最終話 神の女王と解放者
僕は女王たちが左官職人のように魔力板を設置していくのを見守っていた。
そこで――ふと女王の表情に違和感を覚える。
どことなく女王が不安を感じている様子だ。
もしかしたら夫がこの場を離れている事もあって、改めて新生活が不安になってきたのかも知れない。……そう、武神は世界の隔離前に『友に挨拶をしてくる』と言って出掛けているのだ。
聞けばその友人とは〔闘神〕だ。
武神持ちと闘神持ちは同時期に現れる傾向があると思っていたが、二人が友人関係という事ならばそれも納得だ。
しかし夫が不在となれば、僕が女王のケアをしておくべきだろう。
「軍国での生活に心配は無用ですよ。最近は王都へ神持ちの移住が多いですが、皆さんすぐに街へ溶け込んでますから」
国民性と言うべきか、王都民は来るもの拒まずの性質を持っている者が多い。
さすがに正体が〔神〕であることは伏せておくにしても、僕の祖父母が王都に移住するとなれば大歓迎されることは間違いないはずだ。
僕は笑顔で生活を保障するが、しかし女王は困ったような顔で首を振った。
「……その、先の事が心配なの」
この場合の『先』とは数カ月や数年先の話ではなく、人の寿命を超えた先――数百年、数千年先の話をしているようだ。
不老の存在である神は外的要因以外では命を失うことはないので、死ぬべきタイミングを見失って自分が変質していくことが心配であるらしい。
今の女王は問題無いにしても、長く生きることで造神のような精神性になってしまうのではないか、という懸念だ。
そんなに先の話を今から心配しているあたり、女王はレットのように必要以上に苦労を背負いこむ性質があるようだ。人が良いとも言えるので好ましくはあるが。
しかし、女王の心配は杞憂に過ぎない。
「それならご安心を。望みとあらばいつでも僕が命を摘み取ってあげますから。僕は安楽死には自信があるんですよ」
神を箱世界に連れて行くという決断をした以上、僕には全ての責任がある。
女王たちが死を望むようなことがあれば、僕は自らの手を汚すことも厭わない。
だが、この保証だけでは不十分だ。
「もちろん僕が先に死亡する事になっても大丈夫です。その時は僕の子供……或いは、僕の子孫が役目を果たしてくれる事でしょう」
まだ見ぬ子孫たちに〔殺人永続サポート〕を約束させてしまったが、僕の子供たちとなれば清く正しい心を持っているはずなので問題無い。
きっと僕の子孫は二つ返事で『喜んで殺します!』と引き受けてくれる事だろう。……それはそれで性質が心配な気がしないでもない。
なぜかレットが物言いたげな顔をしているが、女王は悩みの晴れた顔で「ありがとうアイス」と言ってくれたので僕の答えは正しかったはずだ。
そして女王は思いついた様子で、僕ではなく女性陣に疑問を投げ掛ける。
「貴方たちはお揃いの指輪をしているけれど……もしかして、全員がアイスのお嫁さんなのかしら?」
子供や子孫の話をしていたせいか、僕が既に結婚していると誤解してしまったのだろう。恋人もいないのに子供による殺人保証をした僕も迂闊だったが、女王の方もかなりそそっかしい。
いくらなんでも〔同じ指輪をしているから全員が僕のお嫁さん〕などと判断するのは暴論にも程がある。……さりげなくレットが夫候補から除外されているのは身内贔屓による補正が大きいからなのか。
僕が苦笑しながら誤解を解こうとすると――アイファが女王の質問に応える。
「――うむ。そうだぞ」
な、なにを……!?
アイファは軽く照れた顔で肯定しているので本気で言っているようではないか。
いつからこんなに嘘が上手くなったのかは知らないが、純粋な女王を騙すような真似は感心しない。
しかし僕が咎めようとする直前、レットの困惑したような顔が視界に入った。
んん? レットが困惑している?
不可解な思いを抱きつつ親友の目を見ると――レットは混乱した様子で頷いた!
ば、ばかな……レットが肯定した!?
レットが認めたという事は、アイファは嘘を吐いている自覚がないという事だ。
つまるところアイファ的には――僕は全員と結婚している事になっている!?
突然の既婚発覚で混乱に陥っているのは僕だけではなく、女性陣たちにも電撃が流れたような動揺が走っている。
そして僕たちが言葉を失っている間にも、女王とアイファの話は続いている。
「――私は他国で結婚式を挙げたのだ」
どんどん僕の知らない情報が出てくる……!
僕は自分でも知らない間に結婚式を挙げていたのか……いや、待てよ。
アイファは『他国での結婚式』と言っているが、それはアレの事だろうか?
言われてみれば、魔晶石の指輪を渡す際にサプライズパーティーを開催した記憶がある。あのパーティーには大きなケーキも用意していたので、かなり頑張ればウエディングケーキのある結婚式と思えなくもない。
しかしそれでも無理がある話だ。
一体全体、僕とアイファのどこに新婚要素があったと言うのだろう……?
僕が混乱しながら考え込んでいると、アイファから更なる燃料が投下される。
「――ここにいる者たちだけではないぞ。アイスは他にも妻がいるのだ」
だ、だれだ……。
僕は誰と結婚しているんだ!?
まさか僕の人生にこんな疑問を抱く日がやって来るとは思わなかった……!
〔指輪=妻〕理論から考えればシーレイさんやレオーゼさんなのだろうか?
カードの利益で大金を得たこともあって、親しい人間には漏れなく魔晶石グッズを渡しているのが裏目に出てしまったのか。
……いや、現実から目を逸らしている場合ではない。
事実はどうあれ、アイファが僕と結婚しているつもりなのは確かなのだ。
その気はなくとも、僕がプレゼントした指輪が誤解を招いていることも事実だ。
これは知らなかったでは済まされないことだ。
僕と結婚していたつもりだったという事は、アイファが他の男性に求婚されていて『私は人妻だ』と断っていた可能性だってあるのだ。
それでなくとも貴重な結婚適齢期を無為に過ごさせてしまった事は確かだ。
ならば――僕は勘違いさせた責任を取らなくてはならないだろう。
それに冷静に考えてみれば、これは双方にとって利がある話だ。
アイファは僕と結婚してくれたということは、僕のことを憎からず思ってくれているはずだ。僕自身にしても、アイファのことは好きか嫌いかで言えば間違いなく好きではある。
正直に言えば、異性というより〔手の掛かる妹〕といった感覚の方が強いのだが、彼女に好意的感情を持っていることは確かなので時間を掛けて意識改革を進めていけば問題は無い。
知らぬ間に既婚者となっていた事実には動揺したが、決して悪い話ではない。
ここはアイファの言葉を否定することなく、僕も『うん、結婚してたね』という事にしておけば皆が幸せになれるというものだ。
――いや、待てよ。
アイファの認識では、僕は女性陣全員と結婚していることになっている。
さすがにアイファのような勘違いをしていた仲間は他にいないだろうが、僕が不用意に指輪をプレゼントしたことで第三者に〔アイスの妻〕と誤解されている可能性は否定できない。
思い起こしてみれば、王都で僕がハーレムを形成していると噂されていたのは〔お揃いの指輪〕の影響もあったのかも知れないのだ。
ルピィやフェニィの婚期を奪ってしまった可能性が存在する以上、僕は彼女たちにも責任を取るべきではないだろうか?
僕には勿体無いほどの魅力的な女性たちではあるが……ここは勇気を出して求婚すべきところではないだろうか?
もちろん断られる可能性は極めて高いだろう。
魅力的な女性たちを纏めて奥さんにしようとしているのだから、『身の程を知りなさい!』とケアリィばりの罵倒を浴びせられる事も覚悟すべきだ。
親友のレットに『おいおい、このハーレム野郎はチキンカツサンドにビーフとポークを挟むつもりだぜ!』と言われることも間違いない。
それでも僕は、突き進まずにはいられない。
「――ルピィ、フェニィ。二人に大事な話があるんだ」
僕の様子に何かを察したのか、ルピィとフェニィも緊張した面持ちだ。
アイファと女王が熱心に話しているのを尻目に、僕らは部屋の隅へ移動する。
しかし……アイファと話している女王は楽しそうな様子だが、女性だけあって恋バナに興味があるのだろうか?
なにやら身に覚えのない僕の行状が聞こえてくるのが気になるな……。
いつ僕がアイファに強引なアプローチをしたというのだろうか……?
……いや、雑念に囚われてはいけない。
今は正念場なのだから気を引き締めるべきだ。
彼を知り己を知れば百戦殆うからず――そう、まずは落ち着いて対象の観察だ。
アイファの既婚宣言を聞いてからルピィたちも落ち着かない様子だったが、僕と向き合ったことで更に挙動不審となっている。
フェニィは表情こそ変わりないが、緊張からか全身に力を込めている気配だ。
ルピィの方も平素の余裕がなく、足が地に着いていないような雰囲気がある。
柄にもなく緊張している二人を見ていると、なにやら僕まで緊張してきた。
時間が経過すればするほど緊張が高まってしまうことは間違いない。
ここは勢いよく攻めるべきところ……いや、駄目だ。焦りは禁物だ。
緊張している状態でマルチタスクは失敗の元になる。焦らず一つずつだ。
二人同時に求婚するのではなく、ここは一人ずつ話していくのが正解だ。
まずは、緊張から部屋を破壊しかねない雰囲気があるフェニィからだ。
僕は覚悟を決めて、言葉を届ける。
「フェニィ……あ、あっと……よかったら、僕と結婚してくれないかな? その、あれだね……他にも奥さんがいる形にはなるけど、きっと幸せにするよ」
覚悟を決めたわりにはしどろもどろとなる僕。
しかしそれも無理からぬことだ。
我に返ってみれば、女性とお付き合いをしたこともないのに色々飛び越えていきなりプロポーズから入っているわけである。
さすがに無理があっただろうか? と不安に包まれながら返答を待つと、フェニィは表情を崩すことなく相変わらずの偉そうな態度で答えた。
「…………ぃ、いいだろう」
やった! やったぞ……!
もう既に結婚しているけど人生初のプロポーズに成功したんだ……!
冷静に考えるとワケが分からないが、そんな事は大した問題では無い!
「ありがとうフェニィ!」
溢れる気持ちを抑え切れずにフェニィの手を両手でがっしり掴むと、フェニィも心なしか嬉しそうな様子だ。
相乗効果でますます嬉しくなって手を上下にぶんぶん振ると、フェニィも合わせるようにぶんぶん振る。いつしか上下運動は目で追えないほどになっていく――この可動範囲には虫一匹通さない!
――おっと、いかんいかん。
今はこんな事をしている場合ではない。
またしても悪いクセで脱線してしまったが、ここで喜ぶのは早過ぎる。
このままでは画竜点睛を欠く。
そう、まだルピィも残っているのだ。
僕は気持ち新たにルピィへ向き直る。
正面から見詰めると、ルピィは逃げ場を探すように視線をあたふたとさせた。
……どうやらこれから先の展開を察して動揺しているようだ。
しかしルピィが心を乱してしまうのも当然と言えば当然だ。レット、セレンに次ぐ付き合いの長さだけあって、僕にとってルピィは感覚的には家族に近い。
姉弟に近い関係性として安定していたところに、色々飛び越えて突然の求婚だ。
むむっ……いかんな、なにやら僕の方も照れ臭くなってきたではないか。
それでも、僕はなんとか声を絞り出す。
「あぁ……っ、と、ルピィも結婚しちゃう?」
「――ちょっとッ! なんでボクだけ軽いのよ!!」
おっと、これはいけない……!
気恥ずかしさのあまり雑になってしまった!
激昂するルピィは僕の首をぐいぐい締め上げる。
「ぐぇぇぇ……」
優しさの欠片もない締め付けによって、僕の意識は次第に遠のいていく。
まずい、新婚から五分も経過してないのにフェニィを未亡人にしてしまう。
僕が苦しみながら腕をタップすると、ようやくルピィは調子を取り戻したかのような満面の笑みを浮かべた。
「ボクと結婚したいの? う〜ん、どうしてもって言うなら考えなくもないよ?」
「ど、どうしても、結婚、したいです……」
「……しょ、しょうがないなぁ〜。優しいボクが結婚してあげようじゃないの!」
なんだろう……。
これは、僕の知ってるプロポーズと違う。
プロポーズとは首を締められながら息も絶え絶えでするものではないはずだ。
……いや、これも僕たちらしいとも言えるか。
それに過程はどうあれ、ルピィも僕との結婚に同意してくれたのだ。
これは悪くない――――いや、最高だ!
「ありがとうルピィ、僕は大陸一の果報者だよ!」
僕が喜びを爆発させて手を握ると、ルピィの方もテンションが上がっているのか頬を紅潮させて嬉しそうだ。
素敵なお嫁さんを得られたので天にも昇る気持ちだ。……いや、ここ神の世界はある意味〔天〕のようなものかな?
益体も無いことを思考しつつ、僕とルピィはよく分からないテンションのまま鉄球でキャッチボールを開始する。
急に関係性が近くなってお互いの距離感を掴みかねているので仕方がない。
自然にフェニィも加わり、ルピィの鉄球は高速で三人の間を飛び交っていく。
この形はまさに三角形――そう、マリッジトライアングルだ……!
――いや、落ち着くんだ。
こんな事をしている場合ではない。
こうして結婚が決まったのだから家族や親友に報告すべきではないか。
僕が鉄球の流れを止めると、フェニィが不満そうな視線を向けてくる。……どうやら鉄球キャッチボールが気に入っていたらしい。
「ごめんごめん。ほら、結婚報告をしなくちゃいけないからね」
僕の言い訳にフェニィは小さく頷いた。
うむ、これは念願の〔奥さんに言い訳をする〕というシチュエーションだ。
子供に言い聞かせているような感覚があったのは気のせいだろう。
まだ隔離作業中のセレンは後回しにして、まずは自慢の親友からだ。
結婚が決まって大騒ぎしていたので粗方の事情は察しているとは思うが、やはりこういった事は直接告げるべきなのだ。
「レット、ありがとう!」
おっと、勢い余ってレットに祝福を受けた後の返しになってしまった。
しかしレットの祝いの言葉は僕の脳内にハッキリと届いている――『結婚おめでとう! ハネムーンには俺も付いていくぜ!』
「お、おう……」
レットの反応は予想に反して淡泊だ。
僕が仲間と結婚したのがそんなに意外だったのだろうか……?
いや、親友である僕に先を越されてしまったので焦っているに違いない。
「安心してよレット。レットの結婚は僕が全力でサポートするからさ」
「――やめろ! 絶対にアイスは余計な事すんなよ!」
僕が婚活サポートを宣言した直後、いつもの調子を取り戻すレット。
もちろん親友の真意は分かっている。
エンターテイナーであるレットが『やめろ!』と言っているという事は『やれ!』と言っているに等しいのだ。
親友の婚活に中途半端な真似は許されない。
ここは思い切って大々的にオーディションでも開催してあげるべきだろうか?
そう、レットの嫁を目指して女性たちが競っていくという催しである。
……いや、それは危険か。
レット大好きケアリィが、金と権力を駆使してライバル潰しをやりかねない。
友人を犯罪者にするわけにはいかないので止めておくべきだろう。
さて、これで親友への結婚報告を済ませたわけなので、お次は大事な妹の番だ。
折よくセレンは魔力板を創る作業を止めている。
魔力板を何枚も創り出したので魔力残量が心許なくなったのだろう。
セレンにも結婚話は聞こえていたはずではあるものの、新しい家族が増えるのだから直接告げないわけにはいかない。
「やぁ、セレンお疲れ様。もしかして聞こえたかな? ――そう、僕の結婚が決まったんだよ!」
「……そうですか」
ビッグニュースにもセレンの反応は薄い。
突然の結婚話に戸惑っているのだろうか?
いや……もしかしたら、兄の結婚が決まったことで自分の結婚の事が心配になってきたのかも知れない。
「なぁに、セレンにもその内いい人が見つかるよ。はははっ……」
「…………」
上機嫌でセレンの将来を保証してしまう僕。
しかし、なぜか可愛い妹は沈黙を保っている。
おや……レットの顔色が優れないようだが何かあったのだろうか?
なにやらストレス性胃炎に苦しんでいるような顔をしているではないか。
セレンは交友関係が狭いので婚活を心配してくれているのかな……?
だがセレンはまだ十四歳。
成人まで二年もあるのだから今から憂慮するには早過ぎるというものだ。
「もしも相手が見つからないようなら僕がお嫁に貰ってあげるよ!」
「……そうですか。覚えておきます」
調子に乗って引受人を買って出ると、僕の心遣いが嬉しかったのかセレンの感情が明るくなったように感じられる。
ふふ……まだまだお兄ちゃん離れできない可愛い妹ではないか。
心配性なレットが将来に不安を感じているような顔をしているが、二年も経てばセレンを取り巻く環境も変化している事だろう。
そういえば、セレンにも他の女性陣と同じように指輪をプレゼントしている。
もしかするとアイファ的にはセレンも妻に数えられていたのだろうか……?
余人ならいざ知らず、あのアイファならあり得る勘違いだな……。
――いや、待てよ。
指輪をプレゼントしたのはこの場にいる女性陣だけではない。僕はシーレイさんやレオーゼさんにもプレゼントしているのだ。
指輪の存在が婚期を遠ざけていたとなると、彼女たちにも求婚するのが筋というものではないだろうか?
というか……思い返せば、年少組であるジーレにも指輪をプレゼントしている。
年齢的に婚活を妨げていたことは無いだろうが、一人だけ仲間外れにするのも悪いので成人後には求婚すべきなのだろうか?
いや、ジーレもセレンと同じく成人まで二年もある若い子だ。将来的にはジーレも気になる異性を見つけるかも知れないので結論を急ぐ必要も無い。……そもそもナスルさんが娘の結婚を認めるイメージが湧かないという問題もあるが。
そして、親友と妹に結婚報告を終えてもこれで終わりではない。
僕のパートナー的存在。
ひんやりした床でゴロニャンとしているニャンコを忘れてはいけない。
「マカ、結婚が決まったよ! いぇーい!」
気持ちが最高潮に盛り上がっている僕。
喜びをお裾分けするようにハイタッチを求めると――バシッと尻尾で叩かれた!
この温度差……!
僕の結婚にまるで興味を持っていない。
むしろ僕が近付かないように尻尾をヒュンヒュンさせて威嚇している有様だ。
もしや、どさくさに紛れて肉球に触ろうとしたのがバレていたのだろうか?
そう、マカは肉球に触られるのを嫌っているので中々触らせてくれないのだ。
結婚決定の勢いでいけるかと思ったのだが、流石にマカは甘くないらしい。
だがそれにしても普段より厳しい対応だ。
ひょっとすると……最近はブルさんの肉球のお世話になっていたので肉球浮気をされているようで面白くなかったのだろうか?
どちらも甲乙つけがたい肉球なので贔屓をしたつもりは無かったが、知らない間にマカのプライドを傷付けてしまったのかも知れない。
……いや、待てよ。
この構図は夫婦関係にも言えることだ。
複数の奥さんを娶った以上、一人だけを特別に贔屓することは許されない。
そう、マカは毅然とした態度で夫婦生活に警鐘を鳴らしてくれているのだ。
危ない危ない、危うくマカの言外のメッセージを見過ごすところだった。
いやはや、ありがたい心遣いである。
お礼というわけでもないが、このニャンコにも近い内に猫型魔獣を沢山捕まえてきて〔お見合い〕をセッティングしてあげるとしよう。
しかしマカは選り好みが激しそうなので百匹くらい纏めて紹介するくらいの気概で挑む必要がある。そして運命の出会いを演出する為にはサプライズ性も重要だ。
猫型魔獣のひしめく部屋を用意してマカを案内するのはどうだろうか?
聞こえる。聞こえてくる。喜びの声が聞こえてくる――『ハーレムにゃん!』
一斉にマカへ襲い掛かりそうな気がしないでもないが、中には一匹くらい気が合う猫もいるはずだろう。……ふふ、マカの喜ぶ顔が今から楽しみだなぁ。
――――。
――ひゅっ。
天穿ちが箱の台座をスパッと切り裂いた。
これで箱世界は神の手から放たれたことになる。
あまりにもあっさりと成功したせいか、周囲から呆気に取られたような空気が感じられるほどだ。
だがもちろん、僕の親友は動揺していない。
僕と同じく成功を確信していたのだろう、レットは微動だにせず箱を両腕に抱えたままだ。台座を切り離すわけなのでレットに箱を抱えてもらっていたが、考えてみると中々に凄い光景である。
そう、今のレットは世界を手中に収めている――『世界は俺のモノでぃ!』
レット当人は特に感慨はないらしく箱の置き場所に困っている顔をしているだけだが、この光景は〔世界解放記念〕として絵画に描きたいところだ。
下手な絵を描けば〔プレゼントを貰って困惑しているレット〕という絵になりかねないので、僕の画力が問われるところだろう。
さて、それはそれとしてだ。
いよいよ僕たちが神の世界を旅立つ時だ。
僕が台座を切り離した直後、女王が部屋内に魔力板の設置を完成させている。
この隔離措置の完成によって、神は箱に触れるどころか部屋に入ることも出来なくなった。僕が台座を切り離したことで完全な観測障害が発生しているはずだが、もはや神が箱世界を覗く機会は永久に訪れない。
ちなみに、まだ箱世界に神は現存している。
まだ見ぬ他の大陸で、呪神の部下に相当する神が活動しているはずなのだ。
強制的に箱世界の隔離に巻き込んでしまったわけだが、他の大陸で呪神と同じように世界の平穏を乱している輩なので同情の余地はない。
そしてその神たちについても手は打ってある。
僕たちに先立って、武神と闘神が説得に向かってくれているのだ。
そう、武神の友人である闘神も箱世界で生きていく事を希望したのである。
闘神の旅立ち前には会話を交わしているが、悪人には見えなかったので問題は無いはずだろう。闘神から別れ際に『今度一緒に闘ろうぜ!』と言われてはいるものの、それは悪意のない爽やかな笑顔だったのだ。
あの見覚えのある笑顔からすると、闘神は悪人ではなく生粋の戦闘狂の類だ。
そして戦闘狂であるが故に、友人であり好敵手でもある武神と離れ離れになるよりは箱世界で共に生きる道を選んだのだろう。
武神と闘神は説得に向かうと言いつつ戦意が滲み出ていたので、箱世界に現存する神を片っ端から成敗していきそうな気がしているが、それはそれで問題無い。
そんな彼らは、世界を一通り巡った後に軍国へ来訪する予定とのことだ。
それにしても、武神たちは世界の隔離を待つことなく先に行ったが……転移先の学園で問題を起こしてないだろうか?
旅行に行くのが待ちきれないとばかりに旅立った武神と闘神。
英雄譚を読んだだけで強くなった気になるかのように、世界を観測していただけで世界に溶け込める気になっている可能性がある。
うむ……なにやら学園で大暴れしてないか心配になってきた。
それでなくとも武神は闘争の旅に巻き込みたくないかのように『これを頼む』と、僕に女王を預けていったのだ。
武神に信頼されているようで嬉しくはあるが、奥さんを置いて友達と旅行に出掛けるのはどうなのかと思わなくもない。
だがもちろん、僕が女王を預かることに異存があるはずもない。
まだまだ実感は希薄ではあるが、女王と僕とは血の繋がった家族なのだから。
「――よろしいですか、にぃさま?」
これで神の世界ともお別れだ。
もうこの世界を訪れることもない。
神の世界への転移に利用したカードも帰還後には処分するつもりでいる。
仲間とも手を繋いでいるので後はセレンが魔力を込めるだけ……いや、違う。
女王だけが僕たちの輪に加わることなく、一人だけポツンと立っている。
これを見過ごすわけにはいかない。
魔力的には女王一人でも転移は可能なので問題は無いが、新しい家族を仲間外れにするような真似はしたくないのだ。
女王……いや、女王という呼称も駄目だ。
生まれた時から〔神の女王〕という望まぬ重責を背負わされてきた人なのだから、ようやく責任から解放されたこの時に『女王』などと呼ぶべきではない。
「一緒に行きましょう――おばあちゃん」
僕は笑顔で祖母に手を差し出した。
神の女王は戸惑いながら、それでも僕の手をしっかりと握ってくれた――
神の女王と解放者 完。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
もしよければ【感想】や【評価】などの足跡を残していただけると嬉しいです。具体的には今後の活力になります。
今後の予定としては後日談的なものを書く可能性はゼロではないですが、とりあえずは新作の執筆に移行していくつもりです。(2019年1月3日から新作の投稿を予定)
※余談 作中の名称はハンガリー語を参考にしています。
〔神→Isten→アイス〕




