二九話 表出する願望
本日は三話投稿予定です。
そんなやり取りをしていると、ふと、フェニィの方から不穏な気配を感じた。
食事を終えたフェニィは、話から置いてきぼりにされたせいなのか、自分の歳が引き合いに出されたせいなのか、たいそうご機嫌斜めな気配を四方に振りまいていた……!
……これはいけない!
かつて見た事がないほど苛々しているのが分かる……!
ちゃぶ台返しどころか、今にもテーブルを真っ二つに切り裂きそうな気配だ。
――このままではハロの街に居づらくなってしまう……!
「フェニィ、デザートもあるらしいよ? リンゴのパイだってさ。僕は頼むけどフェニィもどうかな?」
僕は姑息に甘い物で機嫌を取ることにした。
女性は甘い物が好きだと聞くし、森暮らしが長かったフェニィには、甘い物それ自体が新鮮なはずだ。
「…………食べる」
なにやら葛藤があったようだが、食欲と興味には勝てなかったようだ。
――僕はひっそりと息を吐く。……人知れずハロの街を救った気分だ。
フェニィがざくざくとリンゴのパイを食べている最中、ルピィに尋ねられる。
「そういえばアイス君。排斥の森に行く時、最初は一人で様子を見にいくだけで、ボクと合流してから一緒に行く事になってたはずだったけど、危険は無かったの? フェニィさんは洗脳術下にいただろうから、問答無用で攻撃されたんじゃないの?」
――あまり聞かれたくない事を聞かれてしまった。
もう完全に勢いでやってしまったので、危険は無いどころか、生きて解決出来たのが不思議なくらいだったのだが……。
「うん、それはもう。緻密な計画を立てて、安全安心をモットーに解術を行使したよ」
心配を掛けるわけにはいかないので、僕は真っ赤な嘘を吐いた。
……決して厳しい追及が怖かったからではないのだ。
フェニィが物言いたげな視線で、じーっと僕を見詰めている。
満身創痍だった僕の姿を思い出しているのだろうか――どうかそのまま黙っていてほしい。
「へぇ……その緻密な計画ってのを教えてもらえるかな?」
ルピィの眼は、完全に容疑者を見るイージスのそれだ。
「森の近くに深い穴を掘った後、フェニィを上手く誘い出して穴に落としてね。
それから土を放り込んで、首だけ出して生き埋めにしたんだよ。いやぁ……昔住んでた村で作ってた〔スイカ〕を思い出しちゃったよ」
僕は嘘に嘘を重ねて誤魔化すことにした。
スイカ扱いされたフェニィの鋭い視線は、僕を視線で射殺さんばかりだが、僕に大怪我をさせたことを負い目に感じているのか、口に出しては何も言わなかった。
「へぇ……フェニィさん、本当ですか?」
突然フェニィに話を振った――僕の話をまるで信用していない!
僕は必死でフェニィにアイコンタクトを送る。
届け、この思い……!
「……………………ああ」
イエス! フェニィは僕の気持ちを汲み取ってくれたのだ……!
フェニィに虚偽の報告をさせてしまった事については若干の罪悪感はあるが、嘘も方便なのだ。
ルピィには余計な心配をさせないで済むし、フェニィに僕が殺されかけたと知れば、これから仲間になるフェニィの印象も悪くなってしまう――この小さな嘘で皆が幸せになれるのだ。
「……そうですか。分かりました、そういうことにしておきますね」
ルピィは相変わらずまるで信じていなかった。
やれやれ、人を信じることが出来ないというのは悲しいことだ。……そう口に出してしまうと手痛い反撃を受けそうな気がしたので、そっと胸に留めておく。
食事が終わって、皆で寛いでいる穏やかな時間に、僕は熟考していた。
ルピィに対して遠慮なく接すると決めてから、僕の胸に新たな願望が生まれていたのだ。……いや、それは、僕の心に根深く残っていた願望が表出してきたと言える。
「ルピィ、僕はもう君に遠慮はしないと決めた――その上で大事な話があるんだ」
「な、なに……急に改まって、アイス君……」
ルピィは、なぜかどぎまぎとした落ち着きのない様相だ。
「――――領主の屋敷を襲撃に行こう」
僕は欠片の迷いもなくそう提案した。
いや、気持ちを曲げるつもりはなかったので――〔宣言した〕と言った方が正しい。
「はっ? えっ? それって……」
ルピィは一瞬、僕がなんのことを言っているか分からない様子だったが、すぐに察して意図を探るようにこちらを見る。
――僕らの間で〔領主〕 と言えば、一人しかいない。
ルピィに冤罪を着せ、フゥさんを死に追いやった、あの領主だ。
だが、フゥさんの遺言で領主に復讐なんて考えないでほしい、と記されていたので、今まで僕らはあの領主を野放しにしていた。
ルピィが訝しんでいるのはその点だろう。
「フゥさんの為でも、ルピィの為でもないよ。僕は自分の為にやりたいんだ。
フゥさんを殺したあの領主が、生きて存在していることが許せないんだ」
一度心に決めた限りは、もはや引くつもりは毛頭無い。
「――僕は一人でもやるつもりだよ」
領主の私兵ぐらいなら、苦も無く蹴散らせる自信はある。
ルピィは諦めたように苦笑しながら言った。
「反対するつもりなんか、ないよ。……本当、アイス君は大人しそうに見えて、いざとなったらやることが過激なんだから」
「……まったくだ」
なんと、フェニィまでもがルピィに同意した。
二人の仲は悪そうだったのにこんな時だけ結託するとは……。
しかし、常に過激なフェニィにだけは言われたくない……!
……ともかく、この件はフェニィには全く関わりが無いことだ。
今回はフェニィに留守番をしてもらって、その間にことを済ませるとしよう。
そう僕が言い掛けたのを見計らったかのように――
「……私も行くぞ」
フェニィが自らの意志を表明した。
ルピィの事情は聞いているので、何か力になりたいと思ってくれたのだろうか?
はたまた一人で置いて行かれるのが嫌だったのだろうか?
まだ森から出てきたばかりで心細い気持ちはありそうなので、後者の線が強いかもしれないと勝手に予想していたら、どちらとも判断し難い声が聞こえてきた。
「フェニィさん、ありがとう……」
そうお礼を言ったルピィに対してフェニィは――
「……アイスが行くから、行くだけだ」
ぶっきらぼうにそう応えたのだ。
それは照れ隠しのようにも聞こえたし、本心そのままであるようにも聞こえた。
……どちらにしても、僕としては面映ゆいばかりだった。




