四五話 拉致監禁
「――なんだ、テメェらは! 俺を誰だと思っていやがる!」
男は目を覚ますやいなや、僕らに罵声を浴びせかけた。
路地を歩いていたはずが、気が付けば薄暗い家屋で拘束されてるのだ。
怯えていないのは大したものである。
きっと僕らの見た目が若い男女だから、という事も要因にあるだろう。
……ましてやこの男は〔重の加護持ち〕だ。
街の喧嘩では負けたことが無いのかもしれない――だが、相手が悪い。
「ようやく目が覚めたようだね、ボクらはナスル王に雇われてる調査員だよ。
……キミ、随分と愉快な友達がいるみたいじゃないか」
ルピィは息をするように虚言を吐いた。
なるほど、その線で尋問するのか。
「な、なに言ってやが……」
「――カナリア」
ルピィは静かに男のコードネームを口にした。
「痛い思いをしてから喋るか、素直に話すのかはキミに任せるよ……」
ルピィが殺気を迸らせつつ男を追い詰める。
「ひいっ……」
ルピィの心臓を掴むような殺気を受けて、男の心は陥落しかけている。
――そこで僕は、手をかざしてルピィを止めた。
僕に思うところがあったのだ。
ルピィが不思議そうに観察する中、僕は男の拘束を解いていく。
「どういうつもりだ、テメェ? ……へへへっ、今さら詫び入れたって遅ぇんだよ!」
拘束が解かれた瞬間、男は叫び声を上げて僕に飛び掛かってきた――ルピィたちがぴくり、と動きかけたが視線で制する。
男は僕の両肩に手を置き、魔術行使を始める――なるほど、これが重術か。
僕は焦ることもなく魔力の流れを視る。
僕の身体は常に膨大な魔力膜で覆われているので、男の重術などものともしないのだ。
例えるなら、勢いよく流れ落ちる滝に水鉄砲を打つようなものである。
重術の仕組みを理解した僕は早速試してみる。
こんな感じかな――
「ぐぼぉぁっ……!」
男は床に叩きつけられ、血反吐を吐いている……しまった、やり過ぎた。
初めての術だったので力加減が分からず、やり過ぎてしまったようだ……。
僕は内心の動揺を抑え込んで、男に治癒術を行使する。
「……話してくれる気になりましたか?」
あたかも「計算通り」であったかのように装い、男に尋ねた。
ルピィは僕の動揺を見抜いているのだろう、にやにや笑いながら眺めている。
フェニィは僕が使った重術に興味津々な様子だ。
こんな酷い真似をしてしまった事を自然に受け止められると、それはそれで複雑だ……。
「ばかな……重術に――治癒術、だと……!」
男は驚愕に震えていたが、僕の顔を穴が空くほど見て――はっ、と何かに気付く。
「ま、間違いねぇ……お、お前、武神の息子、アイス=クーデルンだな!」
「……!」
今度は僕が驚く番だった。
まさか唐突にフルネームを言い当てられるとは――そうか、そういえばこの男は王都の出身だった。
「見間違えるわけもねぇ……俺は『あの試合』を直接見てたんだ。アイス=クーデルンは、どんな魔術も使いこなすって話も聞いた事がある……死んだって聞いてたが、あの化け物が強盗なんぞに殺されるわけはねぇって思ってたんだよ……な、なんでこんなとこにいんだよ」
僕に怯えているようだ。……失礼な男である。
少なくともこのメンバーでは、間違いなく僕が一番の良識人だというのに。
「……まぁ、色々ありましてね……それよりも、ナスル王の城にいる内通者の話がしたいですね」
「わ、分かった! はなす、はなすから近付かないでくれ……」
先ほど重術の加減を間違えてしまったせいもあるのか、男は異常なほど僕を恐れて、僕とルピィの質問に洗いざらい答えてくれた。
聞きたい事は聞き出せたので、僕はさりげなく男の意識を奪い、今後の打ち合わせに入った――いや、入ろうとした。
「それじゃ、次は……」
「――待った!」
僕が今後について話し出そうとしたところを、ルピィの一喝が堰き止めた。
「アイス君、ずいぶん有名人みたいじゃない? そこのところの話をもっと聞きたいなぁ~」
……男の余計な発言の数々は、ルピィの好奇心をバシバシ刺激していたようだ。
僕を攻める材料を見つけた時のルピィは、いつもすこぶる嬉しそうだ……フェニィも遺跡を見つけた学者のような、探究心溢れる瞳をしている……。
「……王都では父さんも母さんも知名度が高かったからね、その影響で僕も顔を知られてるんだよ。そんな事より……」
「――ダウト!」
ルピィが犯罪者を弾劾するイージスのように僕を糾弾する。
しかしその顔は愉悦に満ち溢れていた……。
「『あの試合』とか『あの化け物』とか言ってたよね? 明らかにアイス君が直接関係してるよね」
痛いところを突かれてしまった……数多くあるトラウマの一つを話さなくてはならないのか。
「……王都では定期的に剣術の大会があるんだよ。そこで僕が優勝した事があるから印象に残ってたんじゃないかな」
「えっ? アイス君が王都にいたのって六歳までだよね。王都の大会って、子供向けの大会なんか無いよね? まさか……」
よく僕が王都を出た年齢まで覚えていたものだ。
その記憶力だけは素直に感心する。
「うん。周りがみんな大人だったから目立ってて印象深かったんだよ、きっと。
準優勝も僕と同じ歳のレットだったし」
今となっては赤面してしまうほどに、当時の僕は調子に乗っていた。
自分は天才などと勘違いして、自惚れていたのだ。
「デタラメすぎるね二人とも……というか、アイス君が剣を持ってるとこなんて見たことないんだけど。ボクと模擬戦する時もいつも素手だし、ボクごときに剣は必要無いって事なのかなー?」
ルピィが僕に絡み始めてしまった。
……そうでは無いのだ。僕にとって剣は〔驕り〕の象徴だ。
当時の未熟な自分を思い出してしまうから、使いたくないだけなのだ。
もちろん、戦力的に必要な時が来れば剣を持つのも躊躇わないが、幸いその必要に迫られた事はない。
それに――
「……剣術は加減するのが苦手なんだよ。すぐに体が切れちゃうからさ」
「体が切れる? 木刀は使わないの?」
これに関しては、僕に剣術を教えてくれた父さんと剣神のネイズさんが恨めしい。
「……昔から木刀どころか木の棒を使って稽古してたんだけど、普通に体は切れるよ? ……あの頃は、稽古で手足を切断するのは当たり前だと思っていたんだ」
父さんとネイズさんは世間ズレしていた。
幼い僕は、木の棒を使っての稽古で手足が切断されるのは当然だと思っていたし、観戦していた母さんも嬉々として僕の手足を治癒術で繋いでいたのだ。
……切断面が綺麗で、切断したばかりの状態であるなら、腕の良い治癒術者をもってすれば接合可能なのだ。
――あの環境の異常性に、僕は気付くことが出来なかった。
「そ、そうなんだ。……ん? 当たり前だと思ってたってことは、まさか――」
聡いルピィは気付いてしまったようだ。
……そう、僕の無知があの惨劇を生んでしまったのだ。
「――うん。剣術大会でやってしまったんだ……」
剣術大会で僕は違和感を覚えていた。
誰も僕のように、相手の腕を切り落としたりしないのだ。
それどころか、対戦相手の四肢を切断する僕を見て、恐ろしいものを見るような視線を向けるのだ。
「……ああ、それで『あの化け物』とか言ってたんだね……それは、忘れられなくなるよ」
僕は過去のトラウマに触れたことで暗澹たる気持ちになる……レットは当時、木刀で手足を切断出来るまでに至ってなかったので良かったが、僕は出来た――出来てしまったのだ。
あろうことか優勝した時の僕は、切り落としたレットの腕を持って「一本とったよ、レット」などと、ふざけていたのだ。
当のレットも苦笑しながら「返せよ」などと言っていたので、レットもだいぶ親たちに毒されていたのだろう……。
思い返してみると――完全に頭のおかしい子供ではないか……!
僕は剣術大会に出る前から、あらゆる魔術を行使できる〔神童〕などと言われて、顔はそれなりに知られていた。
そして、あの大会のせいで、悪い意味でも更に有名になってしまったのだ……。
明日も夜に投稿予定。
次回、四六話〔説得〕




