五七話 褒賞
ぐすぐすと泣いているジーレに「フェニィも僕らも怒っていないよ」と伝える為に、僕はジーレの頭を撫でた。
優しく髪をとかすように撫でる僕の手を、ジーレは心地よさそうに受け入れていたが、周りの強い視線が気になった。
――とくにフェニィだ。
頭を撫でる僕の手を、視線を外せないかのように凝視している――もしや、フェニィも撫でてほしいのか? まさか、まさかね……。
僕は空気を変えるように話題を振った。
「そういえば、ジーレは手で触れずに重術が使えるんだね。〔重神持ち〕だからかな? まだ小さいのに、ジーレは凄いなぁ……」
事実、僕は感心していた。
重術自体がかなり使い勝手のいい術なのに、非接触で行使できるとなれば、さらに汎用性が拡がる。
遠距離攻撃としても有用なジーレの重術は、重神持ちの彼女しか使えないのだろうか?
「良かったら、僕にも重術を使ってみてくれないかな?」
興味を抑えきれずにジーレに頼んだ。
僕もこの重術を体得することが出来れば、取れる戦術の幅が広がることだろう。
「……いいよ。でも、おにぃちゃん大丈夫?」
「大丈夫、へっちゃらへっちゃら」
まだ涙声のジーレが心配そうに確認をとってきたが、僕は不安を感じさせないように明るく返した。……余裕の発言とは裏腹に、僕はしっかりと自分の魔力を高めつつ衝撃に備える。
そして「えいっ!」と、可愛らしい掛け声とともに、重術が放たれた――
「ぐ、がっ……!」
これは……キツいぞ!
フェニィはこんなものを顔色一つ変えずに受け止めていたのか……。
「すごい、ほんとにへっちゃらだ! いつもは皆『ぐちゃ』ってなってたのに! フェニィおねぇちゃんも、おにぃちゃんもすごい!」
『ぐちゃ』って、君殺してないかい、それ?
もう無理だ……と思ったが、無邪気に感嘆の声を上げているジーレの期待を裏切ってはいけないと思い直す。
「ぜんぜん……へいき、だよ……ぼく、は……ジョブ、ダカラネ」
やせ我慢をして虚勢を張る僕。
しかし、あまりのしんどさに後半は〔ロブさん〕のようになってしまった……!
「すごーい! もうちょっといけるかな?」
まだ上がるのか!? 無理、絶対に無理だ。
『ぐちゃ』って、なっちゃう!
「ジーレちゃんは病み上がりなんだし、それぐらいにしときなよ~。それより、今度ボクたちと外に遊びに行かない? ボクたちは待機中で退屈なんだよね」
「いきたい!」
ピンチの時に頼りになるルピィが、助け舟を出してくれた。
……危ないところだった。
子供の前で無様な姿を晒すわけにはいかないので必死だったのだ……。
――――。
ジーレと近日遊びに行く約束をした僕たちは、客室へと戻ってきていた。
「さっきは助かったよルピィ。……危うく『ぐちゃ』って、なるところだった」
ルピィは僕の困った顔を見るのが好きだが、本当に困った時はちゃんと助けてくれるのだ。……マッチポンプになっている事も多いので、素直にお礼を言えない時が多いのだが。
「汗まで掻いて無理しすぎだよ。アイス君、無駄に強がるんだから」
返す言葉もない。
フェニィが平然と耐えていたので、僕にもいけるかと思ったのが失敗だった。
全くもってフェニィの耐久力には脱帽である。
「フェニィは凄いね。あれだけの重術を、全く意に介していないんだから」
「…………」
――フェニィの様子がおかしい。
心ここにあらずというか、どこか上の空な態度だ。
ちょっと前までは平常通りだったが、フェニィに変化があったのは――
「――もしかして、フェニィも頭を撫でてほしかったりする?」
冗談半分ではあるが、ストレートに聞いてみた。
ジーレの頭を撫でている時に、フェニィの様子がいつも以上に不審であったのが気になっていたのだ。
……ルピィが「何言ってんのアイス君」という目で見てくるが、僕は気にしない。
フェニィは育った環境の劣悪さから〔頭を撫でられる〕という行為を受けたことが無いのでは? と、僕は推察している。
考えてみれば、フェニィは〔褒められる〕という事を好んでいる傾向がある。
これも幼少期に褒められる経験が無かったが故の反動かもしれない。
僕の見立てが正しければ、頭を撫でられるジーレを見るフェニィの瞳には〔嫉妬・憧憬〕といった感情が見え隠れしていたように思えるのだ。
そんな僕の質問に――フェニィは無表情で無言のまま目を瞑った。
これは……どっちなんだ?
少なくとも否定はしてないので、肯定と捉えるべきだろうか?
だが頭を撫でるにしても、フェニィが体を屈めてくれないと僕の手が届かない……!
しかし僕のちっぽけなプライドが、体を屈めてもらってから撫でるなどという行為を許容しない。
そしてフェニィは依然として、直立不動のまま目を閉じている……。
いいだろう、そっちがその気なら僕だって――
「フェニィ、そのまま動かないでね」
よっ、と僕はフェニィの背に飛び付いた。
これで問題は解決だ――ルピィが呆然と僕らを見ているが気にしない。
僕をおんぶする形になっているが、さすがにフェニィはビクともしていない。
むしろ僕の方が――ルピィの「なにやってんの!?」という視線に挫けそうだ……。
気にしたら負けだ。心を無にするんだ……!
「初めて会った時と同じ体勢だね」
「……ああ」
とくに意識はしていなかったが、偶然にも、解術の為に抱き付いた時と同じ体勢になった。
もちろんあの時とは違い、今は緊迫感もなく落ち着いた空気である。
「いやいやいや、どうすれば初対面でそんなことになるの!?」
ルピィが騒いでいるが気にしない。
今優先すべきはフェニィなのだ。
「フェニィ、今回は色々とお疲れ様。……フェニィがいなかったら、こんなに早く解決出来なかったと思うよ」
僕はフェニィを労わるように、壊れ物を扱うかのように、優しく優しく頭を撫でた。
「…………」
フェニィの顔は見えないが、何となく喜んでくれている――そんな気がした。
……どれだけの時間が過ぎたのかは分からないが、ルピィから穏やかでない気配を感じ始めたので、僕はふわっ、とフェニィの背中から飛び降りる。
ルピィをずっと放っておいたので、さすがに不機嫌にさせてしまったようだ。
「……ボクも頑張ったんだけど、ボクには何もないのかな~?」
茶化しているような口調だが、その本心は読めない。
ルピィは複雑な感情が入り乱れた、読みづらい表情をしている――彼女は時々こんな表情をするのだ。
いつも多くの事柄を、同時に、並列に思考している節があるので、本人にも自分の感情が正確に分かってないのかもしれない。
――しかし問題だ。
公平を期すなら、ルピィも頭を撫でて褒めてしかるべきなのだ。
だが、精神性が幼いフェニィと違い、ルピィは僕にとって明確な年上の女性だ。
さすがにフェニィの時と違って、頭を撫でるなんてことは抵抗感がある……。
いや、どちらか一方だけ贔屓をするなんて事は良くない。
ルピィが望む、望まないに関わらず、僕はやるべきなのだ……!
拒絶されたなら、それはそれでいいだろう。僕が少し傷付くだけだ……。
僕は腹を決めてルピィに近付く。
緊張していたせいか、つい気配を読み、ルピィのまばたきした瞬間に合わせて距離を詰めてしまう――まるで戦闘中のようだ!
当然、ルピィはびくっと驚く。
いけない……余計にやりづらくなってしまった。
……さすがに頭をなでなでするような真似は恥ずかしかったので、ルピィの頭に触れるか触れないかぐらいの感触で、ふわりと頭を撫でる。
「ルピィもお疲れ様。……いつもありがとう」
「……なんか、ボクのはおざなりだなぁ~」
そう言いながらも、ルピィの顔は、喜びを隠しきれないように笑み崩れていたので、きっと満足してくれたのだろう。
仲間が複数いるということは心強くはあるが、気を使うことも多いようだ。
明日も同じくらいの時間に投稿予定です。
次回、五八話〔あだ名〕




