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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
一章 第一部 森の女王
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三話 追憶

「おとーさん、これからどこいくの?」 

 

 幼い子供の声が、(かたわ)らの青年に話し掛ける。

 女王の幼少期の記憶だろうか……?

 隣を歩いている青年の瞳には、黒紅色の髪を持つ三歳くらいの幼女が映っていた。顔の造形が整っていることもあり、人形のように見える子供だ。

 だがその造形に反して――好奇心の強そうな瞳はきらきらと輝いており、生命力に満ち溢れている。


「そうだね。ここではない、ずっと遠いところだよ」

「ほんとに? もう、いたいのもこわいのもないの?」

「……そうだよ。痛いことをする人たちのいないところで、一緒に暮らそうね」

「やったぁぁ。おとーさんといっしょだーーー」 


 無邪気な笑顔で喜ぶ純粋な感情が、僕の中にも流れ込んでくる。

 その純麗な思いが心を温かくするが、僕の心は晴れなかった。

 この記憶は洗脳術の核となる記憶――それは、悲劇でしかありえないのだから。


「――だめですよぉ。勝手に持ち出したりしては」


 親子の前に現れた禍々(まがまが)しい雰囲気を持つその男は、言葉だけは優しく声を掛けてきた。

 ニコニコとした表情を作ってはいるが、その男の眼は汚濁した泥水のようなどろどろとした薄気味悪いものだ。


「それは帝国の持ちものであって、あなたのものでは無いんですからね」

「フェニィは僕の娘だ! これ以上あんなところに置いておけるか!」

「ははは……研究の為に作り出しておいて、よく言えたものですねぇ。しかしこの歳で研究所の壁を破るなんて、素晴らしい素体ですねぇ――将来が楽しみですよ」

「黙れ! こ……ぐっ……がはっ」


 男が軽く手をかざしただけで、青年は言葉を止め固まったように動かなくなった。

 ――これは、麻痺術?

 非接触でこれほどの速攻性があるものなど聞いたことも無いが……。


「さて、こちらの子供は能力値こそ高いながらも、反抗的で扱いづらいと報告を受けています。この機会に素直ないい子になってもらいましょう」 


 男はそう言って、少しの予備動作も無く――瞬間的に幼女の前に現れた。


「えっ……」 


 突然の事に戸惑う幼女は、為すすべなく小さな頭を鷲掴みにされる。

 そして頭を掴まれたと知覚する間もなく、男の手から膨大な魔力が流れこんできた。


 幼女の目を介して記憶をみている僕にも戸惑いは隠せなかった。

 これは……解術と魔力の流れは似ているが、対象の持つ魔力どころか魂まで飲み込んでいるかのようだ。

 粘りつき浸食するような膨大な魔力――これが太古の洗脳術?

 こんな事が人間に可能なのか? 


 僕は以前に文献で読んだ記述を思い出す。

 隔絶した魔力を持つ悪魔と呼ばれる存在。

 それは自らの手を汚すこと無く、他者を意のままに操る洗脳術を使い、多くの人間を殺めた。

 ……この男は、悪魔なのか?


「さて、わたしの言葉は聞こえますねぇ? あなたに研究所の壁を破壊させて連れ出した、この男を、殺しなさい」 


 男は邪悪な言葉を幼女に放つ。


「いや……! やだよぉ……からだがかってに……とめてよぉ」


 幼女の懇願は聞き入れられる事は無く――その手から伸びた硬質化した爪が、青年の体を貫いていた。


「っがっ……!!」 

「いや!! いや!!! やめて、やめてよぉ!!!」


 青年の命が急速に失われていく。

 そして、それを嬉しそうに見ていた男は幼女に囁く。


「これは全部あなたが悪いのですよ。この男を殺したのはあなた。そしてあなたが逃げたせいでこの男が死んだのですよ……」


 失われていく光を見詰め続ける少女の瞳は、かつての輝きを失っていく。 

 輝いていた瞳は……意思を持たない、透明なものへと変貌した。


 ――――。


 ――夢を見た。

 私はおとーさんを殺して、研究所に戻ってからも沢山人を殺して、森に送られてからも数えきれないくらいの人を殺して、もう自分の体に抗うことも止めて、考える事を止めていた――そんなとき、私は夢を見た。


 その夢の中では、知らない男が、自分の妻を剣で殺して泣いていた。

 それを見ている子供も泣いていた。

 これは、さっき森に来た少年の記憶……?

 なぜかは分からないが……そう思った。


 ――――。


 ――視界が明るくなっていく。

 まず視界に映ったのは見慣れた森だった。足元に拡がる血溜まり。

 ここまではいつも通りだったが――


「……からだ……動く?」


 自分の体が自分の思いのままに動く。

 当たり前のことではあるが、私には有り得ないことだった。

 混乱の中、ふと首筋に違和感を覚えて手を後ろに回す――どさり、と何かが落ちる音が聞こえた。

 後ろを振り向いた私が見たものは、両手足が見るも無残にぐちゃぐちゃに成り果てた少年だった。

 その少年はどこか遠くへ視線を彷徨わせたまま、声もなく、泣いていた。


 その少年を見た瞬間、私の体には電撃に打たれたように衝撃が走った。

 そして理屈ではなく感覚が理解した。

 ――――私は、この少年に救われたのだと。



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