えてくれたので――僕は一方的に決めつける!
「最初はジーレからで。ルピィに付いてもらって御者を教えてもらってね。
……フェニィはお姉さんだから、後からだよ。僕と一緒に御者をやろう!」
フェニィは不満そうではあるが、しぶしぶ納得してくれた。
僕らのやり取りを眺めているレットと盗賊の二人は、微笑ましいものを見るような目をしているが、実情を知っている僕の心はそれほど穏やかではなかった。
極端な話ではあるが、フェニィが悔しさのあまり地団駄を踏むだけで馬車が崩壊してしまうのだ……ナスルさんから借りた乗り物を毎回毎回、全損させるわけにはいかない。
僕らが非常識な集団だと思われてしまう……!
――――。
異変があったのは、馬車で出発して二日目のことだ。
その日は僕が御者をして、隣にフェニィが座っていた。
フェニィは御者台で風を切る感覚が気に入ったのか、自分が御者をしていない時も、こうして御者台にいることが多いのだ。
――ん?
街道の前方に二人の男がいる。一人が倒れ一人がそれを抱き抱えているような恰好だ。一見すると、体調を崩した仲間を介抱しているように見える。
「皆、大丈夫かな? ちゃんと掴まっててね」
僕は馬車の皆に声を掛けて、注意を促した。
「分かってるよ~」
「おう」
ルピィとレットからは返事があったが、ジーレと盗賊の二人は不思議そうな顔だ。
……すぐに分かるので、後から説明するとしよう。
馬車はどんどん街道の二人に迫っていく。
僕は手綱を振るう――加速する馬車。
「ちょっ、アイスさん……!」
後ろから指無しさんの叫び声が聞こえるが気にしない……先手必勝だ!
街道にいた二人が、慌てふためいて逃げ出そうとするが間に合わない。
――ドガッ! ドゴンドゴン!
馬車の馬二頭は、躊躇うことなく街道の男たちを踏み潰し――馬車の車輪が、柔らかいものを踏んだような感触を僕らに伝えてくれた。
「うん、さすがは訓練された軍馬だね……全く躊躇わずに人を踏みつぶしたよ」
ナスルさんは馬車の馬に、立派な軍馬を付けてくれたのだ。
ジーレに過保護すぎるのではないかと思ったが、こうして役に立ってくれたので良かった良かった。
盗賊の二人は絶句していたが――不意に、指無しさんが衝撃から立ち返った。
「あ、あんた……なんちゅうことを……!」
義憤に燃える目で僕を見ている……おや、まだ誤解されているようだぞ。
「指無しさん、落ち着いてください。盗賊の待ち伏せですよ。あと、こっちに三人。向こうに四人いますので、ちょっと片づけてきますね」
街道の二人で馬車の足を止めさせてから、左右の七人で襲いかかる計画だったのだろう。
街道の二人もそうだったが、街道の茂みからも分かりやすい殺気が漏れていたので、僕も仲間たちも当然のごとく看破していたのだ。
わざわざ馬車で轢き殺した時点で、指無しさんたちも潜んだ盗賊に気付くかと思っていたが……もしかして、罪も無い人を平気で轢き殺すような人間だと思われているのだろうか?
――その点でジーレはさすがだ。
僕が馬車の速度を上げた瞬間に察していたようだった。
むしろ馬車で男たちを踏み潰す時なんかは、新手のアトラクションか何かのようにはしゃいでいたぐらいだ。……それはそれで問題な気もしてしまうが、まぁ良しとしよう。
街道の男たちを轢いた後、すぐに僕は馬車を止めた。
きっと待つまでもなく盗賊が這い出てくるだろう――その予想に違わず、茂みから男たちが喚きながら出てきた。
「じゃあ、レットとルピィは四人の方、僕とフェニィが三人の方でいいかな?」
盗賊の残党もしっかり始末しておかないと、無辜の人々が被害に遭うかもしれないのだ。
――良識人の僕としては見過ごせない!
こちらから四人も出るのは完全に過剰戦力だったが、油断して怪我をするよりはずっとマシだ。皆も同意してくれたと思ったが……ジーレが不満を表明した。
「ジーレも行きた~い!」
ふむ、『遊びに行きた~い』みたいな声調なのが気になるが、これも社会勉強の一環だな。
「いいよ。じゃあ、僕とフェニィと一緒の方に行こうか」
「――ちょ、ちょっと、アイスさん。そんな小さな子供を……それに、わしらも黙って見ているわけにはいきやせん」
盗賊たちが出現して轢き逃げ疑惑は解消されたものの、盗賊らしからぬ倫理観を持っている指無しさんが慌てて止めに入ってきた。
「大丈夫ですよ。僕とフェニィも付いてますから。セレンの部下さんたちに怪我をさせるわけにもいかないですし、のんびりしててください」
「のんびりって……」
強引に話を打ち切った僕は、ジーレと一緒に馬車の外に出る。
「よし、近くに盗賊を引き取ってくれるような街もないことだし……全員殺してしまおう!」
「うん!」
ジーレが元気よく返事をする。
半端な情けをかけて命を奪わなかったら、この先――無用な犠牲者が出るかもしれないのである。
指無しさんたちが信じられないようなものを見る目で僕らを見ているが、これは仕方がないことなのだ。
――盗賊たちがニヤニヤ笑いながら、僕らに向かって歩いてくる。
「げひぇひぇ、馬車を止めて降りてくるなんて、バカなガキどもだ。仲間を轢かれた礼をさせてもらおうじゃねぇか! ――おう、おめぇら、女は生け捕りだ。男は殺せっ……!」
盗賊たちは油断しているように見せかけて、四人の仲間を茂みに伏せたままだ。
なかなか抜け目ない連中だが、隠れている四人は馬車から消えたルピィとレットに任せておこう。
狭い街道を歩いてくるのは盗賊が三人。顔がよく見える距離まで近付いてきた時――ジーレの重術が発動した。
「えいっ!」
――ぐちゃっ!
おぉ……これは……これはエグい!
食事中の人にはとても見せられない光景だ……!
悲鳴も上げられずに、あっという間に三人の盗賊がミンチになっている。
……馬車の近くでニトさんが嘔吐しているのも無理からぬことだ。
たしかに盗賊には死んでもらうつもりだったが、残酷指数が高過ぎるのではないのか?
――――くっ……なんてことだ……ジーレが何かを期待するように、僕の顔を見上げているではないか。
ジーレは間違ったことをしていない……ここは誉めてあげなくては。
子供の頃から成功体験を積み重ねることで、自分に自信を持ち、立派な大人になるのだ!
「すごいよ、ジーレ! あっという間だったじゃないか。これはなかなか出来ることじゃないよ――ナイスミンチ!!」
色々なものをうっちゃって、とにかく褒めた。頭をわしわし撫でてあげながら、勢いのままに、何を言ってるのか分からなくなるくらいに褒めた……!
ああっ……指無しさんが、異常者を見る目で僕らをみている……。
違うんだ、僕だって心が痛いんだ!
「えへへっ……ジーレすごい~」
僕の心は大事なものを失ったが、その甲斐あってジーレは得意満面だ。
しかし、少し褒めすぎたかもしれない……嫌な予感がする。
…………やっぱりフェニィが機嫌を悪くしている。
自分の出番が無かった上に、ジーレが褒められまくっているのだ。
これはフェニィとしては面白くないのだろう――よし、ここはあの手でいこう。
「よぉし、今夜の晩御飯はジーレの好きな〔ハンバーグ〕を作ってあげるからね」
「ハンバーグ!? やったぁー!」
喜ぶジーレ。そして…………よし、フェニィも嬉しそうだ!
さすがは皆大好きハンバーグだ。ジーレもフェニィも、皆が幸せになれる、我ながら見事な作戦である。
僕が一人達成感を覚えていると、ルピィたちが戻ってきた。
「ただいま~。全員片付けてきたよ~」
「アイスたちは……おわっ! なんだこれは!?」
レットが元盗賊のミンチを見て驚愕の声を上げる。
……ルピィは惨状を完全にスルーしていた。
「ジーレがやったんだよ! すごいでしょ!」
返答に困ったレットは、条件反射的に僕の方を見る。
……僕はレットに念を送っていた。
褒めろ……褒めろ……。
「そ、そうか……す、すごいなジーレちゃん」
僕の想いが伝わったようだ。
ぎこちなく、顔を引き攣らせながらもジーレを称賛するレット。
「でしょ~! ジーレが頑張ったから、今晩はハンバーグを作ってくれるんだって!」
「は、はんばーぐ……」
レットは何故か卒倒しそうな顔をしている。
レットもハンバーグは好きなはずなのに、どうしたんだろう?
なにせナスルさんが馬車に積んでくれた食糧には、質の高い牛肉と豚肉があるのだ。僕の好みで〔七対三〕の合い挽きにしてしまうとしよう。
……うん、人数も多いことだ、ハンバーグのタネをこねこね作るのに、皆にも協力してもらおう。
聞くところによれば、〔陶芸〕で土をこねる行為には精神安定作用があるそうだ――具合の悪そうなニトさんも、合い挽き肉をこねこねしていれば元気溌剌となるはずだ……!
あと二話で第四部は終了です。
明日も夜に投稿予定。
次回、六八話〔女帝の降臨〕




