四七話 変身
早くも僕の頭上には暗雲が立ちこめてきた気がする……まだだ、まだ大丈夫だ……僕らはこの街に来てから、まだ後ろ指を指されるような事はしていない。
――いや、誘拐して監禁ぐらいはしているが、これは女の子を救う為だ。
いわば〔正義の誘拐〕なのだ……!
字面は最悪だが、まだ僕らはセーフなはずだ、きっと……。
「こっちはとりあえずオッケーだから、アイス君を先にやっちゃおー」
型に樹脂を流し込んだルピィは、当然のようにウィッグを持って、にこやかに僕に近付いてくる――そう、女装させる気なのだ。
客観的に見て、僕の容姿が女装向けなのは間違いないので、僕は抵抗をしない。
というか、旅の間に何度か女装をする機会に恵まれてしまったせいか、僕は女装することに抵抗がなくなっていたのだ……!
果たして僕は、大丈夫なのだろうか……?
「――よしっ、完成! アイス君、相変わらず腹が立つくらい美人だね~、このこの~」
ルピィは自分で手掛けておきながら、理不尽に僕の頬をぷにぷにと突っつきまわす。
「……化粧が崩れるから止めてよ、ルピィ……」
「かぁーっ! 女の子みたいなこと言っちゃって!」
興が乗ったのか、ルピィは僕の頬を摘まんで、ぐにぐにと弄くりまわす。
……フェニィが、自分も弄ってみたそうにこちらを見ている。
――まずい!
ちょっぴり力加減が苦手なフェニィが同じことをすれば、僕の頬がちょっぴりエグられちゃう……!
こぶとり爺さんになっちゃうっ……!!
僕はさらりとルピィの指を外して、すかさず話題を振る。
この空気はまずいので、とにかく矛先を変えねばならない!
「……どんな感じになってるか、自分で見てみたいな。鏡貸してくれる?」
はい、と渡された手鏡を見て、僕は感心した。
男から女への変化だけではなく、顔の印象もかなり変化している。
童顔で幼い印象の顔が、眼鏡を掛け、長いウィッグの髪を纏めることで、大人っぽくなっているのだ。
どうメイクをしたのか、雰囲気も知的でクールで……まるで敏腕秘書のような有り様だ。
……しかしこれは、フェニィの付き人としてはどうなのだろうか?
秘書として知的な感じに「次の予定は、あの酒場で〔アサリの酒蒸し〕になります」とでも言えば良いのだろうか……?
「うん、印象がガラッと変わってて良いと思うよ。……というか、これだけ印象を弄れるなら男のままで良かったんじゃないかな……?」
以前に女装させられた時は、単純に男から女への調整だけで全体的な雰囲気はそれほど変わっていなかった。
言ってしまえば――妹のセレンそっくりの風貌になっていたのだ。
この街で母さんに生き写しであるセレンに変装する事は、余計に目立つ結果になるだけなので、印象を一新させる必要があるのは分かる。
……だが、これほど印象を変化させられるなら、わざわざ性転換する必要性が感じられないのだ。
「眠り姫は女の子なんだよ? 若い男の姿じゃ警戒されるじゃん~」
もっともらしいことを言ってはいるが、ルピィはいかがわしく笑っているので、どうも言いくるめられている気がしてならない。
……絶対に女装はルピィの趣味だ。
「そうだ、フェニィはどうする? 変装する必要はなさそうだけど、一応しておく?」
「……ん」
フェニィは意外にも変装に乗り気だった。
そこでルピィが小道具を買い出しに行き、フェニィも生まれ変わることとなった。
「――おぉ……」
思わず感嘆の声が漏れた。
大きめの純白のローブを羽織り、杖をついているフェニィからは、清楚で静謐な雰囲気が滲み出ている。
「結構いいね。いかにも治癒術士って感じがするし。……よろしくお願いしますね、フェニィ先生!」
「……」
フェニィは、僕に先生と呼ばれて満更でもなさそうである。
年長扱いが嫌いなわりに、先生呼びはオッケーなのか……線引きがよく分からないが、なんだか色々上手くいきそうな気がしてきたぞ。
「うん、本当に似合ってるよ。やっぱりフェニィさんも、たまにはオシャレしなきゃね」
オシャレ……そうか、変装という実利ばかりに目がいってしまっていたが、フェニィだって女性なんだから、もっと自分を着飾ってもいいはずなんだ。
どうしても旅ばかりしていると、服は同じ物が基本という考えになってしまう。
フェニィの情操教育的にも好ましくないので少し考えなければいけないな……。
「じゃ、次はボクの番だね。ちょっとだけ待っててね――」
喋りながらも、熟練の職人のように淀みなく手を動かし続けるルピィ。
「――これでよし、っと。……『俺は【あの試合】を直接見てたんだ』」
姿ばかりか声音まで完全に模写しているルピィに、フェニィはぴく、と驚いている。
……だが、なぜ台詞のチョイスがよりにもよってそれなんだろう……またトラウマをじくじくと刺激されてしまった。
ルピィは相変わらず僕を虐める機会を見逃さないな……。
しかし、いつもの事ながらルピィの変装は実に見事だ。
姿形ばかりか声の抑揚までそのままである。
僕も女性の声を出すことぐらいは出来るが、任意の声音となると難しいのだ。
あえてオリジナルとの相違点を挙げるのなら、男は大工をしていただけあって体格が良く胸板が厚いのだ――ルピィも胸に詰め物をすれば、より再現度が上昇することだろう。
……しかし女性のルピィが男に化ける為に胸に詰め物――――ダメだ!
これ以上思考してはいけない!
現に勘の鋭いルピィが怪しむような目で僕を見ている……大丈夫だ、証拠はない。
僕にだって思想の自由くらいは認められているのだ。
「いいね。バッチリだよ、ルピィ! これなら家族だって騙くらかして詐欺が出来ちゃうよ」
誤魔化すように早口で褒めたが、とくに考え無しに発言した自分の言葉に戦慄する――ルピィがその気になれば、流行りの〔オレオレ詐欺〕だってやりたい放題ではないか!
それどころか、変装した本人を相手にしても「オレは本当にオレなのか?」と、自己矛盾を突きつけることが出来そうだ……!
「へへっ、まぁね〜〜。じゃ、早速行こっか」
重持ちの男は拘束して空き家にそのまま置いておく事とした。
それほど時を掛けるつもりもないので問題は無いだろう。
それにしても、むさ苦しい男の顔でルピィの明るい声は違和感がすごい……。
明日も夜に投稿予定。第三部終了まで残り三話です。
次回、四八話〔もう一人の王〕




