五話 過去とこれから
「そうなんだ。父さんは〔武神持ち〕な上に、父さんを解放しようとすれば軍国の妨害を受ける可能性が高いんだ……」
考えれば考えるほど絶望的な形勢だったが、僕には諦めるつもりは無い。
「……かまわない。それに、軍国には、もとから、敵視されている」
数多の軍国兵士を屠ったことを言っているのだろう。
僕は、これから争乱に巻き込む事になるであろう味方に謝罪はせず――「ありがとう」とだけ、告げた。
それから、体を横たえた状態で治癒術を行使しながら、フェニィと色々な事を話した。
「フェニィはやっぱり戦闘系の加護を持ってるの? もしかして神持ち?」
「……炎神の加護を、持っている」
「炎神? 火神なら聞いたことがあるけど、珍しいね。魔力量からして神持ちなのは納得だけど」
「……アイスは、神持ちではないのか?」
「僕は治癒の加護を持ってるけど、神持ちではないよ。治癒の加護は〔解術〕と相性が良いからすごく有り難いけど」
「…………」
「ほ、ほんとうだよ。仲間にもよく言われるけど、むかし教会で加護を視てもらったんだ」
懐疑の視線を感じたので、僕は慌ててそう言った。
出会ってから変わらずフェニィは無表情だが、その眼には感情の色が見えるのだ。……よく観察していないと気が付かないレベルではあるが。
「……仲間?」
フェニィは僕の言い訳より、仲間という単語が気になったようだ。
「そうだよ。この近くのコベットっていう町で落ち合う予定なんだ。盗賊というか忍びというか、そっち方面の技術が高い人で、今は情報収集をお願いしてるんだ。フェニィについての情報もその人に教えてもらったんだよ。――コベットに着いたら改めて紹介するね」
「……ん」
フェニィはどこか不安そうな様子で頷いた。……人見知りなのかもしれない。
しかし人当りの良い人なので、フェニィとも上手くやってくれるだろうとは思う。
――聞くか否か躊躇ったが、フェニィの過去についても尋ねた。
「……その、洗脳術下にあった時の記憶はどれくらい覚えてる? フェニィに洗脳術を行使した男のことについて、何か知らないかな?」
僕がフェニィの記憶を追体験したことは伝えてある。
洗脳術に関わりのある、あの禍々しい男についての情報が少しでも欲しかった。
「……あの男は、研究所で、何度か、見た。……職員では、ない、と思う」
覚悟はしていたが、得られた情報は少なかった。
話を聞く限りでは、帝国は加護について研究する〔研究所〕を運用していて、あの陰気な男はそこのアドバイザーのような立場だったらしい。
あれほどの洗脳術の術者が複数存在するとは考えにくいので、僕の父さんの件にもあの男が関与していると推察出来る。
だがそうなると、敵対情勢にある帝国と軍国の双方に協力していた事になる。
あの男の目的は不明だが……今回、洗脳術の使い手の顔を確認出来たのは大きな収穫だ。
それから、僕が心中で抱いていたフェニィに関する疑問も解消した。
――国の防衛上重要な場所とはいえ、希少な〔炎神持ち〕を排斥の森へ放置することに違和感を覚えていたのだ。
しかし研究所の人間がこぼしていたという話を聞いて納得がいった。
洗脳術を用いると魔力量の多い人間へは、命令の書き換えに多大な魔力を要する上に、単純な命令しか受け付けないので使い勝手が悪い、との話だ。
それに加えて十年前辺りから、少ない魔力で複雑な命令をこなせる〔後継機〕が台頭してきた事もあって、フェニィは排斥の森へと送られる運びとなったらしい。
〔後継機〕の存在は気懸りだが、今の僕に出来ることは何も無い。
いずれ対峙する未来があれば、微力ながら何とかしてあげたいとは思う。
――――。
森での一夜が明けた。
夜の間ずっと治癒術に専念したおかげだろう、僕の身体は歩けるぐらいには快復することが出来た。
一晩中、フェニィは文句も言わずに僕のそばにいてくれた。
動けない間に魔獣に襲われたら困るな、と懸念していたのでフェニィの存在は実に心強かったと言える。
「まずはコベットの街に行こうと思うんだけど、その前にまず食事にしないかな? 昨日獲った魔獣があるんだ」
「……ん」
フェニィはこくりと頷く。
僕は薪を集めてきてから――ふと、思いついた事を頼んでみる。
「そうだ、せっかくだから種火を点けてくれないかな? フェニィって炎術が使えるんだよね?」
フェニィは相変わらず無表情のまま、しかしどこか戸惑ったように言葉を出す。
「……魔力の制御、苦手だ」
「大丈夫だよ、失敗しても。それに炎術って見たこと無いから見てみたいんだ。……ダメかな?」
「……分かった」
僕は念の為、薪から少し離れてフェニィの様子を見守った。
フェニィは薪に手をかざして集中している。
傍目にも分かるほど、薪を中心として濃密な魔力がどろりと集まっていく――
「ちょっ……!」
ドゴォーン! と、およそ種火を点ける音とは、かけ離れた音が周囲に鳴り響く。
家一軒を焼失させるような熱量が周りに撒き散らされる。
数メートル離れた場所に置いてあった、僕の荷物も焼失というか消失している。
おそらく一キロメートル先からでも見えるであろう火柱を間近で見上げながら――僕は軍国と死滅の女王との戦闘記録を思い出していた。
軍国が女王討伐時、囮で森の入り口まで誘い出してから遠距離からの攻撃を試みるという作戦を行ったが、森の敷地外にいるにも関わらず、女王の炎術で焼き払われたというものだ。
大型投石器の攻撃を受けても女王にダメージが見られなかった事もあり、女王への遠距離攻撃はそれ以降見送られたらしい。
なるほど、この威力なら二の足を踏むのも納得だ。
……近接戦では炎術を使用してこないとなると尚更だろう。
そういえば森の手前に草木の一本も生えてないのは、炎術の影響が残っているのかな……?
僕が現実逃避しながら思索していると、ふとフェニィの様子に違和感を覚えた。
彼女は眼前に火柱が立ち上る状況で、一見すると冷静そのもののように見える。
しかし、よくよく観察すると表情こそ無表情ながら――その瞳は、泣き出しそうな子供のように見えたのだ。
――そうだ、僕は何を勘違いしていたんだ。
フェニィは僕より幾つか年上のようだし、寡黙な事も相まって落ち着いた大人のおねえさんのように見える。
だが実際は、まだ幼い時分に洗脳術を受けて以来、ずっと機械や道具のように扱われてきた女の子だ。
情緒の発達はまだ未成熟な面があると考えるべきだろう。
きっと今は、失敗してしまい不安な気持ちに苛まれているに違いない。
ずっと辛い目に遭ってきた子なので、厳しく注意するような事はしたくない。
まずは褒めなくては――そうだ、褒めて伸ばすんだ!
「すごいね! 炎術って初めて見たけど、圧倒的な威力だね!」
「……ん」
フェニィはどこかホッとしたような雰囲気になった――良かった。
「この威力はやっぱり、フェニィの保有魔力が大きいのも影響してるのかな? 僕の荷物と一緒に、旅の路銀も消失してしまったのは困ったけど……」
「……すまない」
……しまった!
全財産を失ったショックが思いのほか大きくて、ついつい悲愴な気持ちがダダ漏れてしまった!
「い、いや良いんだよ。旅の荷物も古くなってきてて、そろそろ処分しようと思ってたし……。なにより僕が炎術を見せて欲しいって、無理にお願いしたんだから」
「……ん」
「それと魔力操作が苦手なら僕が教えるよ。解術を使うための必須技能だから得意なんだ」