熊と王子
「紹介するよ、こちらはブルさん。魔大陸で友達になったクマさんなんだ」
「まともな者ではあるまいと思っていたが……よもや人ですらないとは」
開口一番に感心しているカザード君。三メートルのクマさんが現れても動揺が少ないのは流石の王子君だ。
ちなみにブルさんはジーレの部屋で一緒に遊んでいたが、ジーレは就寝時間が早いのでもうお休みしてしまった。僕はブルさんの送り迎え担当なのだ。
「ブルさん、こちらは帝国王子のカザード君です。すごく良い子なんですよ」
「……殺ス」
「喋った!? しかも物騒な事を言っておる!」
事前に説明していなかったのでカザード君は仰天している。クマさんが人語を喋っている上に、その発言内容が少し攻撃的なものだったので驚きも大きいようだ。
しかし、カザード君は分かっていない。
「ブルさん……成長しましたね」
ブルさんの成長に感動を覚え、ひしっと大きな身体に抱き着いてしまう。うむ、フカフカして気持ちいい。
ひとしきり毛並みを堪能して満足したところで、訝しげな王子君に説明する。
「ブルさんは権力者を嫌っているところがあってね。今回のように殺害を我慢したのは飛躍的な進歩なんだよ」
かつて人国の王族に奴隷扱いを受けていた影響で、ブルさんは人間の中でも特に権力者を嫌っている傾向が強い。
ジーレのように王女らしからぬ性質を持っている子は別として、ナスルさんとは会う度に『グォォォッ!』とビームを放っているし、聖女であるケアリィと会った時にも問答無用で殺害しようとした前科がある。……ケアリィなどは僕を主犯扱いして大変だったのだ。
その殺人クマさんが、帝国の王子君にはビームを放たなかった。しかもブルさんの口癖である『皆殺しダ』が、今回は『殺ス』と優しい表現になっていた事も聞き逃していない。これは僕も友達として鼻が高いというものである。
「そ、そのような危険生物を余の前に連れてきよったのか……」
「おっと、勘違いしてはいけないよカザード君。万が一の事態を考えて保険も掛けていたからね」
よからぬ誤解をされそうになったので弁明しておく。僕はブルさんの成長を望んではいるが、友人であるカザード君を犠牲にするつもりは毛頭ないのだ。
「ブルさんは口から光線を吐くことが出来るんだけど、何度か実験を繰り返していく内に対応策を見つけたんだよ」
カザード君は『口から光線』というワードに首を捻っているが、下手に尋ねると実演されかねないと考えたのか言葉を飲み込んでいる。ブルさんの行動は読めないので賢明な判断だ。
そして僕はポケットから秘密兵器を取り出す。
「ほら、この手鏡。これに魔力を通せば光線を逸らせることが判明したんだよ。だからカザード君の安全は保障されていたという事さ」
ブルさんの殺人光線は魔力の塊ではあるが、その見た目通りに光の性質も持っていたのだ。普通に鏡を当てるだけでは消失してしまうので魔力でコーティングする必要性はあるが、これはブルさん対策として画期的な手法だと言えるだろう。
僕としては肩車で物理的に軌道を逸らすのもフカフカ的に好きなのだが。
「……なにやら偉そうな事を言っておるが、そもそも余に危ない橋を渡らせている時点で論外であろう」
「いや、これは……そう、叩いてかぶってジャンケンポンみたいなものだよ」
「たわけっ! 勝手に命懸けのゲームに巻き込むでないわ!」
ジャンケンで勝った方がハンマーを、負けた方がヘルメットで頭を守るという伝統的な遊戯に例えてみたが、遊び心を解さないカザード君に怒られてしまった。殺人光線を手鏡でガードする構図は似ていたが、流石に少々無理があったらしい。
「それにね、僕はブルさんなら我慢してくれると信じていたんだ。なにしろ毎月の殺害数も減少傾向にあるからね。三カ月前は三人、二カ月前は二人……そして、今月はまだ一人しか殺していないんだよ!」
「今月は二日しか経っておらぬぞ……。むしろ過去最多ペースではないか」
おっと、数字のマジックに気付かれてしまった。
耳触りの良い情報だけを列挙していけば『たったの一人じゃと!?』と誤魔化せるかと思ったが、聡明なカザード君を煙に巻くのは難しかったようだ。
「まぁ、最近の人口増加は著しいものがあるからね。中には素行に問題がある人もいるから、ブルさんも反射的に殺ってしまうのも強くは責められないよ」
軍国では神持ちの急増によって国防力が群を抜いて高く、魔獣被害を恐れる人々などが別の大陸からも数多く移住しているのだ。母数が増えれば問題が増加してしまうのも致し方ない。
カザード君は「素行に問題があるのはアイスの一派であろう」と失礼な事を言っているが、基本的には僕の関係者は悪人にしか手を出していないはずだ。……まぁ、基本的には。
「そういえば、ブルさんはジーレと何をして遊んでいたんですか?」
不穏な話題になっていたので親しみやすさをアピールする作戦に変えておく。子供と一緒に遊んでいる姿を思い描けば警戒も和らぐだろうという狙いだ。
「積み木潰しダ」
「……えぇっと、それはどのような遊びなんですか」
ブルさんの口から聞き覚えのない単語が出てきたので聞き返してしまう。積み木くずしなら分かるのだが、積み木を潰すとはどのような遊戯なのか?
「交互に積み木を潰していくんダ」
そ、それはどこが面白いのだろう……?
奥が深そうというより闇の深そうな遊びだが……いや、考えようによってはジーレがミンチ衝動を平和的に発散しているとも言えるだろうか?
「なるほど。面白そうですから今度は僕も混ぜてくださいね」
「分かっタ」
ジーレが人間の代わりに積み木を潰しているのなら後押ししない手はない。カザード君が「積み木を潰すのが面白そう?」と正気を疑うような視線を向けてくるが、僕はそんな視線に負けたりはしない。実際にやってみたら面白いという可能性もあるのだ。
そしてなんだかんだで三人で歓談していると、今日が僕の結婚式という事もあって自然とカザード君の結婚の話題になる。
「ところで、カザード君には結婚する予定の女の子とかいるのかな? 生まれた時からの許嫁みたいな」
何と言ってもカザード君は帝国の王子。
しかもジーレのように途中から王女になったわけではなく、代々引き継がれてきた帝国の王族だ。立場を考えれば六歳児でも婚約者が存在している可能性はあるだろう。
「うむ。本来であれば許嫁がいて然るべきなのだろうが……余は出来る限り、自分で伴侶を決めたいと思っておるのだ」
「そっか、それは良い事だね。カザード君も複数の相手と結婚する事になるだろうけど、僕も陰ながら応援させてもらうよ」
帝国の王子ともなれば政治的なしがらみは避けられない。個人的には想い人と結ばれてほしいとは思うが、国益を考えれば有力者の娘さんを第一夫人にして本命を第二夫人などにするのが妥当な線なのだろう。
しかし、カザード君は予想外の言葉を放つ。
「何を言うておる。複数の相手と結婚するなど不誠実ではないか」
幼さ故の潔癖さなのか、カザード君は王族でありながら伴侶を一人だけに絞るつもりのようだ。僕は内心で動揺しながらも矛盾を指摘する。
「ま、待ってよ。以前にカザード君から『若い嫁の十人や二十人はすぐに紹介出来るぞ』と言われた記憶があるんだけど……」
言わばカザード君はハーレム推進者。
その彼が『複数の相手と結婚するなど不誠実ではないか』と言い出したので背中から刺されたような心境だ。しかも結婚式当日の夜に言われたので尚更である。
「アイスよ。自分の事と他人の事は別物であろう」
ダブルスタンダード……!
カザード君め、六歳児でありながらダブスタの使い手だったのか……。
しかし、自分に甘く他人に厳しいという事なら問題だが、カザード君の場合は他人に甘い方向性なので文句も言い辛い。
「そ、そっか……。ところで、ブルさんはどうですか? 僕としては全力でパートナー探しに協力したいと思っていますが」
「必要ナイ」
気持ちを切り替えてブルさんに婚活の話題を振ってみたが、我らがクマさんは結婚に興味を持っていないようだ。思い返せばマカも伴侶探しに無関心だったので心配になる。
猫型魔獣を集めてマカのお見合いパーティーを開催した時には、荒ぶるマカに魔獣を殲滅されてしまった挙句、僕もガブガブと痛い目に遭わされてしまったのだ。
集めた猫型魔獣の方もマカに敵対的だったので、やはり知能レベル的にも伴侶候補は神獣でなければ難しいのだろう。
この大陸の神獣は巨大生物ばかりなので、本気で探すとなれば他大陸に出向く必要性があるが……うむ、新婚旅行も兼ねてマカとブルさんの伴侶探しというのも悪くない。
「分かりました! ブルさんの伴侶探しは僕に任せてください!」
「必要ナイ」
ブルさんは遠慮しているが、もちろん僕は全く気にしない。僕ばかりが幸せになっては申し訳ないので、ここは幸せの押し売りも辞さない覚悟だ。
ブルさんも旅行を好んでいる節があるので、他大陸の観光を楽しみつつ伴侶探しもしてしまえば一石二鳥だろう。
次の旅行はブルさんも含めた大所帯という事になるが、最近は女性陣たちの言動も落ち着いてきたので心配は少ない。皆も旅行には賛成してくれるだろうから計画を練るのが楽しみだなぁ……。