四九話 視えた真実
眠り姫ジーレの寝室に入った瞬間――僕は全てを理解した。
寝室にはベッドで苦しげに呻いている女の子と、傍らに立っている侍女の二人だけだ。
病気の影響なのか、ジーレは十三歳と聞いていたが十歳にも満たないような子供に見える。……そしてその髪は、老婆のように真っ白に染まっていた。
その姿を見るだけでも、この子が苦痛の中で生きてきた事がよく分かる。
僕には確認することがあった――
「……失礼ですが、あちらの侍女の方は、何か加護をお持ちですか?」
「あの子は加護を持っていない。だが、祖母の代からテングレイ家に仕えてくれている家の子で、娘の姉のような存在だ」
――決定的だった。
……あまりに残酷でおぞましいことが、ここで行われている。
「君、泣いて……?」
ナスル王が驚きの声を出す。
ひどすぎる現実に、知らず泣いてしまっていたようだ……なにを泣いている、僕はまだ何もしていない。泣いている暇なんかない。
僕は自分を叱咤して、強引に意識を切り替える。
「……すみません。少しだけ、少しだけ時間をください」
「……ああ」
ナスル王は、僕がジーレの痛ましい姿を見て落涙したと思っているのだろう。
――実際には違うが、その勘違いを利用させてもらう事としよう。
僕はルピィとフェニィを呼び寄せて、残酷な真実を告げる――
「……あの侍女、〔呪神の加護〕を持ってるよ――おそらく定期的に、呪術を掛け続けている」
「「!!」」
二人は愕然としている。
僕は以前に〔呪の加護持ち〕を視たことがある。……あの一度見たら忘れられない、胸が悪くなるような気配は見間違いようがない。
そしてあの侍女は、その気配をそのままに〔神持ち〕特有の膨大な魔力を有している――間違いなく〔呪神持ち〕だ。
かつてフェニィに使われた〔長期効果のある洗脳術〕のような、特別な呪術の類かと思っていたが、何のことは無い――単純に呪術を掛け続けていただけなのだ。
呪神持ちであれば、相手が神持ちであっても呪術の影響を与えるのは可能だろう。
そんな単純な事が露見しなかったのは「呪神持ちが身近にいるはずがない」という先入観と、あの侍女は、祖母の代から仕えている家系という事もあり――信頼されていたのだろう。
ジーレの姉のような存在――その信頼をあの女は踏みにじっているのだ。
考えるだけで頭がおかしくなりそうになるほどの怒りを覚えるが、今は冷静にならなくてはならない。
今この時も苦しんでいる女の子がいるのだ。
――問題は、どうやってあの侍女が、〔呪神持ち〕であることを証明するかだ。
「僕には魔力の色が見える」と正直に言ったところで一笑に付されるだけだろう。
魂の汚れが見えるセレンにあやかって「あなた、魂が汚れていますね」とカマをかけるのはどうだろうか?
……いや、怪しい宗教の勧誘みたいだし、逆効果だろう。
そもそも、古くから仕えている部下と、今日会ったばかりの若造の言葉では、どちらを信じるかは分かりきっている。
最終的には〔教会に行き調術で視てもらう〕という手段が一番確実なのだが、その展開に至るまでが難しい。
どうしたものかと僕が頭を悩ませていると、事態は劇的に動いた。
フェニィが声もなく侍女に近付いていき――その首を片手で掴んで持ち上げたのだ……!
「……この娘の呪いをとけ」
背筋が凍るような声で言い放ち、その手に力を込めていく。
ぎりぎり、と骨が軋むような音が聞こえる。侍女は声も上げられずに涙をこぼし、涎をたらしながら失禁している。
――あれではろくにモノを考えられまい。
考えをまとめるどころか、意識すら朦朧としているはずだ。
「き、きさま何をやっている!」
ナスル王たちは驚愕からしばし呆然としていたが、我に返ったようだ。
喚き散らしながらフェニィに向かって駆け寄る。
……ああ、また厄介なことになってしまった。
フェニィは、かつての自分のように呪いに囚われているジーレを見過ごせなかったのだろう。……この件についてはフェニィを責める気は更々無い――むしろ僕の判断が遅かった。
ジーレが今も苦しんでいるのに、体面を気にして迷っている場合ではなかったのだ。
僕はフェニィを守るように立って、男たちに堂々と告げる。
「この侍女が〔呪神の加護〕を持っている事はご存知ですか?」
「な、なにを……」
驚き戸惑う男たちに、ここぞとばかりに畳み掛ける。
「間違いなくこの侍女は、定期的にジーレちゃんへ呪術を行使しています」
「「!」」
フェニィに吊るされている侍女も驚愕に目を見開いている。
「なぜそれを知っている!」と涙で滲む瞳に書いてあるようだ。
「カナリアは全てを喋りましたよ、侍女さん――いや、『キツツキ』と言った方が良いですかね?」
自身のコードネームが暴かれていることに、更なる動揺を見せる侍女。
慌てたように、重持ちの男『カナリア』――ルピィを見る。
にへらにへらと挑発するように笑っているルピィを見て、その顔が怒りに歪んだ。
「軍国からキツツキさんにお手紙が届いてますよ」
僕は侍女とナスル王の間に、懐から取り出した手紙を放った。
「『次月より深度三とする』、最初は何のことか分かりませんでしたが――まさか呪術でジーレちゃんの病状を調整しているとはね」
「「「!!」」」
確証はなかったが、侍女の反応を見る限りでは――当たりだ。
「ジーレちゃんの病状が重くなれば、魔力供給しているナスルさんへの負担が増え――それは軍国への対応が遅延することにも繋がります。……子供の病状を調整することで親の動きを調整するなんて、人の発想じゃないですよ……どうしてそんな酷いことができるんですか」
……僕は喋りながら、怒りと悲しみで心がいっぱいになり、また泣いてしまっていた。
涙声を出したくなかったので、それ以上の言葉を出せずにいたが――侍女が叫ぶように弁明する。
「仕方ないじゃない! ナスルに首輪を着けてないとこの国で内戦が起きるのよ! 私は間違ったことなんかしていない!」
――この女は、子供を犠牲にしておきながら、恥知らずにも自身の正当性を主張するのか!
激昂したのは僕だけではなかった。
フェニィから周囲を浸食するような強烈な魔力が溢れだしている。
侍女の首を掴んだ手に、骨を握り潰すような力が加えられていく――
「――駄目だ! フェニィ!」
僕はフェニィを止めた。侍女の命を慮ったのではない。
「それは僕らの仕事じゃない」
僕が視線を向けた先には――怒り、悔恨、悲哀、様々な感情がごちゃ混ぜになっているナスル王が立っていた。
そう、この侍女を裁く権利はナスル王にこそある。……僕らではないのだ。
明日で第三部は終了となります。明日は昼前くらいに投稿予定。
次回、五十話〔勝ち名乗り〕




