四一話 聞き込みの成果
「――なるほどね。もう少しボク一人で調べに行ってくるよ」
食堂でしばらく情報を集めていたとおぼしきルピィは、そう言い残して街に消えていった。
残念ながら、僕とフェニィが付いていっても足を引っ張るだけになりそうだったので、歯痒い気持ちを抱えつつもルピィを見送った。
とはいえ僕らは何もしない、という訳にはいかないので、僕とフェニィも微力ながらナスル王の一人娘について聞き込みに行くことにした。
しかし、僕はともかくとして、フェニィには聞き込みなどの細やかな作業はまったく向いていない。
対人能力もそうだが、何と言ってもフェニィは目立つのだ。
ただその場にいるだけで威圧感すら覚えるので、僕の後ろで佇んでいるだけでも周囲の人は気になって仕方がないだろう。
そう僕は思っていたが――
「おめぇさん、ひょっとしてサーレさんの親類か?」
「お兄さん、サーレさんの息子さんなのかな?」
――母さんの顔を知っている人間が多すぎる……!
特に年輩の方は、百発百中で、僕の顔と母さんの顔を結びつけるのだ。
親しみを持ってもらえれば情報も引き出しやすいのかもしれないが、あまり僕の存在が知れ渡ると軍国の耳に入る可能性が出てくる。
やむなく僕は適当に誤魔化しつつ、フードを深く被って宿屋に逃げ帰る。
この大きめのローブは野宿の強い味方であるばかりか、こうした時にも役に立つのだ。
少し前に王都に行った時も、あそこには僕の顔を見知っている人間は多かったからこうして顔を隠していたが――まさか初めて訪れた街で、こうして顔を隠す事になるとは思わなかった。
……そしてフェニィさん、聞き込みの足手まといなんて思ってすみませんでした。……足手まといは僕の方でした。
僕らが宿屋に逃げるように帰った時、既にルピィは部屋で待っていた。
「おかえりー。二人とも早かったね」
それはこちらの台詞だ……僕の苦労はいったいなんだったのか。
「『眠り姫』の話を集めてきたけど、前に調査した時と基本的には変化はないね。
物心ついた時から今も変わらず、ほとんどベッドの上で過ごしてるらしいよ。……自分の魔力を抑えられずにね」
眠り姫――領主ナスル王の一人娘〔ジーレ=テングレイ〕の通称だ。
三歳ぐらいからずっとベッドで寝て過ごしているので、街の人々は崇敬や憐憫も込めてそう呼んでいる。
巷ではナスル王は『もう一人の王』と呼ばれているだけあって、軍国国王〔将軍〕より、よほど民衆の支持は厚い。
それというのも軍国では、軍事にせよ内政にせよ全てが王都を中心とした、一極集中国家だからだ。
地方の街では重税を課せられてはいるものの、それに見合っただけの見返りは得られていないのだ。
対してナスル王は、私財を投資して軍備を整え、軍事的にほぼ見捨てられている小さな村や街を守っている、その最たるものがイージスだ。
そう――ナスル王はイージスの出資者でもある。
もちろん、軍国側にしてもナスル王側にしても面白い状況ではない。
軍国からすれば、軍の存在価値が揺らぐ話ではあるし、ナスル王側からすれば、何もしてくれないくせに軍国は金だけを取っている、という話になるのだ。
二つの勢力が衝突しない大きな理由は、共通の敵〔帝国〕の存在だ。
軍国とナスル王が潰しあえば、勝ち残っても消耗したところに帝国が攻めてくる――そうなればひとたまりもない。
その為、お互いに牽制しあうに留めて、国内間での本格的な衝突は避けているのだ。
さらにナスル王側の事情としては、もう一つの理由がある。
ルピィに調べてもらった〔眠り姫〕の存在だ。
愛娘が床に臥せっているというのは、ナスル王の心労にもなるだろうが、それだけではない。
本来、魔漏症により魔力を放出し続けている状態では、常に意識が無く食事すら満足に摂取できない。
……そこでナスル王は、自らの魔力を娘へと定期的に供給することで、娘の延命を図っているとのことだ。
親子とはいえ魔力の質が同じとは限らないのだが、そこは不幸中の幸いだったのだろう。
だが供給する側が〔神持ち〕のように膨大な魔力を有していない限りは、一般の人が魔力供給を行ってしまえば、心身ともに疲労が激しく、政務にも影響が出てしまう事は想像に難くない。
実際、反軍国の気運が高まってきて本格的に軍国との内戦に踏み切るか、というタイミングで娘の容体が悪化してしまい、ナスル王が娘に掛かりきりになり――計画が立ち消えになった事もあるらしい。
もし眠り姫が魔漏症から快復すれば、ナスル王の行動制限が取り除かれるだけではなく、希少な〔神持ち〕の眠り姫が戦力に加わることにも繋がる。
そうなればナスル王が軍国との争いに積極的になる可能性が高い。
――僕の狙いはそこにある。
僕が眠り姫の病気を治療できれば、軍国の敵であるナスル王の力を増強させることが出来る。
しかもナスル王に恩を売ることができるのだ。
さすがに一人娘を僕の旅に同行させてくれるとは思えないが、ナスル王と軍国が武力衝突するだけでも、軍国に隙ができて、僕が父さんに近付ける可能性が出てくるのだ。
そう、僕は我欲の為に内戦を発生させようとしている――罪悪感は無いでもないが、元々軍国とナスル王は、火薬保管庫で焚き火をしているような状態なのだ。
風が吹くだけでも火薬に火が着いても不思議ではない。
ならばいっそのこと、ナスル王に加担することで、軍国という〔家〕を盛大に燃やしてしまおうという訳である。
軍国を敵に回す事を決意してから、軍団と戦う事は覚悟している。
……だが、軍団は数が膨大だ。
軍団長の相手までとは言わないが、団員の相手だけでも任せられればかなり大きいのだ。
しかも噂によると、ナスル王には護衛として〔神持ち〕が一人付いているらしい。
その神持ちの実力にもよるが……僕らが戦力に加入する事も考慮すれば、懸念だった軍団長対策に目途がつくかもしれないのだ。
本日夜、もう一話投稿予定。
次回、四二話〔作戦会議〕




