七八話 起きていた惨劇
模擬戦を終えた僕は第二実習場へ向かっていた。
本当なら他の生徒たちにも稽古をつけてあげたいところだったが……彼らは一致団結したように僕と目を合わせてくれなかったので諦めたのだ。
もちろん、第二実習場に向かう前に馬耳君たちの怪我は治療済みだ。
馬耳君だけは無傷に近かったこともあって、僕からは特に何もしていない。
というより、僕が近付くとまた失禁しそうなほどに怯えていたので自制した。
まぁ、今はまだ興奮冷めやらぬようだが、少し時間を置いて冷静になれば『また模擬戦やりましょう!』と言ってくれる事だろう。
……さて、それにしても第二実習場はどんな様子だろうか?
取り巻きの一人だった獣人君の相手をフェニィが務めているはずだが、うっかり生徒を殺害していないか今更ながら心配になってきた。
フェニィは魔大陸に上陸してから〔真っ二つ禁止令〕を守ってはいる。
守ってはいるのだが……しかし、別の殺害方法でキルしているだけなので凄惨な結果は何も変わっていないのだ。
良識人のレットが同行しているとはいえ、僕の胸中に不安が残るのは当然だ。
第二実習場へ向かっている先生たちの顔色は優れないのだから、これ以上彼らの心に負担をかけたくないものである。
そう――先生も生徒たちも実習継続の意思が無いらしく、早々に模擬戦を切り上げて全員で第二実習場に向かっている次第だ。
考えてみれば、僕たちは見学に訪れているはずなのに実習の邪魔をしているような気が……いや、教師も公認していたので何も問題は無いはずだ。
模擬戦後の重い空気を吹き飛ばすべく――『血を吐いた彼、結構血行が良いですね!』と僕が軽いジョークを飛ばした時も、『は、ははは……』と先生は笑っていたので気を悪くしているはずがない。
――――。
第二実習場は屋内に存在した。
実習専用の建物らしいので実習場というよりは実習館と言ったところだ。
雨天時の実習を想定して設けられているようだが、この一点だけでも獣国が学園運営に力を入れている事がよく分かるというものだ。
死傷者が出ていないと良いなぁ……と、ささやかで慎ましい願いを込めながら、僕は実習館の重厚な扉を開ける。
実習館の中。ここは第一実習場とは違って戦闘用の舞台は存在していない。
見たところ、白線で区分けされている場所が舞台代わりになっているようだ。
そして一見する限りでは、実習館の中で戦闘は行われておらず、死体が山積みになっているような惨事は発生していない。
しかし……まるでお通夜のような暗い雰囲気が漂っている気がするような?
いやいや、考え過ぎだろう。
実習場の片隅で寛いでいるフェニィたちからは穏やかな気配しか感じられない。……レットが項垂れているように見えるのは目の錯覚だ。
僕は内心の嫌な予感を否定しながら〔被害者候補一位〕の獣人君を目で探す。
馬耳君の取り巻きの一人だった獣人君。
たしか虎耳の生えた傲慢そうな子だったはずだ。
馬耳リーダー君と同じように虎耳君も無事でいてほしい……おや?
馬、虎…………トラウマ!
これはいかん、僕の将来のトラウマを暗示するような符号が揃っている……!
更なる不安を募らせて虎耳君を探す僕。
そして周囲を見渡すと――想像に反して元気そうな虎耳君を発見した!
この世から旅立っているのかと心配していたが、意外にも虎耳君は元気そうだ。
いやぁ、良かった良かった。
なぜか床に寝転がってはいるが、身体が真っ二つになっているような事はない。
最後に顔を見た時と同じように、彼は寝たまま嫌らしい笑みを浮かべている。
とても好感の持てる表情とは言えないが、彼はまだ若いので人格が歪んでいたとしても少しずつ矯正していけば良いだけだ。
それにしても……なぜ彼は床に寝ているのか?
話の流れ的に、フェニィと模擬戦をして打ちのめされたのだろうか……?
虎耳君の周囲の生徒たちがお通夜みたいな空気になっているのも気掛かりだ。
事情はよく分からないが、彼が怪我をしているなら僕の出番だろう。
仲間たちに声を掛けるのは後で良い。
現状で優先すべきは虎耳君の容態だ。
僕は虎耳君の元へと歩み寄り、一流の治癒士として診断を開始する。
ふむ、見たところ身体に外傷はない。
手足が切断されているわけでもなく、身体に穴が開いていることもない。
強いて異常を挙げるならば、首が胴体から離れていることくらいだろう…………って、〔斬首〕されているではないか!?
な、なんてことだ……!
虎耳君があまりにも自然な表情だったから遠目では気付かなかった。
そう、お通夜のような雰囲気だと思っていたが――リアルお通夜だったのだ!
僕が愕然として立ち竦んでいると、フェニィたちが素知らぬ顔で近付いてくる。
おのれフェニィめ……。
どう見てもフェニィの仕業なのにシレっとした顔をしているではないか。
これはさすがに厳しく叱責しなくてはならない。
「――何やってるんだよレット!」
誰よりも先にレットを叱責する僕。
そう、これは監督者を務めているレットの監督不行届に他ならない……!
レットもそれを自覚しているのか、「すまん……」と沈痛げな顔で謝罪する。
ふむ……申し訳なさそうなレットを見ていると罪悪感が湧いてきたので、下手人であるフェニィの追求に移るとしよう。
「それにフェニィ、殺したら駄目って言ったじゃないか!」
この流れで叱責するとレットがやらかしてしまったかのようだが、不動の本命は殺人大使のフェニィ先生だ。
学園を訪れる前にも散々注意しておいたのに、相も変わらずの大惨事だ。
一緒に第二実習場を訪れている馬耳君たちは、『おっと首が取れちまったぜ』と言わんばかりの頭部を見て血の気が引いている。
仲間が突然の死を迎えている事がショックなのもあるだろうが、これは苦痛を感じる間もなく死亡したことが明らかな死体だ。
神持ちを相手にこんな所業をやってのけるのは尋常な技量ではないので、そういった意味でも恐怖を感じているように見受けられる。
そして、更にフェニィに人の道を説こうとすると――意外な声が割って入る。
「待てアイス。フェニィは悪くないぞ!」
最近はますます仲が良くなっている食いしん坊メイトのアイファだ。
仲間を庇おうというその気持ちは尊く美しい。
しかし、この惨状でフェニィは悪くないと強弁するのは無理があり過ぎる。
控えい控えいッ――――この生首が目に入らぬかっ……!
だが……しかし。
フェニィの蛮行が明白でも、その凶行の動機を聞かないわけにはいかない。
そこで黙して語らずなフェニィの代わりに、使命感に燃えているアイファ弁護士に事情を聞くと――模擬戦中に虎耳君が『今頃あの優男は泣いて謝ってるぜ』などと嫌らしい顔で発言した直後、レットが止めに入る間もなく首が宙を舞ってしまったとのことだ。
なるほど、そういう事か……。
僕が軽視されたので虎耳君の首を軽くしてしまったというわけか。
泣いて謝るどころかブリッジ謝罪を受けていたとは夢にも思うまい。
「そっか……僕の為に怒ってくれたんだね。でも、殺すのはやり過ぎだから、今度からは両腕を切り落とすだけにしなくちゃ駄目だよ?」
「…………分かった」
僕の為に暴れたということならフェニィを強く責めるのは難しい。
しかもフェニィは、その事を理由に自己弁護するような事をしていないのだ。
この立派な心意気を汲み取らないようでは仲間として失格である。
もちろん、また同じ事が起きてはいけないので良識的なアドバイスは忘れない。
僕の公明正大な判断にはアイファ弁護士も「うむうむ」と満足そうだ。
なぜかレットは物言いたげな顔をしているが、おそらく『両腕だけじゃなく両足も切り落とすべきじゃないのか?』と得意の公平性を発揮しているのだろう。
四肢を切り落とすことは凶悪犯でもない限り禁止しているというのに、真面目な顔をしていながら恐ろしい男である。
レットは監督者としての仕事が不十分だったので文句を言えない様子だが、しかし今回の件はレットばかりに責任があるわけではない。
「まぁでも、これは実習中の事故だからね。きっと先生が丸く収めてくれるよ」
その先生は、立っていられなくなったかのように床にしゃがみ込んでいるが……先生は実習の責任者である上に、フェニィにゴーサインを出した張本人でもある。
責任者は責任を取るのが仕事とも言えるので、上に立つ者として立派に務めを果たしてくれることだろう。
うむ……これにて、一件落着!
――カーン、カーン。
首チョンパ事件が解決したことに安堵していると、鐘の音が聞こえてきた。
これは、授業の終了を告げる鐘だったはずだ。
ふむ……そろそろお昼時なので食堂に向かう時間だろうか。
「…………にゃ」
そしてフードで熟睡していたマカも目を覚ます。
どうやらこのニャンコ、食事の時間を本能的に嗅ぎ取ったようだ。
騒がしい実習中には起きる気配が無かったのに、食堂に行こうと思った瞬間に目覚めるとは大した仔猫ちゃんだ。
「それじゃあそろそろ昼食にしようか。――よかったら、馬耳君たちも一緒にどうかな?」
「う、馬……い、いえ、俺は、食欲が……」
おっと、つい馬耳君と呼んでしまった。
だが彼から自己紹介を受けていないので仕方がないところだろう。
そして初対面では敵対的だった馬耳君は、実習で僕の優しさが伝わったのか口調が丁寧なものに変化している。
いやぁ、分かりあえるとは素晴らしいことだなぁ……。
明日も夜に投稿予定。
次回、七九話〔取るべき責任〕