六三話 セレン=クーデルン
その知らせを受けたのは、レットと合流して数日後だった。
ナスルさんが手配してくれた移動系の加護を持つ〔配達人〕に、セレンへの手紙を任せていたが、その結果が帰ってきたのだ。
「――セレンが村にいない!? 本当ですかそれは!」
「はい。シーク=ガータスさんのお話では、半年程前にアイスさんを追って旅に出たとのことです」
なんてことだ……。
僕は旅でずっと移動していたから、一方的にこちらから手紙を送ることがほとんどだったのが災いした。
まさか半年も前に村を出ていたとは……セレンがそれと決断したのなら、シークおばさんでは止められなかったことだろう。
セレンは普段こそ大人しいが、これと決めると頑固で、その強固な意思は容易には翻せないのだ。
――僕は目の前が真っ暗になり、地面に膝を着きそうになった。
なんてことだ……あのセレンが、この外の世界に、魑魅魍魎うごめくこの世界に……。
身体が触れただけで真っ二つにされたり、道を歩いていただけで持ち物をスリ取られ、それだけでは飽き足らず誘拐までされてしまうような、物騒極まるこの世界にたった一人で……。
……僕は絶望した。
のんびり旅をしている場合では無かったのだ。
僕が半日もかけてサケを解体していた頃、セレンは危険な目に遭っていたかもしれないのだ。
そればかりか、サケの切り身を乾燥させる為に、小さな木を根っこごと掘り起こし――枝に切り身をぶら下げて、木を担いだまま旅をしていたではないか。
本当に僕は何をしていたのだ……!
干物を完成させた後――日当たりのいい場所に植え直している場合ではなかったのだ!
「落ち着けアイス。セレンちゃんをどうこう出来る存在は想像できない。
それに、あのセレンちゃんが何の考えも無く村を出たとは思えん」
レットの言葉で少し冷静さが戻る。
さすがにセレンによって散々な目に遭っていたレットが言うと説得力がある。
「それにセレンちゃんは、強くなるまでアイスと旅をしないと約束してたはずだ。軽々しく約束を破るとは考えにくい――〔刻神の加護〕の使い方が分かったんじゃないのか?」
言われてみればその通りだ。
たしかに僕は冷静な思考を欠いていたらしい。
「……そうだね、恐らくレットの言う通りだと思う。刻神が魔術なのか、身体に影響を及ぼすものなのかも分からないけど、セレンは使い方を理解したんだろう。
――セレンは今も僕を探しているはずだ。ナスルさんに言って、〔アイス=クーデルン〕がナスル軍にいることを広めてもらうよ」
ことここに至っては、僕の名前を軍国に伏せておく意味も薄い。
武神の息子がナスル軍にいるという情報は、ナスル軍側にとって一長一短な面もあるだろうが、プラス効果の方が大きいはずだ。
……僕は目立つのが嫌いだが、そんなことは言っていられない。
「それから、ルピィ。ルピィにもセレンの捜索をお願い出来るかな?
……もちろんポトの街で、出来る限りでいいけど」
「いいよ。まったく仕方ないなぁ~」
なんだかんだで頼られるのが好きなルピィは快諾してくれた。
ルピィがこの街を離れるのは時期的にもまずいので、限界はあるだろうけれど。
――――――――。
――――真っ暗な森の奥、自然が造り出した深い洞窟。
その入口に、わしは立っていた。ここは外道どもが集う盗賊団の本拠地だ。
わしは人里離れた土地に一人で暮らしていたが、二カ月前、突然やって来た盗賊団に全てを奪われ、労働力として連れてこられた。
ここの盗賊団は畜生の集団だ。
どことも知れぬ洞窟で下働きをさせられているが、ここに〔戦利品〕が運ばれてきたのは一度や二度じゃねぇ。
それは財宝だったり、女だったりしたが、共通しているのは奴らが力ずくで奪ってきたものだということだ。
……わしは我慢ならなくなって、女を逃がそうと試みたことはあるが――捕まって袋叩きにあっただけで、何も変えられはしなかった。
わしは諦めた。……非道が行われてることを知ってても、諦めて何もしねぇんじゃ奴等を非難する資格なんざねぇ……なんのこたぁねぇ、わしだって同じ穴のムジナだ。
それでもわしが、こうして盗賊団のアジト入口で見張りをしてるのは、迷った旅人が万が一にもこの洞窟に近付かないようにするためだ。
何もできねぇわしだが、旅人に注意を促すことぐらいはできる。
いつものように、先の見通せない暗闇をぼんやりと眺めていたときだ。
わしの全てを変えることになる――少女が現れた。
夜も更けた森、人が出歩くような場所と時間でもないのに、その少女は街中を散歩しているように何の違和感もない足取りで、わしの前へとやって来た。
「――こんばんは。ここは盗賊団のアジトで合っていますか?」
その少女は、市場で果物の値段を聞くような気軽さで聞いてきた。
信じられないくらい美しい少女だ。歳の頃は十三、十四歳くらいだろうか。
長い艶やかな黒髪をなびかせ、礼儀正しく物を尋ねる姿は貴族の令嬢のようだ。
これは町娘などでは断じてない。所作の一つ一つに気品すら感じる。
〔天の使い〕だと言われても違和感がねぇ。
ぼぉっと立っていた、わしだったが、頭が急に動きだした――このままじゃヤベぇ。
「嬢ちゃん、すぐにここを離れるんだ! この洞窟は盗賊どもの巣だ。見付かったらどんな目に遭わされるか分かんねぇぞ!」
わしは小声で早口に、場違いな娘に警告した。
なんでこんなところにこんな娘がいるのか分からねぇが、あの畜生どもが、小娘とは言えこんな美人を放っておくわけがねぇ。
「問題ありません。ここの一番偉い人を呼んできてもらえますか?」
娘はわしの言葉に聞く耳を持たずに、なんの気兼ねもなく、ごく自然にとんでもないことを頼んできた。
口調こそ丁寧だが、有無を言わせない強い意志が込められた言葉に、わしは思わず従いそうになる。
「ダ、ダメだ! 本当に危険なんだぞ、早く帰るんだ!」
わしは精一杯の警告を発したが、それはもう遅かった。
娘が声を落とさずに喋っていたこともあって、洞窟の中にも変事が伝わっていたのだ。
「……んだ、リッツ。だれか来たのか――おひょぉっ! なんだなんだ、すげぇ上玉じゃねぇか!」
男の驚く声が洞窟内にも響き渡り、なにごとかと盗賊連中が湧き出してくる。
まじぃな……わしが身体を張ったところで、時間稼ぎすら出来ねぇ。
……それでもやらないよりはマシか。目の前の子供を見捨てる訳にはいかねぇ。
わしが無力なりに娘を逃がす覚悟を決めていると、娘がぽつっと呟く。
「魂が汚れている人たちばかりですね――こんなものは、にぃさまには見せられません」
娘は理解不能なことを呟いたかと思えば、懐から小振りなナイフを取り出し、悠々と盗賊たちに向かって歩いて行く。
わしは呆気に取られて動くことを忘れていた。
「びゃひゃひゃっ、なんだ嬢ちゃんそんな小さいナイフで何をするつ――あびゃぁぁっ!!」
――何をしたのか分からなかった。
目では見えなかったが、娘がナイフで切りつけたんだろう。盗賊の手に小さな切り傷が付いている。
……だが、盗賊の反応が異常だ。
小さな切り傷なのに、大の男が魂を絞られたような絶叫を上げて、顔も苦悶に歪んでいる。そのまま倒れたかと思えば、ピクリとも体が動かない。
まさか……死んでいるのか?
「こ、このクソガキ、何しやがった! ナイフに毒でも塗ってやがんのか!?」
娘は答えない。
騒ぐ盗賊たちが視界に入っていないように独り言を呟いている。
「よっつでは死にますか。初めて人に使うと加減が難しいですね――次はみっつにしましょう」
なんだ? 何を言っているんだ?
娘の言っている言葉の意味は分からなかったが、分かったことはある。
この娘は、盗賊の命で――実験をしている……!
大声で虚勢を張りながらも、娘のことを警戒して近寄らない盗賊たちに、娘の方から近付いていく。
それは、ゆったりと歩いているようで、容易に対応出来るように見えたが――
「びぅぁっ!」「じゃげぁぁ!」
盗賊たちが次々に奇声を上げて倒れ伏していく。
その表情は一様に苦痛に塗れていた。
なんだ……これは? わしの目がおかしくなってんのか?
娘の動きが捉えられない。……いや、違う。見えていることが結果と合わない。
一歩踏み出したかと思えば、三歩分進んでいるような、名状し難い違和感。
なにより怖ろしいのが、娘はこれだけのことをしておきながら、何かを感じているようには見えないことだ……わしにアジトのことを聞いた時と、まったく同じ顔で、同じ眼で次々に盗賊たちの死体を積み上げていく。
きっと、わしや盗賊たちは、娘にとっては何の価値もねぇ存在なんだろう。
同じ人間と認識しているかどうかも怪しい。……いや、この娘が人間じゃねぇんだろう。
こんな存在が同じ人間であるものか、最初に感じた印象は間違いじゃなかったんだ。
この娘は、神が罰を与える為にわしたちに寄こした、〔天の使い〕に違ぇねぇ。
明日も夜に投稿予定。
次回、六四話〔女帝の裁き〕




