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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第四部 刻の支配者

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五三話 波乱の模擬戦

「――よく逃げずに来たじゃねぇか、それだけは褒めてやるぜ!」


 僕らはナスルさんが所有している練兵場に来ていた。

 昨日約束した通り、ロブさんとの手合わせの為だ。


「本当に大丈夫なのかねアイス君。彼は神持ちなんだぞ?」

「多分大丈夫だと思いますよ。……それより、なんだか人が多くないですか?」


 練兵場の人口密度は高かった。

 ナスルさんの私兵たちだろうか、これだけ人が多いと鍛練もままならない気がするのだが……。


「新しく我々の仲間になった〔神持ち〕と模擬戦をするともなれば、見学希望者が多くてな。見世物のようですまないが、彼らに君たちの実力の一端を見せてやってくれないか? ――もちろん、アイス君は無理をしなくていいぞ」


 僕にはどう転んでもロブさんが敗北する未来しか視えていないが、心配してくれるのは素直に嬉しく思う。

 ロブさんの顔を立てて、ある程度華を持たせるつもりはあるが、わざと負けるつもりは毛頭ない。

 そんな事をすれば、師匠である父さんたちの名を汚す事になる。

 そしてなにより――ルピィたちに折檻されてしまう……!


「とっとと武器を取れよ! なぁに、ここの武器は刃引きしてあるから死にゃぁしねぇよ。骨ぐらいは折れるかも知れねぇけどな! げゃはは!」

「あ、僕は武器いらないので大丈夫ですよ。このまま始めましょう」


 素手の方が加減が効きやすいのでそう申し出たのだが――ロブさんは顔を赤くして吠える。


「――ナメてんのか、てめぇ!」

「分かんないの? アイス君はキミ程度に武器なんか必要ない、って言ってるんだよ? それに刃引きしたナイフなんか使わないで〔真剣〕でやりなよ――後で言い訳されても面倒だしさ」


 ルピィが煽る!

 模擬戦前、仲間たちには「これから仲間になるんだから、仲良くしなくちゃ駄目だよ」と説得したのだが――


「ああいうヤツは一度痛い目を見せなきゃダメだよ」

「…………」 


 ……ルピィもフェニィも聞く耳持たずだった。

 我慢できないことには定評がある二人なので、期待はしてなかったが――


「――上等だっ! ブッ殺してやる!」


 ロブさんは脳の血管が切れるんじゃないか、というくらい顔を真っ赤に染め上げている。

 そして愛用(多分)のナイフを取り出して、刃引きしてあるナイフを地面に投げつけた。

 ――僕は何も言っていないのに……!


 さすがに周囲もざわめきだしているが、ナスルさんは静観する構えのようだ。

 いざともなれば僕の仲間が助けに入ると思っているのだろう。

 ……彼女たちが介入すると取り返しがつかなくなりそうなので、絶対に乱入させるつもりはないが。


「お手柔にお願いしますね……」

「――死ねぇっ!!」


 ロブさんは完全に我を忘れている――模擬戦という事も忘れている!

 僕は鋭く突きこまれたナイフを躱しながら思考する。

 ……速く鋭い突き込みだが、怒りのせいか動きが読みやすい。

 躱しても躱しても連続して刃が僕を襲うが、フェイントもなにもない愚直な攻撃なので回避は容易だ。


 これは……怒りで直情的になっているせいもあるだろうが、戦闘技術の拙さも多分にありそうだ。

 これまでは技術を要するまでもなく、戦闘で勝利を収めてきたのだろう……〔神持ち〕らしいといえばらしい。


 しかし、ロブさんは短剣神という事だが、これではルピィがナイフを持った方がよほど手強いと言わざるをえない。

 ……しかもルピィはナイフ術も巧みだが、それ以外にも厄介な〔初見殺し〕の手札を何枚も隠しているのだ。


 過去の模擬戦中、右手のナイフで切り結びながら、ノーモーションで左手からナイフを飛ばしてきた時なんかは、ルピィとの模擬戦で初めて手傷を負わされてしまった。

 僕の腹部に突き刺さったナイフを見て喜ぶルピィは、色んな意味で恐怖の対象だったのだ……。

 未だにルピィはいくつかの切り札を僕に秘匿しているようだが――最終的に僕を殺害するのが目的なのだろうか……?

 僕は思索しつつ猛撃をいなし続けていたが、ふと周りの空気に気付く――


 ――まずい。

 ロブさんの度重なる攻撃が掠りもしないので、周囲が騒ぎ始めている。

 ルピィの脅威について思考を巡らせている場合ではなかった。

 早々に決着を着けなくてはならない。

 それも拮抗した勝負の末、辛うじて僕が勝利した――というのが理想だ。


 ロブさんはナスル軍の最大戦力なのだ。

 あっさりとロブさんが負けてしまったら、ロブさんの面子が潰れる問題もあるが、ナスル軍の士気が低下してしまう恐れがある。


 よし、ここは上手くやってみせる……!

 ――僕はロブさんの大振りの突き込みに合わせて、腕を取り――勢いを利用して滑らかに背負い投げた。

 背中を強打しないように、地面に衝突する直前で勢いを殺すのも忘れない!

 とすん、とロブさんが背中から柔らかく着地する。

 ついでにロブさんが持っていたナイフが飛んでいきそうになったので――空中でサッと掴む。


「いやぁー、ロブさんの攻撃がすっごく速いから躱すのがやっとでした。僕はもう、いっぱいいっぱいでしたよー」


 周囲の人たちに聞こえるように、大声できわどい勝負だった事をアピールする僕。

 ……完璧だ!

 怪我もさせていないし、これならばロブさんの面目も保たれるはずだ……!


 僕は先ほど掴んだナイフをロブさんへと差し出した。

 もちろん、ナイフの柄を相手側に向けるのも忘れない――僕は良識ある人間なのだ……!

 ――不思議なことに練兵場は静寂が支配していた。

 そしてそれを破ったのは、型破りな僕の仲間だった。


「偉そうなこと言ってたのに弱すぎじゃないの? アイス君にすっかり遊ばれちゃってるよ、ぷぷっ……」


 僕の努力をぶち壊しにするようにルピィが煽る!

 本当にあの人は僕の仲間なのだろうか……?


「――ふ、ふざけやがって! ナメんじゃねぇぇ!!」


 当然のように激怒したロブさんが、僕の差し出したナイフを叩きつけるように奪い取る。

 どうしよう……状況は悪化の一途を辿っている……。

 とてもではないが、今のロブさんを相手に友好的な関係は望めない。

 ……仕方がないので、一度気絶してもらうことにしよう!


 すっかり興奮状態であるロブさんの攻撃は先ほどよりも更に雑なものだったので、攻撃の合間を縫って接近するのは簡単な事だった。

 目の前に現れた僕に、ロブさんが驚く暇も与えずに――鳩尾に掌底を叩き込む。


「うっ……」


 強すぎず弱すぎず絶妙な力加減で入れた一撃は、ロブさんの意識を綺麗に刈り取った。

 一度寝ることで気持ちをリセットすれば、僕たちはきっと分かり合えるはずだ……!


「――大丈夫ですか? どちらが勝ってもおかしくない良い勝負でしたね。紙一重とはまさにこの事です!」


 手早く快復させて、またしても互角の勝負であった事を大声で喧伝する。

 ロブさんは目覚めてしばらく、何が起きたのか分からないような様子で混乱していたが、やがて唐突に僕に向かって指を突きつけた。


「汚ぇぞこの野郎っ!」


 ええっ!? 僕のどこに汚い要素があったと言うんだ……!


「弱そうなツラして騙しやがって、武神の息子なら強ぇに決まってるじゃねぇか!」


 えぇぇ……今さらそれを言うのか……。

 僕が強そうな顔をしていれば良かったのだろうか?

 ずっと眉間にシワでも寄せていれば良いのかな? ……いや、それではただの気難しい人な気がする。

 ともかく、力を認めてもらえたので一安心だ。

 そう僕は考えていたが――


「――ちっ、お前はもういい、後はあの二人だ! 盗神だか炎神だか知らねぇが、俺の目の黒いうちはデケェ面させねぇぞ!」


 まさか、この人はまだやるつもりなのか……この強靭なメンタルは、たしかに僕の知っている神持ちではあるが。

 ……しかしこれは、なんとしても止めねばならない! 

 ロブさんの目がまっ白にされてしまう……!


「ちょっと待ってください、あの二人は本当に危険なんです! ……今日はもうおしまいにしましょう。ええ、そうしましょう」

「一人で納得してんじゃねぇ! あの男女も年増女も偉そうにしやがって、気にくわねぇんだよ!」


 ――最悪だ!

 この人はよりにもよって、うちのメンバー二人の地雷を同時に踏み抜いてしまった! 

 バク宙して、両足それぞれで地雷を踏むくらいの器用さだ……!

 僕は聞こえてない事を祈りつつ、二人の様子をおそるおそる窺う――


「へぇ……」

「…………」


 ひぃっ、もう無理だ……僕には止められないよ……。

 二人から発せられる濃密な殺気は周囲の人々を遠ざけていた。

 フェニィからは魔力も漏れ出しているので、魔力耐性の無い人が倒れそうになっているのが見て取れる。

 ナスルさんは、僕とロブさんが闘っていた時には平静に見守っていたが、今は顔を引き攣らせながら僕を見ている――その顔には「なんとかしろ」と書いてあった……。


明日も夜に投稿予定。

次回、五四話〔惨劇の模擬戦〕

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