四二話 作戦会議
問題はどうやって眠り姫に近付くか、だ。
眠り姫が呪術の影響下にあるとして――僕の解術が有効としても、解術の術者は王都ですら五人といないのだ。
ぽっと出の、それも僕のような若造が「ワイ解術使えまっせ!」なんて言っても、信じてもらえる訳がない。
それにナスル王ほどの権力者ならば、既に解術の術者を手配して治療を試みていることだろう。
それでも、高い魔力量を持つ〔神持ち〕の眠り姫を治療出来るだけの術者は王都にもいるとは思えない。
今も眠り姫が快癒してない以上は、あらゆる試みは失敗に終わっているはずだ。
そんなところに、僕がのこのこと「神持ちもいけまっせ」なんて訪れたところで、相手にされないどころか投獄される恐れすらある……。
手段の一つとしては、無理矢理眠り姫の寝所まで押し入って、有無を言わせず治療をしてしまうという手もある。
押し込み強盗ならぬ〔押し込み治療〕という訳だ。
だが眠り姫が快癒した後、ナスル王と協力体勢を築きたい僕としては良策ではない。
ナスル王側にも神持ちはいるらしいが、おそらく僕ら三人であれば強行突破も可能だろう――しかしフェニィなんかは、一人や十人は勢い余って殺害してしまうことが十分に考えられる……。
そうなるとナスル王の協力を取りつけることは絶望的だ。
仮に同盟が成ったとしても、遺恨が残ることになれば、こちらとしてもどこまで相手を信用していいか分からない。
ナスル王の城に人知れず潜入して――こっそり眠り姫を治療するという手もある。
しかしそれは、リスクのわりにメリットが少ない行為だ。
なにせ仮に上手くことが運んだとしても、〔僕が治療した〕と証明出来ない可能性があるのだ。
そうなると、恩を売って協力を仰ぐという目的にそぐわない。
非才ながらも、このメンバーの指針決定権を持つ僕としては、リスクに見合ったメリットが得られる確信がない以上は、そんな決断をする訳にはいかない。
……仲間に申し訳が立たないのだ。
強行策も潜入策も駄目となるとどうしたものかと、僕は頭を悩ませていた。
そんな時……ルピィがにまにまと、にやつきながら僕に話し掛けてくる。
「ふっふっふっ、お悩みのようだねぇアイス君――策ならあるよ?」
――僕は警戒した。
フェニィほどではないが、ルピィもこれで大胆不敵なのだ。
笑顔で「犯行予告を出そう」なんて言い出すくらいなので油断はできない。
……いや、まさか、今回も犯行予告を出すつもりなのか?
この場合は治療予告となるが、一人を治療する為に、沢山の屍を築き上げそうな気がしてならない……。
だが、まずは聞いてみないことには始まらない――僕はおそるおそる促す。
「……聞かせてもらえるかな?」
「ふふっ。眠り姫の症状緩和の為に、ナスル王以外にも魔力供給をしている外部の人たちがいるみたいなんだよ。その人たちのことを探って、弱味でも掴めば、魔力供給に同行する名目で堂々と城に入れるんじゃないかな?」
思っていたよりずっと穏和な作戦だ。
本来、魔力の質が同一の人間を見つけるのは困難だが、ナスル王ほどの財力とコネクションが有れば、娘に魔力供給可能な人材を見つける事も可能だったのだろう。
同行を素直に頼むのではなく弱味につけこむあたりの発想が気になるが、それくらいなら許容範囲と言える。
「それはいいね。穏当にことが運べそうだしね。相手が信用出来そうなら事情を話して協力してもらおうか」
「でしょ? そう言うと思って、外部の〔魔力タンク〕二人の住居は調べてあるよ」
「さ、さすがはルピィだね。仕事が早すぎるよ……」
魔力供給の人たちを特定するだけでも容易ではないと思うのだが、住居まで既に調べているとは。
……僕とフェニィは、まともに聞き込みすら出来ていなかったのに。
「いやぁーそれほどでもあるけどね~、ふふ~ん」
ルピィは鼻高々だ。
……それにしても、うちの女性陣は謙遜というものを全くしない。
もはや清々しいくらいだ。
だがプライドが高いのは構わないが、一人を褒めると、もう一人が……
「……」
やはりフェニィは、ぐぬぅ、という顔をしている。
二人とも負けず嫌いなのだ。
そもそも神持ち自体が、子供の頃から負ける事がほとんどない環境で育っている人間が多いので、神持ちの多くは必然的に、プライドが高く負けず嫌いな傾向が強い。
この二人は性質自体は善性であるので良いが、神持ちの中には傲慢で、人を人と思わないような人間は少なくないと言われている。
「――もう少し詳しく調べてくる」と言って、部屋を出ていったルピィを僕らは見送った。
僕とフェニィに手伝えることはない――とはいえ、ルピィ一人に働かせて僕は何もしないというのも居心地が悪い。
そこで僕は、日課である解術の鍛練をすることにした。……しかし正直なところ、ある域に達してからは練度の上昇は実感出来ていない。
それでも続けているのは、いざという時――解術行使の痛みに怯えて躊躇する、なんてことが無いようにする為だ。
普段から解術に、この痛みに、慣れてさえいれば躊躇うこともないだろう。
ふとフェニィを見れば、同じく魔力操作の練習をしているようだ。
僕とフェニィが二人でいる時は、こうして一言の会話をせずに数時間も経っているということがよくある。
それは気まずい時間などではなく、落ち着いた柔らかい時間だ――
「ただいまー……また鍛練してたの?」
静寂を破るようにルピィが帰ってきた。
僕とフェニィが二人揃って黙然と鍛練しているのを見て、やや呆れた様子だ。
ルピィは、僕が既に高い練度である解術をさらに磨いてるので「被虐癖でもあるの?」と疑っているふしがある――解術の鍛錬には激痛が伴うことを、ルピィも理解しているからだ。
僕は僕で、ルピィに加虐癖があるのでは? と疑っているので、僕に関する誤解は解いておかなければ危険な気がしている……。
「――城に出入りしてる二人の魔力タンクを調べてみたけど、面白いのが一人いたよ」
ルピィは言葉通り面白がっているように僕らに言った。
しかし、〔魔力タンク〕の名称はルピィの中で定着化したのだろうか?
魔力タンク組の人権がまるで感じられないではないか……!
「少し探ってみたら、どうも軍国側と繋がりがあるみたいなんだよ」
予想外な事実だ。つまりそれはスパイということか。
ナスル王が娘への魔力適合者を探す過程で紛れ込んだのだろう。
出入りしている人間に正面から頼むのが前提だったが、これなら弱味を突く形になりそうだ。
「なにか、軍国と繋がっている証拠とかありそうかな? 言い逃れ出来なさそうな物的証拠があるといいんだけど」
「今のところは無いね、証拠はこれからだよ。最悪、証拠が無ければ――作ってやればいいんだよ」
パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない、ぐらいの気軽さでルピィは言った。
……気のせいか、僕と旅をするようになってから、ルピィの良識がどんどん失われていっているような……いや、きっと気のせいだ。
「そ、そっか……僕に何か手伝えることはあるかな?」
「うーん、そうだね……張り込みが退屈だから付き合ってくれる?」
僕はもちろん快諾した。
だが、いざ出掛けようという時、フェニィも当然のように後を付いてくる。
……フェニィは灯台のように目立つので隠密行動向きではないのだが。
しかしルピィも容認しているようだし、なにより仲間外れはよくない。
そしてフェニィを一人にしておくと、何をしでかすか分からないという不安もあるのだ……。
明日は夜に投稿予定。
次回、四三話〔盗聴〕




