八二話 平和的な生け捕り
持ち上がる神の痴呆症疑惑。
造神との交渉を諦めて、ここは他の神を紹介してもらうべきなのか……?
しかしお爺さんの友人ということで、その神もお爺さんである可能性が高い。
『おお、久し振りじゃのぉ…………誰じゃったかな?』――そう、紹介される神も痴呆症仲間の恐れがあるのだ!
僕が恐ろしい神事情に戦慄していると、無反応な造神に動きがあった。
不意に、無感情な声で宣言したのだ。
「――これからお前たちを皆殺しにする。箱人たちよ、抗え」
うむ、まったく理解できない展開である。
自己中心的だからなのか痴呆症だからなのかは分からないが、母さんの名前を聞かれて答えたと思ったら突然の〔皆殺し宣言〕だ。
『皆殺し』が口癖であるブルさんの方がよほど会話が成立するというものだ。
造神は対話が難しそうな相手だと思っていたが、これは余りにも酷過ぎる。
そして、箱人。
呪神もそう口にしていたが、神はこの世界に住む人間を〔下等な存在〕だと認識している節がある。この特権意識こそが、僕とまともに対話が成立しない要因となっているのだろう。
だが、伝えるべき事は伝えなくてはならない。
「あの……僕は殺し合いをしたいわけではなく、世界への干渉を止めてもらいたいだけなのですが」
造神は好戦的だが、平和主義者である僕としては無益な殺生は好ましくない。
造神から返答が返ってくることは半ば諦めていても、平和の伝道師として思いの丈を言わずにはいられないのだ。
しかし意外にも造神から応えが返ってきた。
「お前は家畜から助命を嘆願されて聞き入れるのか?」
養豚場の豚さんに『食べないでほしいブヒ』と言われたら心情的に食べられなくなるが、造神が言っているのはそういう事では無いだろう。
〔食べる為に育てたのだから食べるのは当たり前〕という事を言っているのだ。
つまるところ――神の娯楽の為に〔箱〕という世界を創ったのだから、僕たちの意思を考慮する必要は無いという事だ。
そうなると、皆殺しを宣言して『抗え』と言っている理由も想像はつく。
おそらくこれは造神にとって娯楽の一環だ。
刺激を求めている神からすれば一方的に殲滅するのはつまらないという事だ。
呪神もそうだったが、この老人も自分が敗北することを微塵も考えていない。
長い歳月を持て余していたのか、造神の立ち姿を一見しただけで武術の心得があることは分かる。その性質こそ戦闘系ではないが、膨大な魔力と練度の高そうな戦闘技術はそれなりに脅威だ。
だが、あくまでもそれなりだ。
一対一で闘っても負ける気はしないが、そんな事をする必要性は無い。
造神は僕たちを皆殺しにすると言っているくらいなので、こちらが全員で襲い掛かっても文句を言われる筋合いはないだろう。
老人一人を袋叩きにするというのは絵面が悪いのだが、見た目に惑わされて怪我を負わされるような事態は避けるべきだ。
「話が通じないようであれば仕方ないですね……。僕たちも容赦はしません」
「――じゃ、ボクからやろうかな」
ルピィは開戦の合図をするように、電光石火の早業でナイフを投げた。
一動作で放たれた三本のナイフ。
常人であればそれで決着がつくであろう投擲だ。
しかし敵は見た目通りの老人ではない。
ルピィの僅かな動作を見て軌道を察したのか、造神は身体を捻って飛来する刃を回避する――そう、こちらの思惑通りに。
そもそもナイフを投げる際にわざわざ宣言する必要はないし、今回は投げたナイフを刻術で加速するような事もしていない。
これは回避される事が前提の攻撃だ。
造神はナイフを躱して体勢が崩れていた。
そしてその致命的な隙に、フェニィが尋常ならざる瞬発力で詰めている。
――ひゅっひゅっ。
フェニィは容赦なく魔爪を振るった。
相手の外見が老人であっても手心を加えるようなフェニィではない。
目覚ましい速度で振るわれた魔爪が消えた直後――造神の両腕がゴトンと音を立てて図書館の床に転がった。
うむ、予定通りの平和的な生け捕りだ。
ルピィが相手の力量を見極めてギリギリ躱せる程度のナイフを投げ、フェニィがその隙を逃さずに仕留めるというわけだ。
仮にフェニィの攻撃が対処されていても、まだ仲間の波状攻撃が残っていた。
普段は戦闘意欲の低いマカでさえ後方に控えていてくれたので死角はない。
事態がどう転んでも、僕たちの勝利は微塵も揺るがなかったはずだ。
単純に殺害だけが目的ならルピィの初撃で決めることも可能だったが、これはこの神を成敗してそれで解決するという話ではない。
造神は全く話にならなかったが、呪神や造神の意見が神の総意だとは思えない。
神にも個体差があるのは明らかなので、話の通じる神が存在する可能性はある。
だが、神々への接触方法が分からないことには交渉を持ちかけるどころではないので、情報を引き出す為にも生け捕りにする必要性があったのだ。
しかしこの造神……両腕を切り落とされたのに眉ひとつ動かしていない。
感情がほとんど無くなっているようではあったが、痛みを感じていない様子からすると痛覚も残っていないらしい。
それでも、造神は両腕が消えたことで戦意も消えているような様相だ。
今なら質問に答えてくれるだろうか……?
「はい、これで終わりです。勝者の特権というわけではないですが……いくつか質問させてもらいますね」
僕は造神に質問を始めた。
しかし、予想通りと言うべきか……造神は無表情のまま口を開かない。
両腕を失くしたことで交戦意思は霧散しているようだが、質問に対しての反応が全く無い。無機物に話し掛けているような虚しさがあるばかりだ。
一度だけ造神から反応があったのは、僕がある単語を口に出した時だった。
「どうか他の神と接触する方法を教えてもらえませんか? 可能ならば〔女王〕と会いたいと思っているのですが」
「――そうか。やはり呪神は敗れたようだな」
呪神が口にしていた『女王』という言葉。
神の頂点に立つ存在ではないか、と当たりをつけて交渉相手の候補として挙げてみると、押し黙っていた造神が初めて口を開いたのだ。
会話が成立していないようではあるが、これは僕の口から『女王』という単語が出てきたことで、呪神と僕が接触したことを察したのだろう。
そして呪神が音信不通となって僕がこの場に存在しているという事実から、造神は呪神の敗北を察したということだ。
これは僕にとって有益な情報の一つだ。
この一連のやり取りによって、呪神が死亡した事実が神々に伝わっていないのが確認出来たことになるのだ。
その後、共通の知人に関する話題なら口が軽くなるのかな? と思って、呪神絡みの話題を色々振ってはみたものの……造神に反応があったのは女王の単語が出た時だけだった。
「呪神は不慮の事故で爆発しちゃったんですよ」と死因について教えてあげても、造神は興味が無いかのように返事を返さないのだ。
しかしこれは参った……。
生きているのか疑わしくなるほど反応が全く無い相手だ。これでは悪態をついて口を割らない盗賊を相手にする方がよほど楽だと言える。
会話巧者の僕であっても、木石のような相手となると一筋縄ではいかないのだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、八三話〔屈服の暗黒〕