六四話 女帝の裁き
数分も経過していないのに――その場に生きている盗賊は、わしの他に、腰を抜かして動けなくなった下っ端二人だけになった。
「残ったのはあなたと、少しはましなのが二人だけですか。思ったより残りませんでした」
娘は自分でやっておいて妙なことを呟いた。
無差別に殺しているように見えたが、何か基準があったのか?
まぁいい、わしだって畜生どもの盗賊団に籍を置いている人間だ。
何も悪いことをしていないなんて見苦しい言い訳はしねぇ。
わしの命はここまでだが、畜生どもがくたばったのならそれほど悪くもねぇ。
わしはむしろ清々しい気分で目を閉じて、終わりの時を待った。
「――逃げないのですか?」
「馬鹿言っちゃいけねぇ。わしだって外道な盗賊団の一員だったんだ。罪から逃げてのうのうと生きることなんか出来やしねぇよ」
しばらく待っても何も起きないことに疑問を感じて目を開けると、娘の顔に初めて感情が見えた。それは、珍しいものを見るような、懐かしいものを見るような、不思議な視線だった。
「良いでしょう。あなたの罪は――私がそそいであげましょう」
「ひとつ」と小さく呟いた娘は、わしの左手の小指を――躊躇なく切り飛ばした。
娘の振るう刃線は、今まで一度も目には見えなかったが……今回は見えた。
というより――見えすぎた。
わしの指にナイフが触れて止まっていると思ったら、ゆっくりゆっくり刃が指に沈みこんでいく。今まで味わったことのない激痛だ。
いっそひと思いにやってくれ、と娘を見るが、表情に変化はない。
……いや、娘だけじゃねぇ。世界全部が止まったように変化がねぇ。
生き残りの盗賊二人も、まばたきの一つもしない。
まさか……娘が呟いていた「ひとつ」とは、これのことなのか?
わしの知覚だけが加速したようで、世界は変わらない。そう考えている間にも少しづつナイフが指にめり込んでいく。これは、娘の術か何かなのか?
指を切られ続けている激痛の中でわしは考える。
とんでもねぇ……しかもこれで「ひとつ」ってことは――「よっつ」と言われ、苦悶に満ちた表情で死んでいった男を思い出す……鳥肌が立った。
そりゃあ、あんな顔して死ぬわけだ……。
――無限にも思える時間が終わった時、わしは痛みと苦痛が終わった安堵で、情けなくも泣いていた。
「あなたの罪はそそぎました。これからは私の下で働いてください」
娘は傲然とわしに言い放った。
あまりに一方的な言い分だったが、わしに断る権利なんかあるわけもねぇ。
それに、この娘の持つ荘厳な雰囲気に、傲慢な内容の言葉はイヤになるくらい似合っていたせいか、不思議と不快感を覚えなかった。
娘は続けて、生き残りの盗賊二人に「ふたつ」と呟いて、片耳を、片腕を、それぞれ切り飛ばす。……どうやってあの小さなナイフで腕を切り落としてるんだ?
わしは白目を剥いて失禁する二人を冷静に観察していた。
耳と腕か……わしは「ひとつ」だったことといい、かなりの温情を与えられたみてぇだな。
二人はまだ生きている――考えてみればこの二人は、盗賊団の中でもかなり〔まとも〕な方のやつらだ。気が弱いやつらで、無理矢理女を襲うようなこともしたことがないはずだ。
逆に外道そのものみたいなやつらは、一人も残さず皆殺しになっている。
……この娘はやっぱり、闇雲に殺しまわってたわけじゃなさそうだ。
わしが二人を気絶から快復させた後、娘がわしらへと権高に宣言した。
「――私の名はセレン=クーデルン。これからあなた達には、私の手足となって働いてもらいます。最大の目的は――私のにぃさまを探し出すことです」
なっ……!? わしたちは与えられた情報に驚愕する。
にぃさまを探し出す? まさか、たったそれだけの目的の為に盗賊団を壊滅させたのか?
それに、クーデルン――この娘は、あの〔武神〕の娘なのか?
これだけデタラメな存在なら〔武神の娘〕と言われても納得出来ちまうが……問題はそこじゃねぇ。
あの武神の息子で、この化け物みたいな娘の兄貴だなんて――まともな人間のわけがねぇ!
そんな怪物みたいなやつを、わしたちはわざわざ探さなきゃならねぇのか……見つけたと同時に殺されても不思議じゃねぇぞ。
片耳を切り落とされた男が、顔を真っ青にしながら、娘……いや、セレン嬢に質問する。
「あの、セレン、様……兄というのは、まさか、アイス様のことでしょうか?」
「そうですよ。耳無しさんは、にぃさまを知っているのですか?」
耳無しさん――自分で切り落としておいて、なんちゅう言い草だ……!
まさか呼び名を覚えやすくするために、わしらは体の部位を落とされたのか?
ってぇことは、わしは指無しか? 指を落とされるくらいは仕方ねぇが、そいつはあんまりじゃねぇか……。
耳無しは、自身への呼び名を全く気にすることなく言葉を続けた。
「私が王都にいた頃に、アイス様が、剣術の試合で……その、優勝するのを、見たことがあります……」
「詳しく聞きたいですね」
セレン嬢は興味を持ったようだ。何事にも興味が無さそうだったのに、兄のこととなると別人のような顔をしている。
「……当時六歳の、アイス様は……笑いながら、対戦相手の手足を、切り落としてました……」
イカレてやがる……本当に化け物じゃねぇか!
六歳で王都の大会で優勝するなんてのも異常だが、言動はもっと異常じゃねぇか……!
話をしながら、耳無しの血の気が引いてるのも当然だ……。
何が楽しくてそんな化け物を探さなきゃいけねぇんだ。
耳無しのもう片方の耳を切り落とされるんじゃねぇのか?
「にぃさまなら当然ですね」
それでもセレン嬢は満足そうだ。
笑いながら四肢を切断するのが当然か――この兄妹には、命が惜しければ関わっちゃなんねぇな。
わしは一度死を覚悟したが、苦痛の中で命を拾った今は……命が惜しい。
なんとかして早いとこセレン嬢から逃げねぇと、命がいくつあっても足りやしねぇ。
「にぃさまを探すにしても、この四人だけでは心許ないですね。まずは資金調達をしてから人手を集めましょう。それから、この盗賊団の団長は私ということで――副長は指無しさんにお願いします」
「はぁぁっ!? いや……すみません。あの、だ、団長? わしは無駄に四十年生きてますが、加護もなければ取り得もねぇんで、副長なんか無理でさぁ」
思わず失礼な声を出しちまった。怒りを買えばどんな目に遭うか分からねぇから、気をつけなきゃならんのに……しかし頃合いを見て逃げ出そうと思ってんのに、副長なんかにされた日にゃ逃げ出すこともできやしねぇ。
……しかもほんとに、わしを指無しと呼びやがる。
「あなたにお願いします。指無しさんは、にぃさまが好みそうな人なので」
……にぃさまが好みそう?
『ギャハハハ、俺様はアイス=クーデルン。お前いいな、気に入ったぜ。残りの指は――俺様が落としてやるぜぇぇぇ!!』
……ってことか!?
なんてこった、ジャンケンが出来ねぇ手にされちまう……!
だが、わしに断る権利があるとも思えねぇ……やるしかねぇのか。
――――それからわしたちは団長に率いられて、軍の施設や悪徳領主の屋敷を襲撃し、集めた資金で人を集めることで、どんどん大きな組織へとなっていった。
団長はあまり団員の前には姿を見せず、雑務全般を副長のわしが表に出て取り計らっていたのもあって、わしたちはいつしか〔指無し盗賊団〕と呼ばれるようになっていた……。
わしは今でも逃げ出したい気持ちは強いが、団長に罪をそそがれてからは生まれ変わったように心が軽くなったのも、また確かだ。
せめて、団長の兄さんを見つけるぐらいの借りは返してぇもんだ――
明日も夜に投稿予定。
次回、六五話〔怪物との遭遇〕




