六六話 妹への旅立ち
――セレンの部下を自称する男たちと連れ立って、僕らはさきほど出たばかりの甘味処を再度訪れた。
「あれっ、アイスちゃんどうしたの?」
「またお世話になります……」
ナスルさんが〔アイス=クーデルン〕の名前を広めて以来、元々僕は母さんの影響で顔が知られていたが、今やどこに行っても声を掛けられるほどに知名度が上がっていた……これは下手なことは出来ないな。
それにしても、僕の名前を公布してから数日も経たないうちにセレン関連で進展があるとは思わなかった。
――だが、盗賊がセレンの部下とはどういう意味だろう?
盗賊からセレンの名前が出た時は、セレンが攫われでもしたのかと思わず殺意を向けてしまったが、よくよく見ると悪そうな人たちには見えない。
それどころか、話している最中に突然倒れるという虚弱体質ぶりだ。
あのセレンをさらう、というイメージにはまるでそぐわない。
心臓が止まっていた時はびっくりしたが、僕がたまたま近くにいて本当に良かった……まったく、この人は大した幸運の持ち主だ!
「危ないところを助かりやした、アイスさん」
ニトと名乗った人が、またもや僕に礼を言ってくれた。
「いえいえとんでもない。どうかお身体を労ってください。それで……セレンをご存じのようですが、あなた方はどこで僕の妹と?」
「――それはわしから説明しやす。……申し遅れやしたが、わしは〔指無し盗賊団〕副長のリッツというもんです。気軽に『指無し』とお呼びくだせぇ」
指無しって……気軽に呼べるような呼び方じゃないぞ……。
この人、どこかおかしいんじゃないのか?
それに〔指無し盗賊団〕の〔指無し〕が副長ってどういうことだろう。
そこは団長ではないのか?
僕に疑念は尽きなかったが、大人しく指無しさんの話の続きを待つ。
「妹さん――セレン=クーデルンさんは、わしたち〔指無し盗賊団〕の団長です。というより、お兄さんを捜す為に盗賊団を配下に置いてる、と言った方が正しいでさぁ」
「……えっと、多分、人違いをされてると思いますよ?」
「「えっ」」
「セレン=クーデルンはたしかに僕の大事な妹ですが、大人しくて引っ込み思案な子なので、とても盗賊団の団長なんて出来る子じゃないですよ?」
「し、しかし……」
話が合わずに困惑する僕たちだったが――そこに口を挟んだのはレットだ。
「待ってください。……その、団長の特長を教えてもらえますか?」
「団長ですかい……そちらのお兄さん、アイスさんとそっくりの顔立ちで……アイスさんに関係すること以外では、一切口を開かない方です。あとは……敵にも味方にも容赦のない人、って事ぐらいですさね」
「……うん。間違いなくセレンちゃんですね」
レットは納得したようだが、僕の疑念は晴れない。
敵はともかく、味方にも容赦しないって意味が分からないぞ……少なくとも僕の知るセレン像とは乖離している。
……いや、待てよ。戦闘訓練の時はレットに厳しかったと言えなくもないな。
なんと言っても、セレンのことをよく知っているレットのお墨付きだ。
他にセレンの手掛かりもないし、確かめる価値はありそうだ。
「分かりました。お世話になっているここの領主、ナスルさんに一声掛けてから、一緒に会いに行きましょう」
甘味処に本日二度目の来店なのに、がっつり注文していたフェニィを引き剥がしつつ、僕らはナスル城へと向かった。
「――指無し盗賊団か……私も聞いたことがあるな。反軍国を掲げる義賊集団と聞いている。……それで、アイス君の妹がそのトップにいるというのかね?」
「はい、ナスルさん。どうやらそのようなんです」
「……たしか、大人しくて引っ込み思案な妹だと、君から聞いていたが……?」
「そうです、そうなんです。きっと僕を捜す為に無理をしたに違いないんです。
セレンの苦労を思うと……胸が張り裂けそうな気持ちとはこのことですよ!」
「…………そうかね」
なぜか諦めたように呟くナスルさんだったが――その力の無い言葉とは裏腹に、全面的に僕らの行動をバックアップしてくれることとなった。
出発に先立って、気前よく僕らのために馬車を貸してくれたのだ。
僕らだけなら走った方が早いだろうが、ここには盗賊団の人たちもいる。
すぐにでも会いにいって確かめたい気持ちはあるが、急いては事を仕損じる。
急ぎすぎて道を間違えた、なんて事になったら目も当てられないというものだ。
万全の態勢で迎えに行くべきだろう。
ところが……いざ出発という段になって問題が発生した。
ジーレが「一緒に行きた~い!」とゴネたのだ……最近は、毎日僕らと行動を共にしていたので、置いていかれるのを嫌ったのだろう。
――もちろんナスルさんは猛反対だ。
目に入れても痛くないほどに溺愛する娘が城を出るだけでも問題なのに、盗賊団の本拠地に行くともなれば、反対するのも理解出来ることである。
最終的には、駄々をこねるジーレ、娘に甘いナスルさん、ジーレの為にプレッシャーをかけるフェニィ――様々な要素が絡み合った結果、ナスルさんは泣く泣く、いや、快くジーレを送り出すことを認めるに至った……。
皆が馬車に乗り込み、もう出発するばかりという段階になっても、ナスルさんは心配そうに馬車の脇に立っている。
……よし、ここは僕がナスルさんを安心させてあげようではないか!
「大丈夫ですよ、ジーレは必ず僕らが守ります。……むしろ、帰ってくる頃には、一人で神獣を狩れるくらいの立派なハンターにしてみせますよ!」
僕の言葉にナスルさんは何かを叫んでいたようだったが、馬車の出発音にかき消されて、その声は僕に届かなかった。
それほど長い旅路にもならないだろうし、ナスルさんが娘離れするにはちょうどいいかもしれないなぁ……そう僕が考えている間にも、御者のルピィによって馬車は加速を続けた。
あと三話で第四部は終了となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、六十七話〔虐殺幼女〕




