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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第四部 刻の支配者

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五四話 惨劇の模擬戦

 僕は勇気を奮い起こして、二人へと近付いていく。


「ボクがやるから、フェニィさんは見ててよ」

「……」


 もう、どちらかが闘うのは決定事項のようだ。

 ……ルピィは怒り心頭だが、特にフェニィの方が危険水域にいる気がする。

 一度決めたらテコでも動かない〔頑固モード〕に入っているのがその証左だ。


 思えば、ルピィが男呼ばわりされた事はあったが、フェニィが面と向かって年増呼ばわりされた事は無かったのだ。

 ルピィに暴言を吐いた人間は例外なく酷い目にあっているが、命はなんとか繋いでいる――しかしフェニィは未知数だ。


 背が高く、見た目だけなら大人っぽいフェニィは、僕らの中で最年長扱いされるのを嫌っている。

 そんな彼女が、我慢を知らない彼女が――年増などと痛罵されたのだ!

 ロブさんの命が危ういのは明白だ……!


 そうなると、ルピィに闘ってもらうのが正解なのか? 

 ……しかし、気に食わない相手には容赦しない上に、サドっ気があるルピィのことだ。

 嗜虐的な笑みを浮かべながら徹底的に痛めつけ、ロブさんの心を完全にへし折ろうとするに違いない――そう、二度とナイフが握れなくなるくらいに!


 しかしそれでも、フェニィがロブさんを殺害するよりはずっとマシだ。

 フェニィは平静な精神状態であっても、手加減が苦手で危険な存在なのだ。

 ましてや今は、人が近付くだけで切り捨てそうな気配を発している。

 このままでは高い確率でロブさんに永遠の眠りがプレゼントされる事だろう……。


 ナスル軍の最大戦力を殺してしまうのは、僕とナスルさんとの間に築かれつつある〔友好の架け橋〕を瓦解させる事になる。

 よし、ルピィに任せよう。……少なくとも、命だけは助かるはずだ!

 僕はルピィとフェニィの〔究極の二択〕を選び終えて、二人に声を掛けようとするが――


「――もう、仕方ないなぁ。次はボクだからね」


 ルピィが譲ってしまっている! 

 というか、ルピィも後からやるつもりなのか……!

 僕は必死で止めに入る――このゴールは絶対に守ってみせる!


「待って、フェニィは絶対に駄目だ! ロブさんを殺す気なんだろ!?」


 僕の不穏な指摘に周囲の人々はギョっとなっているが、構ってなどいられない……!


「…………殺さない」


 ……長い沈黙が僕の不安を助長させる。

 しかし頑なになったフェニィは止まらない――止められない。


「いいじゃないアイス君、フェニィさんを信じてあげなよ!」


 ルピィが完全に悪ノリして煽っている!

 ――ルピィもフェニィとの戦闘訓練で死にかけた事があるはずなのに。

 最悪、ロブさんが死んでもいいと思っているに違いない。

 くそ……ルピィめ、なんて良い笑顔なんだ……。


 しかしこうなれば仕方がない、フェニィを信じて送り出すしかない。

 仲間を信用しないのは僕の悪い癖だ。仲間を信用しないでなんとする……!


「――フェニィ、絶対に殺しちゃ駄目だよ。体を真っ二つとか、絶対駄目だからね!」


 フェニィの狂暴性を信じている僕は、執拗に念を押した。

 人は一人でも生きていけるが――二つになったら生きていけないのだ!

 ……僕の不吉な発言に、周囲の人々は恐れをなして精神的にも物理的にも距離を取る。


 僕の心からのお願いに、フェニィは、むっとしたように頷く。

「わかっている」と言いたげに不本意そうにしているフェニィさん――きみ、前科いっぱいあるからね?

 フェニィは立ち去り際、ぼそりと僕に呟く。


「……見ているがいい」


 ――僕はますます不安に駆られた。

 フェニィが強気な発言をしている時は、いつも僕にとって良くない事が起きる。

 ロブさんを殺しちゃったらどうしよう……。


「はぁはぁはぁ……っ」


 緊張のあまり過呼吸になる僕――それを見て楽しそうな様子のルピィ。

 僕の困りきった顔を見て、すっかり機嫌を取り戻している。

 本当にこの人はどうしようもないな……。

 娘を初めてのお使いに出す父親のような心境で、僕は祈るようにフェニィを見送った。


「――テメぇら、三人とも俺のことをバカにしやがって! 俺は短剣神、戦闘系の神持ちなんだぞ!」


 忘れかけていた事をロブさんが思い出させてくれた。

 ――しかしなんたることだ。

 僕もロブさんを馬鹿にしているように思われているようだ。

 僕は心の底からロブさんの身を案じているというのに……ままならないものだ。


「とっととかかって来い、年増女!」


 ロブさんが重ねてフェニィを挑発する。

 僕は直視するのも怖くなって目を背けそうになったが――すんでのところで堪えた。

 ロブさんの危機を救えるのは、この場には僕だけなのだ。

 現実から逃げるような怠慢は許されない。

 

 実際のところ、堪え性のないフェニィに〔挑発〕は有効な戦術手段ではある……ロブさんが戦術として挑発しているとは思えないが。

 フェニィの動きは直情的に、直線的になるので行動を読みやすくなるが――


 ――瞬きをする間もなく、フェニィが爆発的に彼我の距離を詰める。

 そう、フェニィの身体能力は尋常ではない。

 分かっていても対応が難しいのだ。

 とくにその瞬発力たるや、まるで爆風のようである。

 ……しかもそれに加えて、今のフェニィは魔力を抑えていない。

 その場に立っているだけで威圧感を受けるほどなので、急激に迫るその勢いは――爆炎が眼前に迫ってくるように感じられる事だろう。


 ロブさんの体が強張り立ち尽くしているところを、フェニィが鮮やかに背面に回り込む。

 そして同時にロブさんの首を後ろから、大きな手で掴みこむ――


 ――ボゴッ! 


 鈍い爆発音が聞こえた。

 うつ伏せに倒れ込んだロブさんの首からは、おびただしい量の血液が流れている……

 ……殺った! 殺りよった! 

 あれほど口を酸っぱくして言ったのに、やっぱり殺ってしまった!


 ――咄嗟に僕は、無責任に煽っていたルピィの方に恨みがましく顔を向ける――

 ルピィは気まずそうに、すっ、と視線を逸らした……本当に無責任だ!

 終わった……僕の脳裏には〔友好の架け橋〕を、フェニィが巨大なハンマーでがんがんと破壊している姿が浮かんでいた……。

 凶行により静まり返った練兵場に、フェニィの声が響いた。


「……アイスに教えてもらった技だ」


 皆が一斉に、バッと僕を見る!

 ――違う! 僕はこんな殺人技を教えてなんかいない! 

 フェニィばかりか、僕までもが恐ろしいものを見るような視線に晒されていた。

 なぜか、僕が指示してやらせたような空気になっている……!


 僕は「殺しちゃ駄目」、「殺しちゃ駄目」って言ってたじゃないか!

 実は「殺せ!」みたいな、前フリじゃないんだ!

 ……フェニィの「どうだ!」と言わんばかりの顔が、可愛くも憎たらしい。

 なぜこの結果で「やってやったぜ」感を全身から出せるんだ……。

「殺ってやったぜ」という意味では正しいが、殺しちゃ駄目だとあれほど言ったのに……。


 ――唐突に僕は気付く。

 そうか……これは僕がやっていた技だ。

 相手の内部に大量の魔力を送り込むことで、相手の意識を喪失させる技法だ。

 相手次第では、僕のやった事と同じ結果になっていたのかもしれない。

 ……だが、ロブさんは神持ちだ。常人より遥かに魔力抵抗が高いのだ。

 おそらく、ロブさんの魔力抵抗に阻害されて、内面に魔力を送り込めなかったのではないか?

 そしてきっと、体の表面に爆発的に集積された魔力が〔暴発〕したのだ……。


 そうか、それでフェニィは()()()()に僕を見ているのか……。

 でも僕には褒められない、褒められないよ……。

 取りも直さず、この結果は僕の責任ということなのだろう。

 ロブさんには大変申し訳ないことをしてしまった。

 さよなら、ロブさん……僕に出来ることは、語り継いでいく事だけだ。

〔ロブ=ハイゼルト〕練兵場に眠る――


「…………ぅ」


 ――ロブさんから呻き声が聞こえた!?

 まさか、あの怪我で生きているのか!

 僕はあらん限りの速度でロブさんへと駆け寄る。

 まだだ、まだ道は繋がっている。絶対に死なせはしない……!


 死体にしか見えないロブさんに、僕は迷わず治癒術を行使する。

 どうやら首の肉が数センチは無くなっているようだ。

 ――この状態で命を繋いでいるとは、すごいぞロブさん!

 僕の治癒術では他人の部位欠損の修復は出来ない。

 首の肉をえぐり取られた影響か、首元が少し凹んでしまったままだが、命あっての物種だ――これぐらいは諦めてもらおう。

 やがて、ロブさんの目に光が戻ってくる……やった! 僕はやったんだ――


「ナカ、ナカ……ヤル、ジャネェカ」


 くっ……片言になっている! 

 脳への血液供給が止まっていたせいか、脳に障害が残ってしまったのかもしれない。

 まずい、まずいぞ……。

 早くも回復しつつある友好的な雰囲気に、ヒビが入ろうとしている。

 ――ここは、何事もなかったかのように振舞うしかない!


「ご無事そうでなによりです。怪我ひとつ残ってはいませんのでご安心ください」


 僕は白々しく、何ひとつ問題は無いことをアピールした。


「オウ……メイワク、カケタナ」


 本当に迷惑をかけたのはこちらである。

 しかも毒気が抜けたように素直になっているので罪悪感が募る……。

 まるで一度死んで生まれ変わったかのようだ……!


「……それじゃあ、今日のところはこれで終わりにしましょうか。……ルピィ、もういいよね?」

「……そ、そうだね、アイス君」


 さしものルピィも素直になっている。

 そそくさと帰り支度を始める僕らを、沢山の視線が見詰めている……。

 僕がそれに視線を向けると、サッ、と勢いよく視線を逸らされた。

 ……まぁ、まだ僕らはお互いのことを分かり合えていないからね。

 些細な誤解はすぐに解けるはずだよ、きっと。


「それではナスルさん、僕らはこれで失礼しますね。……またこちらの練兵場を利用してもよろしいですか?」

「あ、ああ、ご苦労だった。……君たちにはこの練兵場は狭すぎるから、街の外で鍛錬を行った方が良いのではないかな……?」


 ――出入り禁止じゃないか!

 初日にして早速、僕らは腫れ物のようなポジションを獲得したのだった。


明日も夜に投稿予定。

次回、五五話〔明かすべき真実〕

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