四八話 もう一人の王
「準備はいいかな?」
ナスル城の正門が見えてきた辺りで、ルピィが僕らに問い掛けた。
いよいよか……眠り姫――〔ジーレ=テングレイ〕とはどんな子なんだろう?
年齢は妹のセレンと同じ十三歳らしいが、セレンは同世代の子からは逸脱した至高の存在であるから、参考にはならない。
所持している加護は、本人の性格にも比例すると言われているが、実際はどうなのだろうか?
たしかに〔裁定神の加護〕を持つレットは正義感が強いし、〔炎神の加護〕を持つフェニィは熱い激情を胸に秘めている――とっても短気なのだ!
眠り姫ジーレは〔重神の加護〕を持っているようだけど、重神か――
『はふはふ、もう……あと三杯しか食べられないっス!』みたいな子なのかな?
もしも一緒に旅をする事になったら、大食いのフェニィと併せて二人でパーティの食費を圧迫しそうだ……。
しかもお嬢様なのでグルメだったりしたら――
『ふごっふごっ、家畜は一級生産者のじゃないと駄目っス!』とか言われたりしたら、魔獣が食べられなくなる……!
でも、仲間の希望は極力叶えるのが僕のポリシーだ。叶えねばなるまい。
そもそもナスル王が一人娘を、怪しげな僕らのパーティに加入させる光景がまるで想像できないが……。
…………いつも通り思考が脇に逸れてしまったが、僕の覚悟は出来ている。
「――うん。城に入ろう。フェニィは口を閉ざしてればいいからね」
「……ん」
フェニィは機嫌が良さそうだ。
というより、これからやる事が楽しみで気持ちが高揚しているように見える。
城へ変装して侵入という〔非日常イベント〕に胸踊らせているのだろうか?
僕としては、フェニィのように大物ではないので楽しみとは到底言えないが、まるで危機感が無いのは確かだ――この面子で危機に陥るイメージが、まるで湧かないのだ。
ルピィも同様なのか、鼻歌を唄い出しそうなくらい楽しそうな様子だ……。
ナスル王の護衛には神持ちがいるらしいし、僕一人だけでも気を引き締める必要性があるだろう。
――ルピィ扮する男を先頭に、僕らは門番へと近付いていく。
「お勤めご苦労様です。……そちらの方々は?」
『おう。こちらは帝国で有名な〔解術士〕様だ。今日はお嬢様の為に無理を言って来て頂いたんだよ。――とっととナスル様にお知らせしろ!』
ルピィの一喝を受けて、慌てて門番の一人が中に駆け込んでいく。
――ルピィによる執拗な尋問の結果、〔重持ちの男〕は弱い者には横柄な態度を、ナスル王には下へも置かぬへりくだった態度を取っていた事が分かっているのだ……。
しばらく待っていると、ルピィだけが呼ばれていき、僕とフェニィは豪華絢爛な応接室で待たされることとなった。
ルピィは単独行動となるが、彼女ならば上手くやる事だろう。
……むしろボロを出しそうなのは僕たちだ。
フェニィは贅を凝らした調度品に囲まれた部屋を、きょろきょろと不審げな様相で眺め回している。……応接室で僕らに出された果物には手をつけない事とした。
この段階で毒が盛られているとは思い難いが、念を入れるに越したことはない。
そもそも僕やフェニィに生半可な毒物は通じないが、一応だ。
それに放っておくと高名な術者であるはずのフェニィ先生が、むしゃむしゃと片っ端から食べ尽しかねない恐れも考慮しているのだ……。
――時間が経つにつれ、だんだんとフェニィが焦れてきているのが僕に伝わる。
ナスル王側のアクションよりも先に、フェニィが何かするのでは? と、僕が心配になっていると、救世主ルピィが部屋に入ってきた。
熊のような大男と、鋭い目をした男、二人の見知らぬ男も一緒だ。
『へへっ……こちらが帝国でその人ありと言われてる〔フェニィ先生〕ですよ』
ルピィが熊のような男にフェニィを紹介している。
察するに――この男が〔ナスル王〕なのだろう。
二メートル近くある巨体が、見下ろすように僕らを見ている。
魔力を視ても〔重の加護持ち〕であるようだし、間違いないだろう。
鋭い目の男は、部屋に入って僕とフェニィを見るなり、目元をだらしなく緩めていた。
……認めたくはないのだが、この男が護衛の〔神持ち〕のようだ。
魔力を視る限りでは、剣神のネイズさんに似た感じがする。
なんとなくではあるが、〔短剣神の加護〕だろうか……?。
これまでナスル王側の神持ちに期待していたが、正直、期待外れと言わざるを得ない……魔力を視認できないのは仕方がないが、僕やフェニィを見て無警戒というのはいただけない。
年齢は想像より若く二十代後半くらいだろうが、僕らと比べてさえも隙が多すぎる。
僕の知っている軍団長たちは、魔力こそ視えずとも強者の気配には敏感なので、無警戒という事はありえないのだ。
この、今にもヨダレを垂らさんばかりの表情が演技なら大したものなのだが……。
そしてフェニィよりも僕の方を凝視しているのが、なんだか嫌だ……。
――それでも僕は、柔和な微笑みを浮かべながらナスル王たちに挨拶をする。
「お二方とも初めまして、私はフェニィ先生の従者の〔アイ〕と申します。こちらが解術のエキスパートであるフェニィ先生です。軍国でこそ、その名は知られていませんが、帝国ではご覧の通りの美貌も相まって、〔帝国の聖女〕と呼ばれている凄い方なんですよ」
口下手なフェニィに代わって、僕が、えいえい持ち上げながらフェニィを紹介してしまう。
「…………」
――フェニィは眼を瞑っている。
これは……照れて恥ずかしがっているようだ……!
中々珍しい光景である。なんだか楽しくなってきたので、更に褒め殺ししてみようと思ったが――僕を見るルピィの白い眼を見て冷静になった。
いけないいけない。つい目的を忘れるところだった……。
「これはご丁寧にありがとう。私はこの港街ポトの領主〔ナスル=テングレイ〕だ。話は先ほどよく聞かせてもらった。……解術を専門としている術者がいるとは寡聞にして知らなかったよ。遠路はるばる来てすぐで申し訳ないが……娘をよろしく頼む」
知人の紹介とはいえ、いやにあっさり信用してくれるものだ。
ルピィがよほど見事な弁舌を奮ったのかもしれない。
それに、荒ぶる熊のような見た目と違って、僕らのようなものにも丁寧な対応だ。
この事は、眠り姫の治療後に友好関係を築くことを考えればプラス材料である。
そんなナスル王の真摯な願いに――フェニィは気負うことなく、いつも通りに応えを返す。
「……任せておけ」
……いつも思うが、いったいどこからその自信は湧出してくるのだろうか?
演技をしているようには見えないが、そもそもフェニィは解術を使えないのだ。
神官のような風体になっている事で、心も解術の術者になりきっているのだろうか?
今回の場合は好都合ではあるのだが……。
あるいは、僕が解術で治療することに全幅の信頼を置いているのかもしれない。
そうであるなら嬉しいのだが、〔自信満々〕といった様相のフェニィを見る限りでは違う気がする……。
「俺はロブ=ハイゼルトだ! 〔短剣神の加護〕を持ってるんだぜ!」
元・鋭い眼の男は、僕の方に舐めるような眼光を送りながら、勢いよく加護まで明かした。
――初対面の得体の知れない人間に、あっさり加護を明かしてしまうのか……!
僕には見当がついていたとはいえ、自分の手札を惜しげもなく晒す男に将来の不安を感じてしまう……。
「わぁ……ロブさんって神持ちの方なんですねー。すごいですー」
僕は内心の思いをひた隠して、棒読みにならないように注意しながら男を持ち上げた。
「いやぁ~、アイちゃんみたいな綺麗な子に、そんなこと言われちゃうと照れちゃうぜ~」
……やめろ……僕を、アイちゃんと、呼ぶな……!
僕は悶え苦しみながらも、人懐っこい笑顔を作ることをイメージしながら話を先に進める。
「……それでは、お嬢様のところへ案内していただけますか?」
明日も夜に投稿予定。第三部終了まで残り二話です。
次回、四九話〔視えた真実〕




