四十話 伝授
「ポトはアイス君のお母さんの故郷だったんだね……サーレさんってどんな人だったの?」
ルピィの問い掛けに、僕はもっとも分かりやすい形で答えを返す。
「……フゥさんによく似た人だったよ」
そう、のべつまくなしに喋り倒すところが実によく似ていた。
クーデルンの家では父さんが寡黙な人だったので、母さんだけがひたすら喋り続けるのが日常的な光景だったのだ。
「あぁ~、なんとなく分かったよ。……そういえば、アイス君はお姉ちゃんと初めて会った時も自然な感じだったね。たいていの人は勢いに呑まれちゃうんだけど」
「まさかこの街が母さんの故郷だったとは思わなかったよ……。僕の容姿は母さんによく似てるみたいだから、他にも気付く人がいるかもしれないね。注意しておくよ」
後で食堂のおばさんにも僕のことを口止めしておこう。
僕の生存が軍国に知られても、良いことはないのだから。
――おっと。
気が付けば、ついフェニィがついてこれない話をしてしまっていた。
しかし妙にフェニィが大人しいな、と思って視線を向けてみると、〔カレイの煮付け〕をそれはそれは綺麗に骨だけ残して食べていた。
魚の煮付けを苦手とする人はたまにいるが、フェニィは当然のように好き嫌いがないようで何よりだ。
そして僕らの会話は全く耳に入ってなかったようである。
フェニィは何かに集中すると、他の事が完全に頭から消えてしまう傾向があるが、今回は良い方向に働いたらしい。
「――フェニィは何か気に入った魚とかある?」
旅の料理担当の僕としては、仲間の嗜好を把握しておかなければならないので、この機会に尋ねておこうという訳だ。
フェニィは基本的に何を出されても文句も言わずに食べているのだが、僕の観察眼によると、苦味のある食べ物は少し苦手そうに見える。
そして苦手なものはともかくとして、フェニィの好きなものが分かりずらい。
一定の水準を超えたものは全て美味しそうに食べるので、突出して好きなものは不明なままなのだ。
「……サケだな」
サケ――僕に新たなトラウマを植え付けたアイツのことを言っているのだろう。
たしかに、夢にまで出るようなビジュアルのわりにヤツは美味しかった。
しかも卵のイクラから頭部のカブト煮に至るまで、全身くまなく高水準だったのだ。
ちなみにサケの骨も、塩を振って油でカリっと揚げてせんべいにしたのだが、こちらもクセになる味で、フェニィがよく旅の合間にポリポリ食べていた。
まさに全身凶器ならぬ、全身食材という夢のような魚だ。
問題としては、フェニィがサケとはあれが普通だと思っているのではないか、ということだ。
果たして最上級とも言えるサケを食したフェニィが、普通のサケで満足してくれるのか?
間違っても普通のサケは、二本足で立って華麗に蹴撃の乱舞を浴びせかけてきたりはしない。
そもそも陸上にあんな危険生物は、いてはいけないのだ……。
「…………ここの海鮮市場は有名らしいから、そのうち一緒に行ってみようか? あんなに大きなサケは絶対にいないけど、普通のサケならいっぱい扱ってると思うからさ」
「……ああ」
フェニィは欣幸とした瞳で賛成した。
有名な海鮮市場に心躍っているようだ。
そんな具合に、僕とフェニィはのんべんだらりと食事をしているだけだったが、ルピィは食事をしながら、僕らと会話をしながら――仕事をしていた。
こうして食堂で僕らと会話をしていても、食堂中の会話内容を網羅しているのだ。……ルピィの情報収集能力は、はっきり言っておかしい。
〔耳〕が良いのもあるが、特筆すべきはその〔情報処理能力〕だ。
玉石混淆の入り乱れた会話の中で、必要な情報を取捨選択して拾い上げている。
……ちなみにルピィは、相手から情報を引き出すのも巧みである。
慣れている僕でさえ、油断していると、話すつもりがなかった事まで喋らされてしまうのだ。
話術や尋問術は、火術などと違って形としては見えないが、ルピィはそれらの術を絶対に体得していると僕は考えている。
僕やフェニィが闇雲に聞き込みをするより、ルピィ一人に任せた方が早い上に有益なので、情報を集める段ではいつもルピィに頼ってしまう。
――というか、フェニィに聞き込みを任せるなどというのは、まさに暴挙だ。
『……話しを聞かせろ』
『……んだ、てめぇは……あげぇびょぇ!!』
――なんてことになるのは請け合いだ。
無益に犠牲者を量産するわけにはいかないのだ。
結果的にルピィ一人に情報収集を任せる格好になりながらも、街名物の海鮮料理に舌鼓を打っていると――
「よぉ、ねぇちゃんたち。俺たちと一杯やらねぇか?」
「いっぱいヤラねぇか? ぶゃっはははっ」
二人組の酔っ払いに絡まれてしまった。
フェニィと共に行動するようになってから、飛躍的に絡まれる確率が上がった気がする……無難に僕が断るとしよう。
「いえ、結構です」
「……んだ? その声、男かよ。カマ野郎はすっこんでな!」
――おおっと。
フェニィから怒気と一緒に魔力が漏れ始めている。
僕の為に怒ってくれるのは嬉しいが、このままでは僕にとって嬉しくない事が起こりそうだ。
ここは僕が穏便に片を付けるとしよう。
暴発しそうになっているフェニィを手で制止し、不快な顔を隠そうともしないルピィに目で合図を送った。
ちょうどいい機会だ――
「フェニィ、見てて」
僕はフェニィに一声掛けると、男たちの意識の間断を突いて二人の首元に触れる――そして、一瞬のうちに爆発的な量の魔力を送りこんだ。
「ぐぇっ」「げぁっ」
男たちは、自身の〔器〕に対して膨大すぎる魔力を送り込まれた負荷に耐えきれず、あっという間に意識を失った。
僕は意識を失った男たちを両腕で支えて、酔っ払いを介抱するかのように食堂の隅に運んで行き、そのまま寝かせておく。
酔いが覚めた頃には少しは冷静になっていることだろう。
――フェニィが疑問の声を上げる。
「……何をしたんだ?」
「瞬間的に大量の魔力を送りこんだんだよ。魔力の波長が合う人なら魔力を回復させてしまうけど、そうじゃなければ魔力負荷に耐えきれなくなって意識を喪失しちゃうんだ」
同一の血液を他人に輸血するように、魔力の波長が合う人間同士はいるが、血液と違い魔力の波長が合う人間は極めて稀なことだ。
……仮に相手の魔力を回復させるだけに終わったとしても、その時は物理的に気絶させれば良いだけなので問題はない。
潜在魔力量の多いフェニィには相性が良さそうな技なので、この機会に教えておくことにしたのだ。
「コツは短時間で、一瞬の間にまとまった魔力を送り込むことだね。それも相手の表面ではなく、内部に」
「……」
フェニィは無言で頷いた。
早速試してみたそうな顔をしているが、罪無き人を襲うようなら全力で止めねばならない……。
明日は朝と夜に投降予定。
次回、四一話〔聞き込みの成果〕




