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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第二部 盗神と裁定

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三十話 格差社会

 せっかくハロに来たのだから、焦って旅立つこともあるまい――ということで、僕らはハロで最も規模の大きい市場に来ていた。街の規模が大きいこともあって、コベットの市場より遥かに活気があり、そこかしこで喧騒が飛び交っている。

 目を離すと、いや、手を離すと、うっかり人を殺傷しかねないフェニィの事が心配になったので、僕は当然のようにフェニィに手を差し出す。

 フェニィも慣れたもので、無言で僕の手を握った。


「――ちょーっ! ど、どういうことなの! 二人はそういう関係なの!?」


 突然、ルピィが激しく動転して僕らを詰問する。


「え? ほら、人混みが凄いから」

「ボ、ボクとは手なんか繋いだことないじゃん!」

「えーと、ほら、まだフェニィは森から出てきて間もないからさ、心配なんだよ」


 僕が心配なのはハロの街の人々だったが、嘘は吐いていない。


「うーっ……じゃあ、ボクがフェニィさんと一緒に歩くよ!」


 ルピィは獣のような唸り声をあげて、半ば強引に僕からフェニィの手をもぎ取る。

 フェニィの利き手をルピィがしっかり確保したのを確認して、僕は心中でうむと頷いた。……ルピィに抑えてもらって僕が周囲に目を配っていれば、より安全度が高まるというものだ。

 フェニィは子供扱いされたように感じたのか、少し不満そうではあったが、黙然とルピィの手を受け入れている。


 ――そして結果的に見れば、フェニィをルピィに任せたのは正解だった。

 ルピィが一方的に喋ってフェニィがささやかな相槌を返す、という二人の会話だったので、余人が見れば不仲に見えなくもない。

 しかし、フェニィは相変わらず石像のように表情が動かないが、ルピィは神懸った洞察力を生かし、僅かな挙動からフェニィの意志を読み取っているのだ。

 ルピィが話し上手なのもあって、何不自由無くお互いの会話が弾んでいるようなのだ。


 ……僕の話題ばかりが繰り出されていたのは困ったが、正反対な二人の相性が想定より良好そうであったので、僕は胸を撫で下ろす思いだ。

 二人とも同性の友人がいない環境だったので、お揃いの服を買うなどと仲睦まじい姿を見ると、仲間として微笑ましい気持ちになるというものである。


 ――――。


 ――風呂から上がり、さっぱりとした気分で僕は部屋に戻る。

 あれから、僕らは少し奮発して、浴場があるハロの宿屋に泊っていた。

 ずっと濡れタオルで体を拭くだけの生活が続いていたので、心も洗われたようである。


 しかし部屋に戻ると、ルピィの様子がなにやらおかしい。

 どこか落ち込んでいるように見えるのだ。

 ……僕は僅かに思考を巡らせたが、ルピィの外観を見てすぐに納得した。

 昼には着ていなかった、可愛いらしくデフォルメされた犬のTシャツを着ているのだ。そしてその体からは、ほかほかと〔湯気〕が立ち上っている。


 つまりはルピィも風呂に入ったのだろう。

 フェニィがいないことから、二人とも一緒に風呂に入ったと推測できる――ならばもう答えは出ている。


「その……胸が大きいと不便なことも多いと聞きますし、そんなに気にしなくていいと思いますよ」


 ルピィを気遣って優しく声をかける僕。


「……ボク、まだ何も言ってないんだけど」


 しまった。

 ルピィの消沈した雰囲気が雄弁にことを物語っていたので、つい先走ってしまった。


「それに敬語は止めてってば。……たしかにフェニィさんの胸は凄かったけどさ」


 つい癖で敬語を使ってしまった。

 二年近く続いた習慣は中々抜けずらいものだ。

 ……そしてやっぱり、フェニィの〔攻撃的な胸部〕によってダメージを受けていたようだ。


「フェニィさんのあれは、なんなの。ズルいよ、卑怯だよ……」


 ルピィは自信を喪失し落ち込んでいる。

 ……不憫だ。

 垂直に切り立った崖のような胸(つまり垂直)を持つルピィか、なにもしていないのに卑怯者の謗りを受けているフェニィと、どちらがより不憫とは言えないが――仲間としては見過ごせない!


「盗賊稼業には大きな胸は邪魔になる事も多いだろうし、悪いことばかりでもないと思うよ」

「……ボクは盗賊じゃないもん」


 まだ言うのか、この人は。

 ルピィほど際立った技術を持つ盗賊はそうそういないと言うのに。

 ……だが、よくよく考えれば、ルピィは盗みを生業としているわけでもないことだし、言われてみれば盗賊と呼ぶのは不適当かもしれない。


 僕の中ではルピィは、他の追随を許さない「伝説の盗賊」のようなイメージがあるので、つい誤認してしまっていた。

 他人のイメージを安易に決めつけてしまうのは実に良くないことだ、反省しなくては。

 お詫びの意味も込めて、さらにルピィを慰める。


「大きい胸より小さい胸の方が良いって人もいるから、引け目を感じる事なんかないよ、うん」

「……さ、参考までに、アイス君はどっちが好みなの?」


 僕は嘘偽りなくまっすぐに答える。


「――大きい方が好きだね!」


 誠実に正直に答えた僕に、ルピィが掴みかかってくる!


「ちょっと! そこは、どっちでも構わないとか、小さい方が好きって答えるところでしょ!」


 一見すると、ふざけながら僕の首を締めているようだが、その手は的確に、僕の首の気道を締めていた。

 頸動脈なら苦しみ少なく失神出来るが、気道を絞められるとただひたすらに苦しいっ……!

 ルピィの強い害意を感じる!


「もっと、ボクに! 気を使ってよ!!」


 昼と全く逆のことを言っている……! 

 僕にどうしろというんだ。……僕の命にも気を使ってほしい。

 苦しみに喘ぎながら、ルピィの手を何度かタップしていたら、危ういところでルピィが正気に戻った。


「ご、ごめん。つい気道を絞めちゃったよ」


 ……ついって、ルピィのライフワークは拷問なのか? 癖になっているのか?

 僕がぜえぜえと息を整えていると、部屋の中に気配が増えていた。


「……どうした?」

「いや、なんでも……」


 フェニィを見た僕は、二の句が継げなくなった。

 僕の傍らに立つフェニィは、風呂上りらしくほっこりした様相だったが、やはりここでも問題になるのがその恰好だった。

 おそらくはルピィとお揃いのTシャツを着ているのだと思われる。

 しかし、その犬(?)は「ボク、もう食べられないよ……」と、言わんばかりに顔をパンパンに膨らませていた……!

 ルピィに至っては怨嗟に満ちた目でその犬を睨み据えている。

 その子は何も悪くないので、憎まないであげてほしい……。


 このままでは折角仲良くなった二人の友情に亀裂が入ってしまう。

 どこにも悪い人間はいないというのに……!

 ……そう危惧した僕は、フェニィにやんわりと提案する。


「その、いつもの皮鎧以外の服を着る時は、胸当てをした方が良いと思うよ。

 ……ほら、その、犬も苦しそうだろ?」


 フェニィは不思議そうに自分のTシャツの犬を見てから、ルピィの胸元に視線を移した。

 ……フェニィからすれば、互いのTシャツのデザインを確認したに過ぎなかったのかもしれないが――それは残酷な視線だった。


「くっ……!」


 呻いた声は果たして、僕かルピィかどちらのものだったのか。

 ――格差社会。

 そこには埋めがたい隔絶があった。

 努力をすれば報われるなど、甘い幻想に過ぎないのだ。

 これからルピィが胸を大きくする為に、どれほど腕立て伏せを繰り返しても、大きくなるのは乳房ではなく――大胸筋だ。

 ……僕はやるせない悲しい気持ちで胸が苦しくなった。


「…………ルピィ、ここの食堂で美味しいミルクアイスを出してくれるみたいなんだ。一緒に食べに行かないかな?」

「…………行く」


 ルピィはまるでフェニィのような返事をした。

 フェニィは未だによく分かってないようだったが、何も言わずに後を付いてきて、誰よりもたくさん食べていた。


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