三七話 加護詐称疑惑
「……本当にアイスは神持ちではないのか?」
僕らはポトへの旅路の途中、戦闘訓練の一環で模擬戦をしていた。
いずれは神持ちである軍団長を相手どる可能性があるのだ。
どれだけ戦闘技術を磨いても不足する事はないだろう。
特に神持ちは、図抜けた力を持つ弊害で仲間との共闘を苦手とする人が多い。
それは――各軍団長とて例外ではない。
力が強大過ぎるが故に、攻撃に仲間を捲き込んでしまうのだ――フェニィの炎術など良い例だろう。
そんな中、僕らが連携を密にして戦闘を進めることが出来れば、きっと大きなアドバンテージとなるはずだ。
そういった事情もあって、僕らは定期的に戦闘訓練を重ねているのだ。
近頃は、訓練の成果が出ているのか、仲間との連携も中々巧くなってきた気がしている。
……もちろん、フェニィの炎術は禁止だ。
「――そうだよね! 絶対アイス君は神持ちだよね!」
すかさずルピィがフェニィに追随していた。
この二人は、僕を攻める時には本当に息が合っている。
会話時のみならず戦闘時もそうなのだ……。
「何度も言ってるけど、僕は〔治癒の加護〕を持ってるだけだよ。『ダブル』でもないから」
神持ちほどではないが、加護を二つ所持している『ダブル』という珍しい人間もいる。
ダブルも珍しくはあるが、魔力や身体能力が際立って高いわけではないので、神持ちのように圧倒的な存在とは言い難い。
「それにルピィ、僕が治癒持ちだってことは、レットも保証してたじゃないか」
レットの名前にフェニィが反応した。
「……レット、裁定神の男か」
フェニィには、ルピィの過去を語る過程でレットの事も話してある。
他人の加護を勝手に言散らすのはマナー違反であるが、レットもフェニィも大事な仲間なのだ。
いずれは顔を合わす機会もあるだろうし、レットの事も話しておきたかったのだ。
「うん。嘘を見抜く裁定神持ちの友達だよ。最近会ってないけど、そろそろポトの街辺りで会えるんじゃないかな」
レットは数カ月に一度くらいの割合で、僕の元へ顔を出す。
そう、近くに住んでる〔親戚の叔父さん〕のようなポジションに収まりつつあるのだ……! ……もっとも僕に親戚はいないのだが。
最後に会ったのが三カ月前なので時期的にも丁度いい。
僕とルピィがポトを訪れる予定であることも知っているので、遭遇の可能性は濃厚だ。
……現状は男女比的にも肩身が狭い立場なので、僕はレットが合流してくれるのを密かに心待ちにしている。
「レット君かぁ……たしかにタイミング的にもポトで会えそうな気がするね。
……そういえば、アイス君ほどじゃないけど、レット君もかなり強かったよね」
「一応、僕もレットも軍団長から教練を受けてるからね。あっさり戦闘で負けちゃったら申し訳が立たないよ」
僕もレットも幼い頃、軍団長直々に戦闘指南を受けている。
それも当時最強の『三神』と名高かった、第一軍団から第三軍団の軍団長からだ。
幼かった僕には、盾術より剣術の方が格好良く見えたので〔武神〕の父さんと〔剣神〕のネイズさんに好んで稽古をつけてもらっていたが――今思えば、もっと〔盾神〕のバズルおじさんに盾術を習っておくべきだった。
実際、父親から盾術を仕込まれたレットは、盾を持って闘えばかなりの難敵となる。……巧みな盾術を崩すのは、盾に慣れている僕でも骨が折れるのだ。
もちろんルピィもフェニィも、常人レベルでは比較にならないほどに手強い相手だ。
ルピィは旅に出たばかりの頃は〔盗神〕の才能に頼った闘い方をしていたので、さほど脅威を感じなかったが、今では戦闘技術も跳ね上がり容易ならざる相手となっているのだ。
フェニィは戦闘技術こそ拙いものの実戦経験の豊富さもあって、いざ闘うとなるとかなり厄介な相手だ。
なにより、身体能力がズバ抜けて凄まじいので、大概の相手は力押しだけでも制圧出来ることだろう。
訓練であればこそ、僕は二人に勝ちを収めることが出来ているが、フェニィには炎術がありルピィにも隠し玉が沢山あるようなので、実戦ではどうなることか分からない。
……もっとも、二人と本気で争う日は来るはずもないが。
「軍団長に稽古をつけてもらってたって言っても、アイス君が王都にいたのは六歳まででしょ? いくらなんでもやっぱりおかしいよ。――そうだ! 次の街に着いたら、アイス君の加護を教会で調べてもらおうよ!」
僕は治癒持ちだと言っているのに、まだ納得が出来ないようだ。
「……ん」
フェニィも静かに同意している。
この二人は本当に息ピッタリだ。……願わくば、僕を攻めたてる時以外でそれを発揮してほしい。
教会で加護を視てもらうのもタダではないし、益が無いことではあるのだが、二人が望む以上、多数決で強制されてしまうのだ――
「――ここがこの街の教会だね。小さいトコだけど、〔調の加護〕を持ってる神官はいるらしいから問題ないよ」
「……」
今日もルピィの調査力は遺憾なく発揮されていた。
僕の嘘を暴き立てるつもりでいるのだろう、どこか高揚している様子だ。
フェニィは教会に入るのが初めてなようで、少し緊張しているような雰囲気である。
そして、気乗りしていない僕を逃がさない為なのか、僕の左右をルピィとフェニィがしっかりと固めている。
二人とも僕より身長が高いのもあって、まるで歯医者を嫌がる子供を無理やり連れてきているように見えてしまう……。
僕はげんなりしつつ最後の抵抗をする。
「わざわざ調べてもしょうがないよ、本当に」
「往生際が悪いよアイス君。ボクの予想だと、アイス君は新種の神持ちだと思うんだよね。妹のセレンちゃんもそうなんでしょ?」
セレンの〔刻神の加護〕については、セレンに手紙で了解をもらってからルピィに調べてもらっている。
セレン自身にも加護の特性が分かっていないので、調べ物のエキスパートたるルピィに依頼したのだが、未だに詳細は不明のままだ。
ルピィの言うように、セレンは新種の加護である可能性が高い。
セレンには『〔刻神の加護〕を使いこなせるようになったら一緒に旅をしよう』と婉曲に伝えてあるが、僕としてはこのまま刻神のことが分からないまま、セレンには村で待っててもらう方が良いような気もしている。
「僕とセレンは違うよ――あの子は僕と違って本物の天才だからね」
凡才でありながら天才気取りでいた僕とは、まるで違う存在なのだ。
セレンが新種の加護持ちと聞いても、全く違和感がない。
僕の数少ない取り得である魔力量ですらも、僕よりもさらに至大なのだ。
「アイス君より天才って……本当に人間なの?」
「いやいや、心優しい天使のような女の子だけど、可愛い妹だよ。ちょっと大人しすぎるところがあるから誤解されやすいんだけどね」
人見知りが激しくて、僕以外の人間とは必要最低限の会話しかしないから、冷たい印象を与えてしまうことがある――嘆かわしいことだ。
「……レット君が言ってたセレンちゃんの情報とまるで違うんだよねぇ……。二人とも嘘を言ってるようには見えないし……」
……あのやろう!
セレンを知らないルピィにでまかせを吹き込むとは、なんたるやつだ!
「レットは戦闘訓練でいつもこてんぱんにされてたから、セレンに私怨があるんだよ。レットの言葉を本気にしちゃ駄目だよ」
「……最後に別れたのって、セレンちゃんが十一歳の時だよね? ……ボクはなんだかセレンちゃんに会うのが怖くなってきたよ」
レットのせいでセレンの風評被害が拡がっている……!
しかし、セレンに直接会う機会が有れば、誤解もすぐに霧散することであろう。
いつになるかは分からないが、軍国に全面攻勢を仕掛ける時が来たら、セレンの力を借りる必要性も出てくることだろう。
……流石に、そんな時にまでセレンに声を掛けなかったら拗ねてしまいかねないのだ。
明日も夜に投降します。
次回、三八話〔深まる謎〕




