三一話 炎術
僕らはハロを出発して、領主のいる街に向かう旅路の途上にいた。
「何してるのアイス君?」
「魚の干物を作ろうと思ってね。王都方面に行くと、なかなか魚が食べられなくなりそうだし」
フェニィが魚を気に入っているようだったので、つい魚を買いすぎてしまった。
そこで夜営の準備がてら、保存の効く干物を作ろうと思い至ったのだ。
僕が〔水術〕を行使して、魚を浸ける為の塩水を準備していると、ルピィに羨ましそうに呟かれる。
「水術はやっぱり便利そうだね。ボクもちょくちょく練習してるんだけど、全然発現する気配がないよ」
「火術だって練習してたら使えるようになったじゃないか。きっと水術もそのうち使えるようになるよ」
術の多くは、適した加護が持っていなくとも練習次第で使えるようになる。
一部の例外は治癒術や調術といった術だ。
これらの術は――〔治癒の加護〕や〔調の加護〕を持たない人間が習得出来た例は無い。
どちらの術も、治療や、加護の調査やらで教会では重宝がられるので、必然的に治癒の加護持ちや調の加護持ちは、そのほとんどが教会所属の人間だ。
ちなみに、僕が得意とする解術も〔解の加護〕というものが存在するらしいが、僕の持っている〔治癒の加護〕でも解術を使う適性はあるので問題は無い。
むしろ〔解の加護〕より〔治癒の加護〕の方が汎用性が高そうなので、治癒の加護持ちであったことは幸運だった。
……亡くなった母さんも治癒持ちだったので、きっと遺伝したのだろう。
「火術は練習し始めてから、使えるようになるまで一年もかかったし、アイス君みたいに何でもかんでも直ぐに使えるようになるのは羨ましいな……」
僕は魔力が視認出来るおかげなのか、大抵の術は一度視ればすぐに使えるようになるのだ。
たしかに旅においては、火術と水術が使えるのはとても便利ではある。
「それはそうとアイス君、鍋新しいのに変えたの? 他の道具も軒並み一新してるみたいだし」
――僕は言い淀んだ。
すると、隣で物珍しそうに静謐と僕の作業を見ていたフェニィが、後ろめたそうな雰囲気で答える。
「……私が、燃やしてしまった」
「ああ、あれは事故みたいなものだし、気にしないでいいから」
申し訳なさそうなフェニィを見て、僕はすかさずフォローを入れた。
――そして焼失事件は本当に気にしてないが、コベットでの殺傷事件は未だに気にしているので、こちらは大いに反省してほしいと密かに思った……。
「燃やした? ……金属の鍋を? そういえばフェニィさんって炎術が使えるんだっけ。炎術って火術と同じようなものだと思ってたけど、金属まで溶かせるの?」
――その二つはまるで違うものだ。
かくいう僕も同じようなものだと思っていたが、それが大きな過ちであったことは、〔僕の荷物たち〕が思い知らされた。
最大の違いは火力だろう。
火術は〔火の加護〕持ちが行使しても、人の頭ぐらいの大きさの火の玉が出せるくらいだが――フェニィのそれは一線を画している。
フェニィが〔炎神の加護〕、神持ちである影響も大きいのかもしれないが、それよりも僕は、火術と炎術自体が全くの別物だと思っている。
火術が〔燃やす術〕なら、炎術は〔爆発させる術〕だと、僕は推察しているのだ。
「……今なら、街でも使えるぞ」
――フェニィが聞き捨てならないことを言った。
どうやら魔力操作の練習をした成果により、街中でも使えると豪語しているのだ。
僕はかなり疑ってかかっているが、フェニィはルピィにせがまれて焚き木に火を点けようとしている。……そこには、僕が干物用に処理している魚とは別に、串に刺さった魚が焚き木の周りを囲んでいた。
「まって! その焚き木に炎術を使うのは止めて!」
僕の第六感が強い警告を発したので慌てて止めた。
……こういう時の僕の勘は外れない。
炎術を止められたフェニィはむぅ、と不完全燃焼な様子だ。
しかし僕は同じ失敗をしないのだ……!
「そこの大きな平べったい石、それなんかどうかな? 肉も焼こうと思ってたから、鉄板代わりにちょうどいいよ」
フェニィの食欲も満足させる形で代替案を出す。
これなら失敗しても被害は皆無である。
「よし」とばかりに、石の表面を綺麗に磨いて準備するフェニィ。
――よしよし、思いつきの代替案だったがフェニィも乗り気だ。
成功してくれれば、過熱された石で石焼きの肉も食べられるので、僕としても願ったり叶ったりである。
今回の肉は六本脚の猪――そう、魔獣だ。
幾多の魔獣を食してきた僕には分かる、この魔獣肉は「当たり」だと。
特に魔獣を狩った際に、ターゲットが草を食べていたのが良い。
草食の獣の肉は、雑食のそれより臭みが少なく「当たり」が多いのだ。
この魔獣のベースである猪は草食寄りの雑食性だが、牧草のような草は食べなかったはずだ。……おそらく普通の猪よりこの魔獣の方が美味ではないか、と僕は睨んでいる。
肉を焼きやすいように切り分けておかなくては、と僕が考えている間にも、馴染みのある濃い魔力が目標の石に集まっていくのを感じた――
――ズドォン!
爆音が辺りに鳴り響いた。
近くにいた小動物たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
たしかに、以前に比べれば格段に制御出来ている。
なにしろ指定した石の周りには、凶悪な音とは裏腹に全く被害が出ていないのだ。問題があるとすれば――
「火柱が雲まで届いてるね……これ、消せないかな?」
「?……消せるわけがないだろう」
なぜか偉そうに言われてしまった。
とてつもなく目立つので早急に炎を消してほしかったが、儚い願いだったようだ……。
――数分後、ようやく消えた炎の跡には、もちろん何も残っていなかった。
……まぁ、分かってましたけどね。
焚き木に炎術を使われなかっただけ良かったよ、うん。
「なに、これ……? 炎術ってこんなにすごいの?」
呆然と放心状態だったルピィが僕らの元に帰ってきた。
「大きい石だったのに、跡形もなく消えちゃってるよ……」
フェニィは、石を調理に利用すると言った言葉を、うっかり忘れてしまったのだろうか?
それとも、魔力を制御したつもりが、想定以上の成果を生んでしまったのだろうか?
僕はフェニィをひっそりと観察していたが、ルピィが石のことを口にした瞬間「あ!」といった様子で、一瞬だけ目を大きく見開いたので前者だったようだ……。
集中すると目的を忘れることってあるよね……僕は寛大な心でフェニィに告げる。
「炎術は基本、使用禁止で」
「!?」
これを街中で使えると言い放ったフェニィの強心臓には感服するほかないが、こんなものを街中で使おうものなら、街の人々を大混乱に陥れてしまう。
フェニィと違って、一般の人々も僕も、デリケートな存在なのだ。
――魔獣の肉は普通に串焼きにして食べたが、予想以上に脂が乗っていて大変美味な逸品だった。
僕に炎術を禁止されて立腹していたフェニィも、串焼きの魚と魔獣肉を食べ終えた頃には、何もなかったかのように、のどやかな顔をしている。
……石焼きでの焼き肉は、あえなくまたの機会となったのだった。
本日分終了。明日の二話投稿で、第二部は終了となります。




