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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第四部 解き放たれた世界
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八一話 捉えた異分子

 僕たちは学園を再訪していた。

 と言っても、今回は前回と違って学園見学に訪れているわけではない。


 現状、僕たちの神探しは完全に行き詰まっている状況となっている。

 獣国の政府関係者ばかりか企業の会長などの権力者付近を探っているが、ことごとく空振りに終わっている結果だ。


 半ば神との接触を諦めつつあるのが本音だが……しかし、ここまで来ておいて成果ゼロで獣国を発つわけにはいかない。

 そこで苦肉の策として、〔学園図書館〕に文献漁りに来た次第だ。


 学園図書館――その名の通り学園敷地内にある図書館であり、獣国最大の蔵書を誇る図書館でもある。

 獣国最大の図書館でありながら学園関係者しか利用できないという制約があるのだが、僕たちは学園見学という名目で学園入りを果たしているので問題無い。


 ちなみに今回は、案内が不要ということからクーチャは同行していない。

 本人は非常に不本意そうなのだが、一応は獣国の英雄扱いを受けているわけなので多忙な身の上だ。この程度の些事に付き合わせるのは心苦しい。

 それに今回は調べ物が目的なのでクーチャの手を借りるまでもない。 


 そして学園を訪れるとなれば、教え子である生徒たちに顔を見せたいところなのだが……僕が教室に向かおうとした途端、レットから『やめろ、本当にやめろ!』と退職を迫るパワハラ上司のように言われたので諦めざるを得なかった。


 おそらくレットは、僕が顔を見せることで今は亡き虎耳君の顔を想起させてしまうことを危惧したのだろう。

 彼らなら級友の死を乗り越えてくれると確信しているのだが、心配性なレットの心情を汲み取らないわけにはいかない。


 教え子である馬耳君に『アイス先生、また来てくれたんですね!』と歓迎されるのを楽しみにしていたが、今回は断念せざるを得ない。

 教え子も大事ではあるものの、神探しを優先すべきであることも確かなのだ。


 図書館で文献漁りとは迂遠な手段ではあるが、決して無駄にはならないはずだ。

 この図書館で神に関する手掛かりが見つかる事自体は確信している。

 なにしろ相手は神――永遠を生きる存在だ。


 あの呪神も〔悪魔〕という名で記録に残っていたくらいなので、この魔大陸でも古い文献に神の痕跡が残っている可能性は極めて高い。

 本当はこんな面倒な真似は避けたかったのだが、直接探して見つからないなら小さな手掛かりから探すしかないのだ。


 幸いと言うべきか、僕やルピィばかりかセレンやレットも速読に秀でている。

 主だった文献に目を通すだけなら、それほど時間は掛からない事だろう。……もちろんフェニィやアイファは戦力外だ。


 ――――。


 しかし結果的には、僕たちが文献漁りをする必要性は無くなった。


 僕らが図書館に足を踏み入れた時には、館内に教師や生徒の気配は無かった。

 今は授業中なので、学園の図書館ということを考えれば人がいないのは当然だ。

 館内には司書らしきお爺さんが一人しかいない。


 僕はお爺さんに声を掛ける――


「こんにちは()()()()()()。ようやく、会えましたね」

「!?」


 僕の言葉を聞いた直後、仲間たちが一瞬で警戒態勢を整えた。

 神は不老の存在と聞いていたので、老けていても三十代くらいの外見だろうと想定していたが、意外にも遭遇した神はご老体だ。


 だが、これほどの膨大な魔力を見間違えるはずがない。

 神持ちをも遥かに凌駕するような魔力。

 こんな逸脱した存在が、ただの図書館の司書であるはずがないのだ。


 恐るべきは――この老人は呪神に匹敵するほどの魔力を有しながら、完全にその魔力を制御していることにある。

 一見すると無力な老人のようだが、魔力操作の巧みさからして呪神より手強い相手だと考えるべきだろう。


 まさか神との接触を諦めかけたところで遭遇するとは思わなかったが、考えてみれば〔学園関係者しか利用しない図書館〕というのは潜伏場所としては悪くない。

 適度に目立たず、適度に国の情勢が聞こえてくる場所だと言えるだろう。


「神、ですか……?」


 どうやらこの老人、しらばっくれるつもりでいるらしい。

 魔力が視えなければ変哲のない老人にしか見えないところだが……僕からすれば、これほど異質な存在が平凡な老人を装っていることに脅威を覚える。


 ここは神であることを認めさせるのが先決か。


「僕には魔力が視えますので誤魔化しても無駄ですよ。どうかご安心を、こちらから危害を加えるつもりはありません」


 僕は平和的交渉をする為に神を探していたのであって、神を根絶やしにする為に探していたわけではない。

 世界に干渉さえされなければ、個人的にはどうでもいい存在ではあるのだ。


 しかし……僕の発言を聞いても、老人は困惑しているような顔のままだ。

 魔力が視えていなければ『人違い?』と思ってしまうほどの反応だが、僕から言わせれば白々しい事この上ない。


 そこで、ルピィが僕の発言の補強に加わった。


「ねぇねぇ、なんで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 僕とセレンの顔を見て驚いていた……?

 僕は気が付かなかったが、ルピィが言うからには真実なのだろう。


 神々にとっては観測障害の影響で僕の人相を確認することは困難だったはずだが、僕は〔アイス=クーデルンカード〕なるものを発売している。

 直接観えずとも、神が僕の顔を見知っていてもおかしくはない。


「はて、なんのことやら……」

「――やめろ」


 老人はしらを切ろうとしたようだったが――レットがそれを許せなかった。

 嘘を吐いたというよりはトボけようとした雰囲気ではあったものの、僕の親友は僅かな誤魔化しも許さない。


「おっと、言い忘れましたが彼は人の嘘が見抜けるんですよ。ふふ……言うまでもなくご存知でしたかね?」


 神々の間で僕の存在は知られているだろうし、僕が裁定神持ちと一緒に行動している事も知られている可能性は高い。

 帝国旅行の際などはレットを前面に押し出して行動していたので尚更だ。


 レットの存在が最後のひと押しだったのか――老人は別人のように変化する。

 図書館の司書としての無力な老人の仮面を外し、〔神〕は僕の眼前に現れた。


 それは、仮面を取ったというよりは仮面を着けたような変化だ。

 困惑していた老人はそこにいない。

 そこにいるのは、人間らしい感情が感じられない木石のような存在だ。


「――裁定神の加護持ちか。存外に精度が高いようだ」


 軽くトボけようとしただけで見抜かれたことを意外に思っているらしい。

 ただ口調こそ意外そうではあるが、人としての心の動きを感じさせない。


 人間でも年を取れば取るほど感情が薄くなる。

 長く生きることで未知の経験が減っていき、物事に対する新鮮味が無くなっていくと考えれば、ある意味では自然な事だ。


 この老人を見た今なら分かる。

 僕が出会った呪神という神は、この老人に比べれば遥かに若い個体だった。

 呪神も感情豊かとは言えなかったが、まだ感情と呼べるものは残っていた。

 だがこの老人は、死体が喋っているような感覚を覚えるほどに手応えがない。


 これを相手に交渉は難しそうだ……いや、やる前から諦めていては駄目だ。


「言わずともご存知でしょうが、自己紹介をさせてもらいます。僕の名はアイス=クーデルン。――あなたは?」

「…………」


 予想はしていたが、この老人は僕とコミュニケーションを取る気はないようだ。

 呪神も一方的に喋り続けているような相手だったので、もしかしたら神にはコミュ障が多いのかも知れない。

 だが会話巧者の僕を甘く見てもらっては困る。


「なるほど……〔造神〕ですか。生産系の極みのような性質ですね」


 もちろん老人は一言も喋っていない。

 相手が口を開かないなら勝手に会話を成立させてしまうだけである。


 そして僕の見立てでは、この老人は造神だ。

 以前に視たことのある〔造の加護持ち〕と魔力の性質が酷似している。

 老人は何も答えないが、おそらく僕の推測は正解していることだろう。


 だが正体を看破したはずなのに、造神からは感情の揺らぎが感じられない。

 何が気になるのか、老人は無言で僕を観察しているままだ。


 僕が交渉を諦めつつあったその時――造神がおもむろに口を開く。


「――お前の()()の名はなんだ?」


 母親……?

 武神の父さんの事ならともかく、なぜここで母さんの話題が出てくるのか?


 サーレ=クーデルン――港街ポトの出身であり、王都では神官長を務めていた。

 治癒の加護持ちでありながら戦闘の腕も立ち、父さん以外の人間には負けたことがないと言っていたほどだ。……真偽は不明だが。

 しかし破天荒な母さんだったが、神の興味を引くほどの理由は思い当たらない。


 そういえば……ルピィは〔僕とセレンの顔を見て驚いていた〕と言っていた。

 僕とセレンは母さんに顔立ちがよく似ている。


 母さんは身寄りのない孤児だったと聞いているが、もしかすると造神は母さんの素性に心当たりがあるのかも知れない。

 それも感情が希薄になっているはずの神が〔驚く〕ほどなのだから、家族として興味を引かれるところではある。


「僕の母さんはサーレ、サーレ=クーデルンですよ。もしかして母さんを知っているのですか?」

「……」


 僕の声が聞こえているのかいないのか、造神は完全に無反応だ。

 老人からは生気が感じられないので、まるで死体に向かって話し掛けているかのようである。……それはアイファの得意技なのに!


 ……いや、待てよ。 


 もしかすると、この老人は〔痴呆症〕なのではないだろうか……?

 神は不老と聞いていたが、この造神は明らかに肉体年齢が全盛期を過ぎている。

 つまりこの神は、年を取ってから不老になったという可能性が存在するのだ。


 これはまずい事態だな……。

 痴呆症の老人が相手となると、協議をする上では致命的な問題がある。


 仮に『もうこの世界に干渉しないでください』とお願いして、老人に『よかろう』と約束してもらったとしても安心できない。

 翌日に再会した時に『お主、誰じゃったかの?』などと言われてしまったら骨折り損のくたびれ儲けだ……!


明日も夜に投稿予定。

次回、八二話〔平和的な生け捕り〕

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