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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
後日談
305/309

夫婦会議

 王都のクーデルン邸は広大な屋敷だ。

 仲間たちそれぞれの個室が存在するのは当然として、男女別に別れた大浴場まであるという旅館ばりの豪邸となっている。


 設計段階で調子に乗って詰め込みすぎたのが悪かったのだが……しかし、結果としてクーデルン邸の豪邸化は正しい選択だった。


 魔大陸から帰国した際には大所帯となっていた僕たち一行。それは主に奴隷となっていた獣型神持ちだったが、その中でも身寄りのない子供たちの扱いが問題となったのだ――そう、子供たちの引き取り先として広大なクーデルン邸は好都合だったという訳だ。


 無駄に部屋を余らせていた事であるし、父さんも快く賛成してくれたので引き取らない理由はない。今やクーデルン家はすっかり大家族となったのだ。


 そんなある日の夕食後。

 父さんやおばあちゃんが子供たちを連れて大浴場に向かったタイミングを見計らい、僕は声高らかに夫婦会議の開催を宣言した。


「――やぁ皆さん、今日は夫婦会議に足を運んでくれてありがとう!」

 

 当然のように議長として場を盛り上げてしまう。 

 女性陣は夕食後にそのまま残っていただけだが、あたかも遠方から足を運んでくれたかのように労ってしまうのだ。ルピィが恒例の如く「よっ、待ってました!」と応じてくれるので絶好調だ。


 ちなみに夫婦会議ではあっても参加資格は緩いので、マカやブルさんなどのアニマル勢も普通に参加している。そもそも今回は突発的に開催した初会議なのだ。


「さて、今日の議題は……ん?」


 勢いに乗って本題に入ろうとしたところで、そのマカが膝の上にのっそりと乗ってきた。僕が甘やかそうとすると邪険にされるのだが、この気紛れニャンコは気分が良いと積極的に甘えてくるのだ。……しかし、夫婦会議の最中であっても可愛いマカを追い払えるはずもない。


「にぃさま、その畜生は私が処分しますよ?」


 セレンから『私がゴミを片付けますよ?』くらいの自然体で提案されるが、それに乗せられずに笑顔で首を振る。僕は油断して言質を取られたりはしないのだ。


「ふふっ、ちゃんと分かってるよ。セレンにも後から膝枕してあげるからね」

「結構です」


 やはりセレンは素直になれないようだ。

 素直に甘えられるマカに嫉妬しているのは明らかだが、これほど一刀両断で断られてしまうと次なる手を選びにくい。


 そんな中、何を思ったのか膝の上で丸くなっていたニャンコが動く。

 もぞもぞと動き始めたかと思えば、小さな足をゆっくりと伸ばしていき――セレンにお腹を見せつけるようにグデーンと大の字になった……!


 ……まったく、この煽りニャンコめ。


 膝枕を断ってしまうセレンに『膝枕は快適にゃん!』とばかりに見せつけているではないか。セレンによって散々な目に遭っているのにまるで懲りていない。

 いや、散々な目に遭っているからこそ意趣返しがしたいのだろうか?


「――――」


 くっ、これはいけない……。

 セレンちゃんがゾッとするような冷たい目になっている……!


 お兄ちゃんの膝を奪われて煽り倒されているのだから仕方ないが、このままではマカが死ぬより辛い目に遭わされてしまう。そう、セレンにはそれが出来るのだ!


「そ、そろそろ本題に移ろうか。ほら、マカもちゃんとしなきゃ駄目だよ」


 剣呑な空気を和らげるべく話題を変え、マカを持ち上げてちょこんと膝に座らせる。セレンばかりかブルさんも危険な目になっていたので挑発行為は厳禁だ。人間以外には寛容なブルさんなのだが、なぜかニャンコとは相性が良くないのだ。


「というわけで、本日の夫婦会議の議題は――――そう、皆とそれぞれ個別にデートをしようという提案です!」


 最近になって僕は気付いてしまった。

 結婚式も挙げて憧れの結婚生活に突入したのは喜ばしいが、これまでの生活と何も変わっていないのではないか? という事に気付いてしまったのだ。


 そこで相談したのが僕の友人たち。

 レットは『俺に聞くんじゃねぇよ』と頼りにならなかったが、ロブさんから『カッテクトール!』というアドバイスを貰ったので、それに従って二人きりのデートをしてみようと考えたという訳だ。

 そんな僕の提案に、意外なところから元気な声が上がった。


「ジーレもデートするーっ!」


 ふ、ふむ、ジーレか……。

 これは夫婦会議なのだが、夕食後に寛いでいたジーレが会議に参加していても文句は言えない。それに実を言えば、ジーレは夫婦会議に無関係ではない。


 魔大陸からの帰国後。僕が意気揚々と結婚報告をしていると、お留守番だったジーレが『ずるーいっ!!』と知らない間に決まっていた結婚話にヘソを曲げた。


 王城を破壊しながら駄々を捏ねていたという事もあるが、ジーレにも不用意に指輪を贈っていた事も事実。そこで、その場を収めるべく『ジーレも大きくなったら僕と結婚しようね』と約束したという訳だ。


 まだジーレは精神的に幼いので小さな子供と口約束をしたようなものだが、名目上は婚約者なのでデートの権利を主張されては無下にはできない。


「うんうん、デートね。ジーレと出掛けるなら……そうだね、ブルさんも誘ってピクニックに出掛けるというのはどうかな?」

「ピクニックいくーっ!」


 よしよし、ジーレは天真爛漫な笑顔だ。仲良しのブルさんも一緒にという判断も正解だったのだろう。


 ――そうだ。

 せっかくだからマカも一緒に連れていってあげよう。マカはジーレやブルさんを天敵扱いしているので、開放的な場で親睦を深めてもらおうという作戦だ。


 マカがすやすやしている間に運んでしまえば避けられる心配もない。目が覚めたらジーレとブルさんという脅威だが、マカなら上手くやってくれるはずだろう。


「それで具体的なプランとしては……全員で軍国内を小旅行しつつ、ここぞと言う場所で個別にデートするというのはどうだろう?」


 本当は皆と一緒に旅行するだけでも良いのだが、それでは今までと何も変わらない。女性陣たちとは恋人として過ごした記憶がないので、この機会に二人きりで行動する時間を設けようという訳だ。


「女の子を毎日取っ替え引っ替えしようだなんて、さすがはハーレム王のアイス君だね! いよっ、女の敵!」


 人聞きの悪いことを言いながらも上機嫌なルピィ。基本的にイベント好きなので楽しみにしてくれているらしい。

 個人的に『ハーレム王』呼ばわりは止めてほしいが、そこそこ正鵠を射ているので文句など言えるはずもなかった。


「おのれアイス、女の敵め……!」


 雰囲気に流されやすいアイファは義憤に燃えている。全女性の怒りを背負っているような厳しい眼差しだが、ルピィが称賛していたら『でかしたぞ!』と褒めてくれたような気がしないでもない。この子は絵に描いたような浮動票ガールなのだ。


「まぁまぁアイファ。ほら、前にポトの魚を食べてみたいって言ってたよね? 二人で市場デートでもどうかな?」

「ぐっ、ぐぬぅぅ…………やむを得ん、その条件を飲んでやる!」


 家族を人質に取られたような事を言いながら屈服するアイファ。

 相変わらず目が離せないポンコツ奥さんだが……実のところ、仲間内でのアイファの評価は極めて高い。


 その理由は他でもない、アイファは僕たちの縁結びの立役者になったからだ。


 心当たりのない結婚を切っ掛けにしてのプロポーズ。アイファが居なければ今も独身だった可能性は高いので、他人に厳しいシーレイさんですらアイファには甘いところがあるのだ。


「ふふふっ、坊ちゃんと二人きりでデート……」


 いや、そうだった。

 今のシーレイさんは他人に厳しく『狂犬』と恐れられた軍団長ではない。

 僕と結婚してからは微笑みを絶やさない慈愛のお姉さんに転身したので、アイファにホットケーキを振る舞っていても不自然ではないのだ。


 もちろんシーレイさんの毎月の殺害人数も大幅に抑えられている。直近五カ月をわずか五人でピシャリ。一カ月に一殺という脅威の防御率である。


 ……さて、それはそれとして。

 テーブルに置いた地図を前にして意見を交わす女性陣。どの場所で個別デートに入るのか協議しているようだが、その中で一歩引いている女性に声を掛ける。


「レオーゼさんはどうですか? 好きな場所を選んでもらって構いませんよ」


 クーデルン家の良心、レオーゼさん。チャーミングな三つ目を持つ彼女だが、その特徴的な外見に反して女性陣の中では圧倒的に大人しい。


 クーデルン家における数少ない常識人という事で、勤め先の大教会にはクーデルン家への陳情が持ち込まれているほどだ。いつも申し訳ない気持ちでいっぱいなので、こんな時くらいは彼女の希望を優先してあげたいと思う。


「私は……アイス君と一緒なら、どこでもいいよ」


 そう言って儚げに微笑むレオーゼさん。

 これはルピィのように『今夜のご飯は何でもいいよ!』と言いながら『またカレーかぁ……』と手のひら返しをするパターンではない。レオーゼさんは迫害されて育ったからなのか多幸を求めない傾向があるのだ。


 ここは無理矢理にでも幸せにするべく強引に希望を聞き出さなくては……と思ったところで、ルピィが先に動いた。


「そんな受け身じゃダメだよ。それじゃ生存競争で生き残れないよ? ボクが選んだ後に選ばせてあげるから、レオーゼさんも好きな場所を選んじゃいなよ」


 受動的なレオーゼさんの肩をぐいぐい押してしまうルピィ。

 優しい気遣いではあるのだが、さりげなく自分の後に選ばせようとしているのは流石と言えるだろう。貫禄の生存競争勝ち組である。


「……というか、わざわざ別のデート先に拘らなくても、他の誰かと同じ場所になっても構わないんじゃないかな?」

「まったく、アイス君は分かってないなぁ。同じ場所でデートだと特別感が薄れるじゃないの。そんな体たらくじゃハーレム王を名乗れないよ?」


 ふむ、なるほど……。

 まるで僕がハーレム王を自称しているような言い草はともかくとして、同じ場所でデートだと特別感が薄れると言われれば納得せざるを得ない。

 僕が構わなくとも女性陣はオンリーワンを求めているという事なのだろう。


 言われてみると、その手の拘りが無さそうなフェニィでさえ鋭い視線で地図を凝視している。戦争を思案している軍師のような目なので不穏なものを感じていたが、唯一無二のデートプランを真剣に考えてくれていたと思えば嬉しい限りだ。


「ああ、もちろんセレンも一緒にデートだからね? 最近は二人でお出掛けする機会も減ってたから楽しみだなあ……」

「……別に、私は構いませんが」


 当然のように可愛いセレンを誘っておくと、僕に頼まれたから仕方なく付き合うといった体で了承してくれた。

 素っ気ない態度ではあるが、セレンから発せられていた禍々しい気配が霧散している。素直になれないところも実に可愛らしい。


 セレンまで期待してくれているとなれば、発起人として各人に完璧なデートプランを提供してみせるしかないだろう。


次回、〔賭場での出会い〕

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[一言] 久しぶりの投稿ですが、相変わらずキレが健在のようで安心しました。 新作も楽しみにしています!
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