三六話 サケの末路
僕らは三人がかりでサケの脚を切り落とし、胴体を三枚に切り分けた。
胴体はともかくとして、この脚はどうしよう……人間の脚みたいで生理的な拒否感を覚えてしまう……!
それはともかく、いよいよ楽しみにしていた腹子だ。
高級食材のイクラがとんでもない量になるのだ。
干物に出来る切り身と違い、卵はそれほど日持ちもしないであろうから、優先的に食べていかなければならない。
まずは鍋にぬるま湯を作り、腹子を投入する。
一度では処理しきれないので少しずつ処理していく必要がある。
しばらくすると卵を包む薄膜がゆるんできたので、皮膜を剥いていく。
サイズが大きいので野菜の皮剥きのようだ。……さつまいもの皮剥きと感覚が似ている。
そして皮膜を剥いた卵を取り出して少し冷やせば、お馴染みの光り輝く〔イクラ〕の完成だ。
胴を三枚におろすのに時間がかかったのもあって、作業開始から数時間もかかってしまったが、後悔など――もちろん無い……!
今夜の晩御飯はイクラごはんに焼き鮭の組み合わせだ。
これは贅沢で美味しそう――生前の形姿を思い出すと食欲が減退するので、脳裏から締め出すのだ!
期待の大粒のイクラは箸で突くと、くちゅっと潰れ、ごはんに溶け込んでいく。
仄かな甘みがあり口の中で蕩けるようなまろやかさが、もう絶品というほかない。
悔しいが、サケの〔脚〕もまた美味しい。
見た目は最悪だが、味は完全にサケなのだ。
身が締まっていて味が濃厚であり、ごはんがすすむ……。
女性陣二人も無言で食べている。……エラがついた足先の丸焼きを食べているフェニィは、絵的には完全にアウトだが――とても幸せそうだ。
「これ、本当に美味しいね。また、その辺にいないかなぁ……」
ルピィが物騒なことを呟いている。
僕としても、今まで食べたサケの中でも圧倒的に美味であることは認めるが、あのような生物が気軽にその辺を闊歩しているのは脅威ではないか……。
食事を終えた後も、サケを干物にする為に下処理をしていたりしていたら夜遅くなってしまったので、今日はここで野営をすることとした。
……しかしサケ絡みで半日は消費してしまった。
それにサケは、イワシのように一夜干しで乾燥させるには体積が大きすぎるので、数日はサケの切り身をぶら下げて旅をすることになる――いよいよ旅の目的が分からなくなってきたぞ……!
「アイス君、このサケの頭はどうするの? 次の街で売っちゃう?」
ルピィに言われて巨大な頭を観察する。……何度見ても凄まじい迫力だ。
これが数メートル上方から見下ろしてくるわけなのだから、それはそれは恐ろしい。
しかも正面を向いて直立していると「君はどこを見ているんだ?」と言いたくなるような視線がまた怖いのだ……。
これほどインパクトのある存在が誰の目にも留まっていないはずがないので、サケが海からここにくるまでの道程で、それなりの犠牲者を出している事が推測される。
ひょっとしたら、懸賞金もかかっているかもしれないが――
「神獣を狩ったとなると、街で注目を集めちゃうから……明日の朝食はサケのカブト煮にして、食べてしまうのはどうかな?」
僕らは名誉を欲しているわけでも、金に困っているわけでもないのだ。
不必要に注目を集めても良い事は無いので、サケの存在は僕らの栄養となって消えてもらうとしよう。
「うん、いいね。売る用の素材は他にもいっぱいあるし、このサケをトロフィーにして飾っておくには勿体ないよね」
ルピィも賛成してくれたようだ――フェニィには聞くまでもない。
すでに僕らは〔職業・狩人〕と言っても過言ではないほど、魔獣狩りに熟達しているのだ。
神獣の素材は高く売れそうではあるが、他にも〔食べられないけど売れる素材〕を沢山抱え込んでいる。
このサケは余すことなく食べ尽くす方が、僕らにとっては正解だろう。
それに――
「海生の神獣って、普通は討伐が困難だから中々食べる機会なんか無いしね。これを海生生物と言っていいのかは分からないけど……」
海生生物の神獣は、当然の事ながら海に生息している個体がほとんどだ。
今回は僕に有利な条件が噛み合ったこともあり、容易に討伐出来たが、海で神獣と闘うとなれば困難な闘いになるのは間違いない。
明日は夜に投稿予定です。
次回、三七話〔加護詐称疑惑〕




