五二話 暴かれた過去
僕らは三人とも客室に案内されていた。
当初はそれぞれに個室が用意されていたが、僕以外の二人が反対したことで全員同室の相部屋となったのだ。
……男と同室は女性側が嫌がりそうなものだが、旅ではいつも一緒だったので、もう慣れているのだろう。
「――それにしてもアイス君はいっつも泣いてるよね~」
客室に入るなりの、ルピィの発言だった。
きっと僕をからかいたくて仕方がなかったのだろう……。
「……なんの事かな? ……それより今日は色々あって大変だったね。晩御飯まで僕は少し休ませてもらうよ」
条件反射的に誤魔化して、早々に逃げることにした。
ルピィは僕の発言を聞こえなかったかのように言葉を続ける。
「いやー、ビックリしたよ、なにせ解術を使ってる最中に突然泣き出すんだからね〜」
――よくない流れだ。
流れを打開するべく思索していたところ、思わぬところから声が掛かった。
「……また、記憶をみたのか?」
フェニィだ。
というか、解術の影響で記憶を追体験することは、暗黙の了解でルピィには伏せておくのではなかったのか……!
「記憶!? 解術って、記憶もみれるの??」
案の定、ルピィはブラックバスのように激しく喰らいついている……これはまずい。
フェニィが観たのは惨劇の記憶だけではない。
あの日、父さんが帰ってくる前の会話も含まれているのだ――
「――おかえり、アイス〜! 今日の試合凄かったね、圧勝じゃないの〜。魔術も凄いのに剣術も強いなんて、さすがは私の息子だなぁ……むぎゅぅっ」
「やめてよ母さん……まぁ、僕は父さんと母さんの息子で天才だからね。父さんとネイズさんに剣術も教えてもらってるし、負けるわけがないよ。僕と同じように、セレンもきっとすごく強くなると思うよ。……ただいま、セレン」
「……」
「セレンはまだ一歳なのに、本当に落ち着いた子ねぇ……お父さんに似たのかな〜? ――そういえば、レット君も大会で頑張ってたね。アイスとまともに試合になってたのはレット君ぐらいだったし~」
「僕は神持ちだからね。レットも神持ちだし、普通の人じゃ相手にならないのは仕方がないよ――」
――僕はあの日の会話を思い出す。
思い出すだけで地面をのたうち回りそうになる……。
以前フェニィに僕の記憶を教えてもらった時も、穴があったら入りたいくらいの気持ちだったのだ。
あの頃の僕は全くどうかしていた……!
しかしこれはまずい……僕をイジめるのが趣味になっているルピィに知られたら、立ち直れないくらいの辱めを受けるのが目に見えている。
『ルピィに話してはいけない!』そんな想いを視線に乗せてフェニィに送る。
「…………」
フェニィはそんな切実に困った様子の僕を、ちょっと面白そうな瞳で観察している――ルピィによく似た瞳だ、嫌な予感がする……。
「……『僕は天才だからね』と、言っていたな」
ぐっ……!
なんてことだ……業務上知り得た情報は第三者にバラしてはいけないのに……。
フェニィは明らかにルピィの悪い影響を受けている!
――ルピィは以前『アイス君のちょっと困ってる顔が好き』という問題発言をしていた事がある。
本人は発言直後に「しまった」という顔をしていたので、思わず本音が零れてしまったのだろう――まさか、フェニィにもそんな嗜好が……?
「ぷっ……あははは、それは凄いね! 今の姿からは想像も出来ないくらい自信に満ち溢れてるよ! アイス君が天才なのは知ってるけどー。そっか~、自分で天才って言っちゃうんだ~~」
ルピィは笑顔を抑えきれないように、にまにま笑いながら僕を口撃する。
――これはもう、ルピィにサドっ気があるのは間違いないだろう。
現に今も生き生きとして、水を得た魚のように僕を攻めたてている……。
「他には、他には! 他にも何か言ってなかった!?」
ルピィの迸るような勢いは止まらない!
……僕は頭を抱えていた。
フェニィは僕の苦悩する姿をじっ、と見守っているが、その瞳はだんだん楽しくなってきているように見える。
「……『僕は神持ちだからね』と、言っていたな」
がっ……酷い、あんまりだ……。
純朴だったフェニィが、すっかりルピィに染まっている……やはり〔盗神〕にフェニィの情操教育を任せた僕がバカだった……!
フェニィには今度の野営で、苦みのある野菜を中心に献立を構成してやる……!
――それにしても僕が自分のことを神持ちだと思っていたのも仕方がない。
周りを見ても自分の魔力量が突出していたのだから、勘違いもしてしまうというものだ……。
しかしルピィは、水を得た魚どころか、もはや飛び魚のように絶好調な様子で僕を攻める、攻める――
「いやー仕方がないよ。子供の頃って、何でも出来るような万能感に満たされちゃう事ってあるからね。ボクもそうだったもん、なにせ――『僕は神持ちだからね』」
ぐぬぬ……おのれルピィめ。
自分の発言に大ウケしているルピィが憎たらしかった。
いつか目に物見せてやる……よく似合う〔男物の服〕をプレゼントしてやる……!
僕は多大なダメージに耐えられなくなったので、布団を頭から被り外界の音を遮断した――僕はこの布団の中で生きていくんだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、五三話〔波乱の模擬戦〕




