七九話 取るべき責任
「なにをやっておるのだぁぁぁ……!」
ネイトさんは興奮状態にあった。
激情を抑えられないかのように、僕の両肩を掴んでガクガクと揺さぶっている。
……不謹慎ではあるが、気兼ねなく接してくれることが嬉しかったりもする。
学園見学を終えた僕たちは、その足でネイトさんの元を訪れていた。
例によって神は見つからなかったのだが、学園見学を仲介してくれた彼女に結果報告をすることは最低限の礼儀だ。
神探しの結果報告がてら、模擬戦での不幸な事故についても語って聞かせたところ――ネイトさんは取り乱して僕を責めているというわけである。
少し落ち着いたネイトさんから話を聞いてみると、どうやらフェニィが殺害してしまった虎耳君は獣国の有力者の息子らしい。
獣国の代表を務めるネイトさんとも因縁浅からぬ相手らしく、なにかと衝突する機会が多い有力者とのことだ。
そんな有力者の一人息子を、ネイトさんの紹介で学園見学をしていた僕たちが殺害してしまったわけである。
そもそも学園見学で生徒を殺すということだけでも大問題なのだから、ネイトさんが頭を抱えているのも当然の事だろう。
「まぁまぁネイトさん。過ぎた事を悔やんでも仕方がありません。大事なのはこれからの事ですよ?」
「そなたが言う事ではなかろう!」
優しく建設的な言葉を送ってみたが、却ってネイトさんを興奮させてしまった。
ネイトさんなら『殺したのはたった一人だけかえ?』などと言いかねない奔放さがあったが、話を聞く限りではよほど虎耳君の父親を嫌っているらしい。
その男は大企業の会長とのことだが、ネイトさんは政治的な問題よりも嫌いな相手に頭を下げることが屈辱で悩んでいる節がある。
「ふふ……ご安心をネイトさん。僕も一緒に謝りに行きますから大船に乗ったつもりでいてください!」
「こやつ、どこからその自信が出てきよるのじゃ……」
ちなみにまだ被害者家族に一報は入れていない。
本来ならば学園側がすぐに知らせるべきなのだが、虎耳君の父親は獣国の有力者ということもあって腰が引けているらしい。
獣国代表の紹介した人間が問題を起こしたということもあって、学園はネイトさんに汚れ役を振ってきたような形だ。
しかし……予想以上にネイトさんに心労を与えたようなので申し訳ない。
ネイトさんが罪に問われるような事態にはならないと思うが、ここは責任を持って今後の事も保証しておくべきだろう。
「ネイトさん、もしも獣国で身の置き所がなくなったとしても心配は無用です。――そう、軍国で僕と一緒に暮らしましょう!」
ネイトさんが責任を追及されて代表をクビになったとしても、路頭に迷うことが無いように今後の生活を保障してあげようというわけだ。
彼女ほど優秀な人材が生活に困るような事はないと思うが、ネイトさんにとっては未知の無職生活なので不安を感じていたとしてもおかしくはない。
僕の生活保障宣言が意外だったのか、ネイトさんは著しくうろたえている。
「そ、そ、そっれは、わ、妾と……」
「――ちょっと待ったぁー!!」
ネイトさんが狐耳を極限まで張り詰めさせながらモニョモニョしていると、唐突にルピィのカットインが入った。
僕が責められている時は口を挟まずにニマニマ見ていたのに、ネイトさんの言語が怪しくなったと思ったら突然のトップスピードだ。
しかしルピィは一体どうしたのだろう……?
王都のクーデルン邸には部屋が沢山余っている。
ここから更にネイトさん一人が増えたところで何も問題は無いはずなのだ。
ルピィはテーブルに片足を乗せて口上を放つ。
「自分で居場所を奪っておきながら恩着せがましく囲い込もうだなんて――不届き千万! そんなアコギな真似を見過ごすわけにはいかないね!」
うっっ……たしかにその通りだ。
僕たちの不始末が原因でネイトさんの立場が悪くなっているのだ。
それなのに『軍国で仲良く一緒に暮らしましょう』とは、まったくもって僕にとって都合が良過ぎる話である。
不届き者の代表格みたいなルピィに『不届き千万』などと言われてしまったが、これはたしかに恥知らずな発言だったと認めざるを得ない。
「ごめんなさいネイトさん……僕が間違っていました」
僕は自分の浅慮さを恥じて謝罪する。
己の不明さもそうだが、他ならぬルピィに真っ当な指摘をされたショックも大きく、僕は俯けた顔を上げられない。
そんな下を向く僕の耳に、ネイトさんの舌足らずな声が聞こえてくる。
「わ、わ、わりゃわは、べつに嫌ではな……」
「――何言ってんのアイス君!」
しかしまたもやルピィ暴走車がネイトさんをコース外に弾き飛ばした。
僕はネイトさんに謝罪しただけなのに、ルピィの方こそ何を言っているのか?
ルピィはしたり顔で先を続ける。
「謝る相手が違うでしょ! ちゃんとボクに謝りなさい!!」
なっっ!?
な、なぜルピィに謝る必要があるのだ……!
いや、これはきっと『謝る相手が違う』というフレーズを言いたかっただけだ!
だがしかし、今回はルピィに過ちを指摘してもらったことは事実だ。
納得いかない面は多々あるものの、ここは素直に謝っておくとしよう。
「はい、すみませんでした」
ルピィに謝罪する理由は無いので、言葉に気持ちが乗っていないのは当然だ。
しかしルピィはご満悦で「声が小さい!」などと調子に乗っている。
非常に癪ではあるのだが、この後ルピィの力を借りたいと思っているので対価として屈辱に耐えておくべきだろう……。
明日も夜に投稿予定。
次回、八十話〔サプライズお土産〕




