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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第四部 解き放たれた世界
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八四話 消失する存在

 図書館の館長室。

 館長である造神だけが出入り可能な部屋の中には、多くの本棚が存在している。

 だが重要なのは本棚に収納してある本ではなく、この館長室という場所だ。


 この場所で、〔造神が所持していたカード〕を利用する事が重要となる。

 ……素直になった造神から譲り受けた物だが、若干の強盗感がないでもない。


 まぁそれはそれとして、手に入れたカードは一見すると何の変哲もないものだ。

 文字も記載されていなければ絵も描かれていない、ただの透明なカードだ。

 しかし実は、この透明なカードこそが僕たちが探し求めていたカギになる。

 カギと言っても手掛かりという意味ではなく、文字通りの〔鍵〕だ。


 造神曰く――館長室という特定の場所でカードに魔力を流すことにより〔神の世界への転移〕が発生するとのことなのだ。


 そう、()()だ。


 実例は少ないが、神持ちの魔術の一部で転移を実現するものはある。

 僕が出会った中では影神持ちの影術がそれだ。

 影神の影術は影から影への転移を可能としており、影神は転移を悪用して僕の暗殺を試みたのだ。……希少で有用な魔術だっただけに悪人に持たしておくには勿体ない魔術だった。


 影術も含めて、僕の知る転移は全てが神持ちの行使する魔術によるものだ。

 神持ちの魔術でも珍しいのに、魔道具の類で転移という話は聞いたことがない。

 このカードは複数の神が協力して創り上げたものらしいので、一般的な魔道具職人が作る魔道具とは一線を画しているという事なのだろう。


 造神もカードの製作に携わっていたとの話だが、その能力は正しいことに活かしてほしかったものである。……なにしろあの忌まわしき〔首輪〕も造神のお手製だったらしいのだ。


 実のところ造神は、特殊な魔道具の製作に関わっていただけではなく〔箱世界の創生〕にも関わっていたほどの大物だったようだ。


 神の中でも古株の存在であり、ここ図書館で箱世界の門番の役割も担っていた。

 この世界と神の世界を行き来する為には館長室を経由する必要があるので、造神は図書館の館長という立場で常駐していたのだ。

 かつて呪神が〔自分の代わりは魔大陸から来訪する〕と言っていたのは、この図書館経由で神が来訪することによるものだろう。


 ちなみに、一般人がこのカードを手に入れたところで使い道がない。

 なにしろ転移には〔神相当の魔力〕が必要だという話だ。……僕やフェニィは高い水準の魔力量を有しているが、それでも呪神や造神の魔力量には遠く及ばない。

 彼らの人格はともかく、神を名乗るだけあってその魔力量は隔絶していた。


 だが、僕にカードが使えずとも問題はない。

 ここには僕どころか神をも凌駕する存在がいる。


 ――――。


「よろしいですか、にぃさま?」

「うん。いつでも大丈夫だよ」


 神よりも神っている存在、セレン。

 可愛い妹の隔絶した魔力をもってすれば、神相当の魔力が必要なカードであっても利用することが可能というわけだ。


 僕たちはセレンを中心に手を繋いでいるが、これは趣味によるものではない。

 このカードは使用者に触れている人間も転移対象になるらしいので、こうして物理的に接触する必要があるのだ。……最近はセレンと手を繋ごうとすると避けられる事が多いので正直嬉しかったりもする。

 

 これから僕たちは未知の世界に行くことになる。

 当然の如く不安はあるが、神の世界へ行く手段を手に入れておきながら使わないという選択肢はない。それは仲間たちも同じ意見だ。


 それに、呪神の口ぶりから神の世界が存在することは前もって予想していた。

 この期に及んで恐れをなす者がいるはずもない。


 セレンが「始めます」と宣言した直後、カードに膨大な魔力が注ぎ込まれる。

 そして、セレンの言葉を最後に――――僕たちは世界から消えた。


 ――――。


 ()()

 最初に感じたのは、それだった。


 一瞬の内に僕の視界は一変していた。

 無事に転移が成功していることは明らかなので、それ自体は喜ばしいことだ。

 しかし目に映る光景の変化に喜ぶよりも、部屋の魔力濃度の高さが気になった。


 濃い深緑の香りや海岸の潮の匂いなど、単体では気にならない類の匂い。

 これらの無害な匂いが複合することで不快な匂いになっているような感覚だ。

 僕たちには魔力耐性があるので軽い不快感を覚える程度で済んでいるが、常人ならば意識を失うほどの魔力が室内に満たされている。


 転移した部屋は、天井から床まで水晶のように透き通った綺麗な部屋だ。

 部屋には扉すら存在しておらず、部屋の中心には小さな立方体があるだけだ。


 一辺三十センチほどの立方体。

 床がそのまませり上がって接続されているような台座の上――そこに水晶を色濃くした立方体が繋がっている。


 実はこれこそが、()()()()()()()


 事前に造神から聞いてはいたが……神々が『箱』と呼ぶ僕たちの世界は、その言葉通りに箱のような外観だ。

 世界がこの小さな箱に収まっていると考えると、この箱ばかりか部屋全体が神聖な場であるような気がしてくる。


「う~ん、この部屋の材質はなんだろうね?」


 だが汚してはならない場所であるように思っていたのは、僕だけだったようだ。

 ルピィは水晶のように透き通った壁に興味を持ったのか、部屋の壁をナイフで削ろうとしている……マナーの悪い観光客のようじゃないか!


「ちょっとちょっとルピィさん、話し合いの為に訪問したことを忘れたのかな?」


 そう、僕たちは神と交渉する為にやって来たのだ。

 訪問先の自宅を削ってから話し合いに挑むなどとは、もはや非常識という言葉では語り尽くせないほどの蛮行だ。


「大丈夫だよアイス君。ちょっとだけだからさ」


 少量なら構わないという問題ではない。

 観光客の全てが『少しだけなら……』という安易な気持ちで観光地を傷付けていけば、積もり積もって取り返しのつかないダメージを与えることになる。


 なにより、交渉を控えているのに心証を悪くするような真似は言語道断だ。


 神との交渉。国同士が不可侵条約を結ぶかのように、僕は異なる世界間での不干渉条約を結びたいと考えている。

 もちろん交渉をする相手も重要だ。

 せっかく神の世界まで来たのだから、神の中でも上位の存在――〔女王〕と直接交渉することが望ましい。


 そう、()()()()

 呪神や造神の話からすると、刻神が女王であることは間違いない。

 刻神。つまりはセレンに加護を与えた神だ。


 女王との交渉を望んでいるのはトップと交渉したいという実利的な面はあるが、セレンに加護を与えるという見所のある神なので、呪神たちに比べれば話が通じる可能性は高いと予想しているからだ。


 問題があるとすれば……その女王の所在地が分からないという事だ。


 造神から『会いたいと願えば会える』と難解な答えを教えてもらっているが、そんな〔信じれば夢は叶う〕みたいな抽象的な方法を教えてもらっても困るのだ。

 もちろん詳細を聞こうとはしたが……造神は深刻なコミュニケーション障害らしく、他に説明する言葉を持ってなかったので諦めざるを得なかった。


 しかし本当にどうしたものだろう……?

 現状では、この水晶の部屋から穏便に出ていく手段すら分からないのだ。


 このままでは壁を破壊しながら『女王はいますかーっ!』と大声で呼び掛けながら進んでいくしかない……。無頼漢が殴り込みにやって来たみたいなので避けたかったが、他に手がないようであれば致し方ないだろう。


 しかし、僕が決断を下す直前に――セレンから予想外の言葉が出てきた。


「にぃさま。刻神、女王の居場所ならば私に分かります」


 暗中模索の女王探しを覚悟していたところに、セレンからの救いの光だ。

 セレンが無根拠な発言をするわけがないので、何らかの確信があるのだろう。


「初めて来た場所なのに女王の場所が分かるの? いやぁ、やっぱりセレンは凄いなぁ可愛いなぁ」


 僕がセレンの言葉を疑うはずもない。

 わざわざ根拠を聞くまでもなくセレンを褒め称えてしまうのも当然だ。


 しかしセレンばかりを褒め過ぎたのがいけなかったのか、負けず嫌いなアイファが対抗するように声を上げる。


「アイス、私にも分かっているぞ。こっちに何かがいることは先刻承知だ!」


 アイファが声高に主張して指を差したのは、部屋の斜め下の方角だ。

 水晶のように透き通った部屋ではあるが、永遠と先が見通せない空間でもあるので、アイファの発言の真偽は分からない。


 何かしらの確証があるのかアイファは自信満々の様子だが、セレンの向いている方向とは異なっているので僕的には信頼度が低い。

 そこで、ルピィがやんわりと指摘する。


「アイファちゃん、多分それは〔槍神〕だと思うよ? ボクもこっちの方に大きな存在を感じるけど、これは〔盗神〕なんだと思う」


 なるほど……。

 察するに、加護の元となった神の居場所が知覚出来ているというわけか。

 僕には分からない感覚なのだが、この世界には魔力が満ちているので空間を伝って神と繋っている可能性はある。


 仲間を見渡せばフェニィだけが憮然とした様子でいるが、僕と同じく新種の神持ちなので繋がりのある神を感知できないのだろう。

 元々疑っていなかったが、これでセレンの発言に信憑性が増したことになる。


 居場所に見当がついたなら、後は女王の居場所に至るまでの移動手段だけだ。


 なにしろこの部屋は、窓どころか扉も存在しないという不親切設計なのだ。

 本当に壁を破壊したくなるところだが……それはやはり最終手段にすべきだ。


 訪問先の破壊が交渉に悪影響を与えるという事だけではなく、この水晶に似た壁には魔導具のように魔力が通っているのだ。

 構造が複雑すぎて魔力が視える僕にも全容が読み取れないので、迂闊に壁を破壊すると想像以上の被害が出る可能性がある。


 ただ、幸いと言うべきか……壁と床は〔箱〕にも繋がっているが、僕の感覚的には壁の破壊が箱世界に影響を及ぼすような事は無いはずだ。

 

 だが焦りは禁物だ。

 強硬手段に移るのは、しばらく待機して神側の反応を待ってからでも遅くない。


 寿命が無い存在なので時間の感覚も違うという懸念はあるが、少しくらい待ってみても損はない。……さすがに一カ月後くらいに『ようこそ客人!』とやって来ても手遅れだが。


明日も夜に投稿予定。

次回、八五話〔定められた邂逅〕

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