五八話 あだ名
僕らはまたジーレの部屋に遊びに来ていた。
この城にはジーレと同年代の子供はおらず、ジーレといちばん歳が近いのが僕らということになる。
セレンとレットの連絡待ちで暇を持て余しているのもあり、ジーレの話し相手がてら、僕らはよく部屋を訪れているのだ。
「フェニィおねぇちゃんって、なにかアダ名とかあったの?」
僕が『アイちゃん』と呼ばれていたのを、ルピィがバラしてしまったのが切っ掛けで、そんな話になっていた。
ジーレはフェニィとの一件以来、よくフェニィになついており、フェニィもそれを無碍にはしていない。
「……殺戮人形や、死滅の女王と呼ばれていた」
――それはアダ名と呼んでいいのだろうか?
前者のやつは初めて聞いたが、研究所にいた頃の呼び名だろうか?
自分たちで感情を奪っておいて〔人形〕呼ばわりする連中に腹が立ったが、肝心のフェニィがそれほど気にしていないのは良かった。
「なんかあんまり可愛くないね……。そうだ、ジーレが考えてあげるね!
う~ん、殺戮人形……さっちゃん。死滅の女王……しーちゃん……」
えええっ! それをベースにするのか!?
それは……いくらなんでもまずいだろう、とフェニィを見てみると――まさかの満更でもなさそうな様子だ!?
これはいけない。このままでは将来――
『フェニィさんのアダ名の『さっちゃん』って、どこから来てるんですか?』
『……殺戮人形だ』
『……(ドン引き)』
――なんて事になりかねない!
「いや、待って。こういうのはシンプルな方が良いよ。『フェニィちゃん』で良いんじゃないかな? ねぇ、フェニィちゃん?」
ジーレの暴走を止めつつ別案を出したまでは良かったが、軽い気持ちで「フェニィちゃん」と呼んだところ、突き刺さるような恐ろしい視線で「ノー」を返されてしまった。
「そうだね! じゃあ、ジーレもフェニィちゃんって呼んでもいい?」
「……ん」
空気を読まないジーレが無邪気に聞いたが、あっさりとオーケーを貰っていた。
どうやら、僕がフェニィちゃんと呼ぶのは駄目らしい……。
「――フェニィちゃんは、なんで死滅の女王とか呼ばれてたの?」
その質問を切っ掛けに、僕らはそれぞれ過去の概略について説明した。
……ジーレの身に起きた事はよく知っていたが、ジーレの方は全然知らないというのは公平性に欠けるのだ。
「……ぅぅっ」
ジーレは、僕らの過去の話を聞いて泣いていた。
子供には刺激が強い話の数々だったかもしれない。
「――おにぃちゃんとルピィちゃんは不幸だよ!」
突然、断言されてしまった……他人にそうずばりと言われると、なにやら落ち込んでしまう。
ルピィの方はジーレの勢いに少し引いていた。
「フェニィちゃんはもう――輪をかけて不幸だよ!」
……フェニィもどうやら落ち込んでいるようだ。
僕自身は、自分がそれほど不幸だとは思っていないが、そのように決めつけられると動揺してしまう。
もしかして、自分は不幸なのではないか? と疑ってしまうのだ。
それでなくとも、不幸な人間に「お前は不幸だ」と自覚させるのは残酷な事ではあるまいか?
貧乏な人がいたとしても、周りが全員貧乏ならば、自分が貧しいと気付く事はない。……それは〔自分が貧乏だ〕と自覚しながら生きているよりは、幸せな事ではないのか……?
「――そしてジーレは果報者だよ!」
いやぁ……それはどうだろう……。
物心ついた時からずっとベッドの上ってのは、どう考えても幸せとは言い難い。
幸不幸の価値観は人によって違うので一概には言えないが、君は相当不幸レベル高いと思うよ、ジーレ……。
落ち込んだり、引いたり、言葉を発せない僕らを尻目に、ジーレは止まらない。
「ジーレは世界で一番不幸だなんて思い上がってた! 勘違いしてた自分が恥ずかしいよ!」
ジーレは〔神持ち〕にしてはまともだと思っていたけど、この子も結構濃いなぁ……。
「……そんなことないよ。僕なんか皆に比べたら、毎日がお祭りの幸せ者だよ」
「そんなことないもん! ジーレの方が幸せだもん!」
なぜか、どちらがより幸せなのかを競う場になってしまった。
いったいどうしてこうなってしまったのか……。
明日も夜に投稿予定。
次回、五九話〔魔の海〕




