三三話 焼着
「……物々しい警備だね」
僕らは邸宅の正門を密かに窺っていた。
今日はルピィが〔犯行予告〕ならぬ〔宣戦布告〕を出してから二日後の、襲撃予定日である。
邸宅の正門を守護している――武器をこれ見よがしに持った男たちは、先日領主が急場で雇い入れた傭兵集団の一部だ。
「それにしても、こんなにあっさり古参の護衛たちが逃げ出すとは思わなかったよ。ルピィは余程恐れられていたんだね」
二日前、ルピィが「挨拶」に訪れてから、ほどなくして古参の護衛達が屋敷から逃亡したのだ。
それを皮切りに、屋敷の使用人たちも火事場から逃げ出すように我先にと屋敷から消えた。
今になっても屋敷にいる人間は――領主と、雇われたばかりの傭兵集団だけだ。
傭兵たちは金さえ貰えれば何でもやるという悪名高い集団であるそうなので、遠慮は必要無いことだろう。
「二日前に『挨拶』に行った時、護衛たちがボクを捕まえようとしてきたからさ、痛めつけておいたんだよ。護衛が逃げたのはそのせいじゃないかな?」
ルピィは暗い瞳で薄笑いを浮かべながら言った。
……ルピィが怖い。
本人たっての希望で「挨拶」にはルピィ一人で行ったが、古参の護衛達となればフゥさんの死にも関与しているだろうし、ルピィも容赦せず痛めつけたのかもしれない。
そもそもからして、神持ちを敵に回すということは一般人からすれば正気の沙汰ではないのだ。……改めて実力差を思い知らされたのなら、逃げだすのも無理はない。
そしておそらくは、その場で領主の首を獲ることも可能だったであろう。
きっとそうしなかったのは、慈悲などではなく、二日後に殺害予告を出すことで――より恐怖心を煽る為だ。
「それに懸念のひとつだった、軍国への救援要請もしなかったみたいだし、計画に問題は無さそうだね」
神持ちからの襲撃予告を受けて、領主が軍国へ助けを求める可能性はあったが、なんと言っても領主自身が公開処刑をしたことになっている、〔盗神〕ルピィからの襲撃予告だ。
自分の首を締めることにも繋がるので、軍国へ助けを求める可能性は低いだろうと僕は想定していた。
「どうするアイス君? 正面からそのまま行く?」
――不意に名案が浮かぶ。
ここで使わずして、いつ使うというのか……!
「フェニィ、あそこに炎術をお願いしていいかな?」
そう、炎術だ。
固く閉ざされた正門を破る為に、そして開戦の狼煙として、これ以上適したものはあるまい。
「……いいだろう」
フェニィは疑問の声も上げることなく、いつも通り尊大な口調で応えた。
これまでの経験から言って、炎術の炎が消え去るまでに数分を要するはずなので、炎が消えてから堂々と乗り込むとしよう。
巨大な火柱に戦意を削がれ、さぞ慌てふためいているに違いない。
魔力を集中し始めたフェニィを、僕とルピィは緊張しながら見守る。
ただ、ルピィの緊張と僕のそれは恐らく異なっていた――僕は違和感を覚えていたのだ。
目の前の邸宅全体がなにか別のモノになったような、邸宅が別の空間に移動したような、そんな違和感だ。
戸惑う僕をよそに、フェニィはその手を邸宅へと向け――
――――断罪の炎が放たれた。
ドゴォーーン!!
鼓膜を突き刺すような爆音。
そして身構えた僕に、爆風の衝撃波が襲ってきた。
目の前に炎があるのに熱さが無い。まるで空間に突然炎が出現して、中の空気だけが押し出されてきたような印象だ。
その炎は邸宅の正門どころか、敷地を含む、邸宅全てを呑みこんでいた。
僕は吹き飛ばされこそしなかったものの、強い驚愕と恐れが心中に湧き上がる。
この術は常軌を逸している――これではまるで〔神の裁き〕のようだ。
これは、人が扱う力の範疇を越えているのではないか?
フェニィは本当に僕と同じ人間なのか?
気が付いたら僕は、フェニィの手を両手で掴み、ぺたぺたと触って確かめていた。……女性にしてはゴツゴツした手だが、たしかに暖かく生きている鼓動を感じる。
僕はきっと――フェニィが自分とは違う、遠い存在になってしまったような錯覚を感じて、不安になってしまったのだと思う。
……大丈夫だ。フェニィは生きて、ここにいる。
「……なんだ?」
フェニィはくすぐったそうにしながらも、僕の手を払い退けようとはしなかった。
――僕はフェニィに言われて我へと返る。
「ご、ごめん。つい触りたくなったんだ」
自分で言っておいてなんだが、女性に触りたくなったからつい触ったなんて、完全に痴漢の弁明ではないか……。
性犯罪者として裁判を受ける想像をしていたら、ルピィの事を忘れていたことに突然気が付いた。……あまりの光景を前に、思考が混濁していたようだ。
いざ復讐を敢行しようという時に、これほど盛大な肩透かしを喰らったのだ。
ルピィが今、何を想い何を感じているか気掛かりだ。
獲物を横取りされてフェニィを恨んではいないだろうか?
……ルピィは、僕とフェニィのことが目に入っていないようだ。
茫然自失として視界を埋める幻想的とも言える炎に魅入っていた。
そして――急に笑いだした。
「ははっ……あはははっ……もう、フェニィさん、滅茶苦茶すぎるよ。もう、ほんとに……覚悟を決めてきたのが、バカみたいじゃない」
ルピィは笑っていた――笑いながら、泣いていた。
フゥさんのことがあってから、一度も彼女は泣くことがなかった。
僕の前では、フゥさんを失った事を悲しむ素振りすら見せなかったのだ。
そのルピィが、涙も拭わずに泣いていた。
「あははっ…………なんか、でもさ、スッキリしたよ。……ありがとうフェニィさん」
ルピィは、ここ数日の憑き物が落ちたような顔でお礼を言った。
これほどの炎だ。火が消えた頃には、文字通りスッキリ綺麗に何も残らないだろう。
僕は巨大な火柱を見上げながら思った。
これだけ派手な炎なら、騒がしいのが好きだったフゥさんへの送り火に相応しい――――静かに、そう思った。
第二部終了。明日からの第三部も毎日更新予定です。




