八十話 サプライズお土産
「はぁぁ、気が進まぬのぉ……」
僕たちの眼前には立派なお屋敷。
お屋敷の玄関前で、ネイトさんは決心がつかないかのように足踏みをしている。
誰もが嫌がりそうな仕事だけあってネイトさんも尻込みしているらしい。
その望まれない仕事とは――そう、虎耳君の死亡事故を遺族に伝えることだ。
現在僕たちが訪れている立派なお屋敷は、虎耳君の実家というわけである。
「……アイス、妾が軍国へ行く話を忘れるでないぞ」
どうやら軍国に行くことをモチベーションにしてくれているようだ。
軍国出身の僕としては素直に嬉しい。
「もちろんですよネイトさん。嫌だと言っても強引に攫ってしまいますよ!」
「ほっほぉ、アイスは妙なところで強引だの。……しかしそれも悪くないぞよ」
ネイトさんは軍国旅行を楽しみにしてくれているらしく、今後の展開に関わらず軍国へ行くことに前向きだ。
まだ代表の任期中であるにも関わらず、海外視察という名目で僕たちの帰国に付いてきてくれるらしい。……神持ちらしく自由な代表さんだ。
今回は旅行ということで、将来的にネイトさんが軍国へ移り住むことになるかは分からないが、この機会に王都の良い所をアピールしたいところだ。
僕とは波長が合うところがある人なので離れ離れになるのは惜しいのだ。
そういえば……帰国の船に同乗するとなるとブルさんも同じ船となるはずだが、獣国の代表的には〔熊神〕に思うところがあったりするのだろうか?
直前まで伏せておいて『同じ船に乗る熊神さんです!』とサプライズ紹介してみるのも面白いかもしれないなぁ……。
「ほらほら、家の前で遊んでないで行くよ!」
おっと、ルピィに注意されてしまった。
しかし反論の余地もないほどに正論だ。
家族に訃報を伝える為に来たにも関わらず、あろうことか僕たちは被害者宅の前で旅行計画を歓談していたのだ。
こんな所を家人に目撃されたら僕たちが不謹慎な人間だと誤解されかねない。
僕と話している内にネイトさんは余裕を取り戻してきたようであるし、そろそろ重い足を動かしてのお屋敷訪問の頃合いだろう。
――――。
「これはこれは相変わらずお美しい。本日は代表自ら何用ですかなぁ? ぐふっぐふふっ……」
お屋敷の主は人品よろしくない人物だった。
虎耳君の傲慢な素行から考えると、彼の父親が人格者である可能性は低いと想定していたが、悪い意味で予想を裏切らない人物だ。
ネイトさんは不仲だと言っていたのだが、この様子からすると男がネイトさんに言い寄ってきているのを拒絶している関係のようだ。
好色そうな男の視線に、ネイトさんは不愉快を示すように眉を顰めている。
奥さんがいるはずなのに良いのだろうか? と思うところだが、この男は虎耳君の父親だが結婚して奥さんがいるわけではない。
この男は多くの愛人と子供を持っており、子供の中でも優秀な者のみを学園に通わせているとのことだ。……加護を持たない子供は奴隷同然の扱いをしているらしいので一般的な家庭とは言い難いだろう。
ネイトさんをねっとり見ながら横目でフェニィやルピィにも視線を送っているので、僕としても好感の持てる相手ではない。
ちなみに今回の被害者宅訪問は、仲間ではフェニィとルピィだけを伴っている。
大勢で押し掛けるのは非礼だろうという事で、実行犯であるフェニィと不測の事態では頼りになるルピィの二人だけだ。
レットにも同行をお願いすべきか迷うところだったが……事前の調査で虎耳君の父親は悪い噂の多い男だと聞いていた。
悪人を嫌悪するレットでは『喰らえ、裁定神パンチ!』と成敗してしまうかも知れないので、なにかと融通が効くルピィにお出まし願ったわけである。
さて――ネイトさんの力で虎耳君ファーザーと対面出来たわけだが、ここからは僕の方から説明すべきだろう。
「失礼、ここから先は僕の方から。申し上げ辛いのですが、本日は大変残念なことをお知らせに参りました」
「なんだ貴様は、人国の奴隷解放に協力したくらいでつけ上がるなよ。ワシは男に用は無い。今すぐ消え失せろ!」
うむ、正直過ぎるほどに正直な男だ。
ネイトさんから僕の紹介を受けている時から仏頂面をしていたが、面と向かって堂々と男を排除しようとしている。
しかしこの程度の拒絶を受けたくらいで僕はへこたれたりしない。
ふふ……ここは早速秘密兵器の出番だ。
「まぁまぁ、そう仰らずに。大した物ではありませんので恐縮ですが、今日はお土産もお持ちしてるんですよ」
僕は笑顔で暴言を受け流しつつ、愛用の大きなバッグをテーブルの上に置く。
性格に難ありの人物との噂なので、ご機嫌取り用のお土産を準備していたのだ。
男が訝しげに見てくる中、僕はバッグから一つ目のお土産を取り出す。
「暑い時期にはやっぱりこれですよね。――はい、よく冷えたスイカです!」
そう、皆大好きスイカである。
男嫌いでも何が嫌いでも、スイカが嫌いな人間はこの世には存在しない。
お屋敷の訪問前に一玉買っておいたばかりか、すぐに美味しく食べられるように凍術で冷やしておいたのである。
「ふん、殊勝な心掛けだな。それを置いたらとっとと失せろ」
スイカのお土産には一定の効果はあったようだが、残念ながら僕と会話をする態勢にまでは至らなかったらしい。
しかし、僕のお土産攻勢にはまだ続きがある。
言うなればこのスイカは前座であり、この後に本命が控えているのだ。
「おっと、焦ってはいけません。まだもう一つあるんですよ」
僕はごそごそとバッグを漁る。
バッグがまだ微妙に膨らんでいるので、おそらくこの男はもう一つスイカが出てくるものと思っているはずだ。
ところがどっこい、サプライズ名人の僕は展開を読ませたりはしない。
「はい、ジャジャジャーン――息子さんです!」
「おぅわぁぁぁっ!?」
僕が取り出したのは虎耳君。
そう、フェニィに切断された生首である……!
最初にスイカを見せて、次もまたスイカかと思わせておいて――まさかの息子!
世界広しと言えども、この型破りな展開を読める人間がいるはずもない。
おっと、まずは虎耳君について説明が必要か。
「大変残念ながら、息子さんは実習中の事故で亡くなってしまったんです。でもご安心を、ご覧くださいこの嫌らしい笑顔。きっと息子さんは痛みを感じる間もなく逝ったことでしょう!」
この首を持参したのは学園の遺体返却に協力する目的もあるが、虎耳君は幸せな状態で亡くなったという事を伝えたかったのが大きい。
言葉で伝えずとも、この虎耳君の嫌らしい笑顔を見れば一目瞭然だ。
この傲慢な笑みを浮かべた生首、これこそが彼の最期を雄弁に物語っている。
僕による粋なサプライズは部屋中の人々を震撼させていた。
虎耳君ファーザーは色欲に塗れた顔をしていたが、あっという間に煩悩が退散したらしく、突然のマイサン登場に驚きすぎて椅子から転げ落ちている。
応接室の隅に控えていた女中さんに至っては失神して倒れてしまっている。
……少し刺激が強かったのかも知れない。
お屋敷サイドだけではなく、こちら側のメンバーも大きな反応を示している。
「――たわけっ! スイカ感覚で生首を出すやつがおるか!」
ネイトさんはスパーンと僕の頭を叩くという見事なツッコミだ。
うむ、本格的に遠慮が無くなってきているようなので喜ばしい。
ネイトさんにも虎耳君の持参を伝えていなかったのだが、彼女からは驚愕と同時に手が飛んでくるという好反応だ。
ルピィとフェニィに関しては想定通りの反応だ。
そもそも二人は死体回収に付き合っていたので事前に手土産を把握していた。
例によってサプライズが大好きなルピィは爆笑しているし、フェニィは生首よりも冷えたスイカの方が気になるらしく無言でスイカを凝視している。
混乱の渦中にいる場で、ネイトさんが平静さを装いながら言葉を告げる。
「さ、さて、ご子息の遺体も届けたことじゃ。妾たちはこれでお暇しようかの」
どうやらこのネイトさん、何事も無かったような顔をして帰るつもりらしい。
この若さで一国の代表を務めているだけあって中々に面の皮が厚い。
なにしろ〔サプライズお土産作戦〕は失敗に終わってしまったらしく、驚愕から立ち返った男は僕を睨みつけてきている真っ最中なのだ。
男のネガティブな反応を気にすることなく帰ってしまうとは大したものである。
もちろん、虎耳君ファーザーは黙っていない。
「このまま黙って…………いや、そうですなぁ。獣国が運営する学園で子供が一人減ったわけですからなぁ」
だが、青筋を立てていた男の態度は豹変した。
急に何かを思いついたような顔になって嫌らしい笑みを浮かべている。
この好感を持てないような顔は、テーブルに鎮座している息子とそっくりだ。
若い虎耳君より年季を重ねている分、この男の方がより醜悪に見える。
「そうですなぁ……これの代わりとして、代表に私の子供を産んでもらうことで手を打とうではないですか。ぐふふふっ……」
「なっっ!?」
あまりにも下種な発想が出てきた事にネイトさんは絶句している。
この男が子供に愛情を持っていない事は節々から感じていたが、虎耳君の生首を前にして正気を疑うような発言だ。……僕の立場ではあまり強い事を言えないが。
ネイトさんの顔が怒りに歪んでいるが、しかし男に危害を加えていないだけまだ冷静さを保っていると言えるだろう。
僕の仲間たちは無礼な言葉を直接言われたわけではないが、既に誰にも止められないほどに激高しているのが感じ取れる。
フェニィが音もなく立ち上がった。
溶岩が噴出したかのように感じられる動作。
危機意識のある人間ならば、迷うことなく一目散に逃げ出すほどの迫力だ。
しかし、爆発するような憤激を感じ取ったのは僕だけだったようだ。
下卑た表情を浮かべている男は、立ち上がったフェニィに警戒心を見せることなく「ぐふふふっ」と笑っているままだ。
もちろんフェニィ観察の第一人者である僕の見立てに狂いはない。
フェニィは飛び回る虫を手で払うかのように――死滅の猛腕を振るった。
一瞬の光が虎耳君ファーザーに襲いかかり、次の瞬間には男の首が落ちる。
在るべき場所に向かうように首は転がり……テーブルの上で親子の首が並んだ。
ふむ、フェニィが嫌いなタイプの男だったので想定はしていたが、やはりこの結末に収まってしまったようだ。
「なっ、なっっ……」
ネイトさんにとっては驚きの展開だったのか、咄嗟に言葉が出てこない様子だ。
しかし僕からすれば、この結果は想定の範疇に収まっていると言える。
このお屋敷を訪れる前からルピィに当主の事を調べてもらっていたが、噂に違わぬ人物ならば処断してしまう可能性もあると考えていたのだ。
僕は動揺することなく仲間に指示を出す。
「ルピィ、アレをお願い出来るかな? フェニィはその後に死体を焼却で。――僕はスイカを切り分けておくよ!」
「――待てぇい! スイカを切っておる場合か!」
僕らがテキパキと行動を開始すると、呆然としていたネイトさんが我に返った。
こんな男でも獣国の有力者ということで今後の事を心配しているのだろう。
「まぁまぁネイトさん、落ち着いて冷静になってください。ほら、スイカがよく冷えてて美味しいですよ」
「アイスは落ち着きすぎじゃ! まったくなんたる事であろうか……むっ、本当に冷えとるなこのスイカ」
なんだかんだで肝の太いネイトさんは早くも落ち着きを取り戻している。
スイカを食べながら「アイスは凍術まで使えるのか」と知的好奇心を溢れさせている様子からすると、あっという間に平常通りの思考となっているようだ。
満足そうなフェニィやひと仕事終えたルピィと一緒にスイカを食べながら、僕はネイトさんに殺人事件の収拾について説明する。
「ここはひとまずルピィに成りすましてもらって、この死体はフェニィに焼却処分してもらいましょう!」
「こやつ、曇りの無い笑顔でなんという事を言いよるのだ……つまるところ、人国王族の時と同じ措置を取るという事であるな?」
さすがに人国の顛末を知っているネイトさんともなると理解が早い。
顔の型を取ることには少し時間が掛かるが、幸いここは防音の効いた応接室なので時間を稼ぐのは難しくない。
こうなると女中さんが虎耳君の生首に失神してくれたのは好都合だった。
他言無用をお願いすれば、共犯として巻き込む形になるところだったのだ。
そして優秀なネイトさんは理解も早ければ切り替えも早い。
「ふむ、この男が消えたところで誰も困るまい。しかし妙に手慣れておるが……そなたらはこのような事を日常的にやっておるのか?」
おっと、失礼な疑惑をかけられている。
倫理観に乏しいルピィたちならともかく、僕を一緒にされてしまっては困る。
「嫌だなぁネイトさん。さすがにこれは最終手段ですから、過去に実行したのは十回に満たないですよ」
「多過ぎるわっ! まったく、所業も恐ろしいが罪の意識がまるで見えんのが何より恐ろしいわ……まぁ、この男は死んで清々したがの」
文句を言いながらもネイトさんは満足そうだ。
あの様子からすると、以前からセクハラ紛いの事をされていたに違いない。
この男の悪評の中ではセクハラはマシな部類に入るほどなので、変装したルピィにはしばらく活躍してもらう事になりそうだ。
男の悪行を世に公表していき、最終的には失踪という形で消えてもらうのが妥当なところだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、八一話〔捉えた異分子〕




