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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第四部 解き放たれた世界
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七六話 指導してしまう模擬戦

 僕が先生に疎まれているのは悲しいことだが、結果としてこれは生徒にとってプラスとなる体験なので断る理由はない。


 この学園の卒業生であったクーチャ。

 彼女は自身の慢心から卒業後に大きな失敗をしてしまった過去がある。

 このままでは前途有望な若者たちが同じ道を辿ってしまうかも知れないのだから、彼らの為にも伸びきっている鼻を折ってあげるべきだ。


 僕が優しさで心を一杯にしていると――恐ろしい決意表明が僕の耳に届く。


「…………私がやる」


 戦意を昂ぶらせているのはフェニィだ。

 フェニィは偉そうな態度を嫌う傾向があるので、高慢な態度の生徒に堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。

 もちろん言うまでもなく、デンジャラス先生の参戦を許可出来るはずがない。


「待ってよフェニィ。僕が……」

「――それは名案ですな。では、護衛の方は第二実習場へご足労願えますかな」


 僕の言葉を遮ってフェニィを認めてしまったのは、まさかの先生だ。


 先生はフェニィのことを『護衛』だと判断しているらしいが……そのように誤解してしまう事は分からなくもない。

 長身のフェニィが強者の雰囲気を漂わせていることに加えて、当の僕がクーチャの接待を受けているように見えるので僕は異国の要人だと思われているのだろう。


 しかしこれは看過するわけにはいかない。

 それでなくとも〔二分割請負人〕として名高いフェニィなのに、発言内容からすると僕の目の届かないところで暴れさせようとしている。


 どうやら僕から護衛を剥ぎ取って追い詰めてやろうという意図があるようだが、先生のやろうとしている事は狂気の沙汰だ。


「ちょ、ちょっと先生……」

「――おいおいオッサン、護衛がいなくなるからって怖気づいてんのかよ」


 またしても僕の言葉は遮られた。

 バカにしたような顔で嘲笑しているのは、先ほど『指南をお願いしたいで~す』と言っていた獣人君だ。

 もはや彼は敵対的な意思を隠す気も無いようだ。


 獣人君――馬耳の生えた学生だ。

 その傍らには取り巻きのような神持ちが三人。

 取り巻きの三人は馬耳君の嘲笑に合わせるようにゲラゲラと笑っている。


 他のクラスメイトたちは同調して笑うようなことはなく、気まずそうな様子だ。

 周囲の雰囲気からすると、どうやら馬耳君はクラスのリーダー格のようだ。

 

 しかし『オッサン』とは僕の事なのか……。

 彼らは最高学年なので僕とは二歳しか変わらないのに、馬耳君の方が童顔の僕より老けて見えるのに……!


 僕は十代でのオッサン扱いに呆然としていた。


 我に返った時には、既にフェニィと生徒の一部が消えてしまっていたほどだ。

 取り巻きの神持ちが一人いなくなっている事からすると、無謀にもフェニィの相手として名乗り出てしまったようだ。


 だがこれは最悪の状況ではない。

 見たところ、どうやらレットとアイファも第二実習場に同行してくれている。


 食いしん坊仲間のよしみで同行したと思われるアイファはともかく、レットはブレーキ役として気を利かせてくれたのだろう。

 親友が同行しているなら、生徒たちが全滅するような事態にはならないはずだ。


 しかし、監督者である先生はこの場に残留していて良いのだろうか……?

 生徒と見学者だけを別の実習場に送り出すのは無責任である気がする。


「さっさとしろよオッサン。俺にビビってんのか?」


 おっと、馬耳君が実習場の舞台で待ち構えているではないか。

 授業の主導権を生徒に奪われている先生のことは心配だが、それよりも馬耳ボーイの身の安全を心配すべきだ。


「――にぃさま。あれは私が片付けても構いませんか?」


 なにしろ僕が挑発を受けているせいか、セレンちゃんが大変にご立腹だ。


 仮にセレンが舞台に立てば大変な事になる。

 圧倒的な暴力によって馬耳君は高確率で死亡することになるだろうし、悪ければ死ぬよりも辛い目に遭ってしまう可能性がある。

 クーチャも「あの痴れ者が……!」と僕への侮辱に腹を立てているが、セレンの静かな怒りに比べれば可愛いものだ。


 そしてこの場に残っているもう一人の仲間、ルピィが動いても恐ろしい。

 ルピィは一見冷静にクーチャを止めているが、口元の薄ら笑いを見る限りではとても良くないことを考えている気配だ。


「駄目だよセレン、僕が指名を受けたんだからね」


 可愛い妹を(いさ)めつつ、クーチャにも「まぁまぁ」と声を掛けて舞台に上がる。

 ルピィは邪悪な笑みを浮かべてはいても落ち着いているので問題無い。……なんとなく僕が懲らしめることを期待している気配だ。

 だが僕は講師としての仕事を果たすだけなので、ルピィの期待には沿えない。


 舞台の上にはニヤついた顔の馬耳君が一人だけ…………おや?


「きみ一人だけなの? 僕は教え上手だから()()()()()()()()()()()()()


 僕は軍国一のインストラクターと呼ばれる男だ。

 仲間たちが相手ならともかく、学生相手なら纏めて教授することも難しくない。

 しかし……生徒たちは僕の講師力を甘く見ていたのだろう、僕が何を言っているのか分からないような顔をしている。


 そこでルピィが声を張り上げた。


「なに、分かんないの? そこの馬だけじゃ相手にならないから、全員同時に掛かってこいって言ってるんだよ。ほら、そこの子分二人もさっさと上に上がりなよ!」


 いつもの如く必要以上に挑発するルピィ。

 だがいくらなんでも『馬』呼びは失礼だ。

 彼は馬耳が生えているだけであって、二本の足で立っている人間である。

 尊厳を損なうような発言は不道徳的なので、せめて馬男と呼んであげるべきだ。


 そしてルピィの煽り効果は絶大だ。


「野郎、舐めがって……! 優男の次はあの男女を痛めつけてやる」


 馬耳君は命取りな発言を口にしながら「おい、お前らも上がって来い」と、取り巻きの二人を呼び寄せている。

 流れ的に『俺一人でやってやる』という展開かと思いきや、こちらの余裕ぶりに警戒しているのか馬耳君は集団戦を選択したようだ。


 しかし取り巻きの神持ち二人だけは戦闘の意思を示したが、他の一般生徒たちは舞台に上がってこようとはしない。

 彼らは神持ちの戦闘に巻き込まれたくない気持ちもありそうだが、そもそも僕に敵愾心を持っていないので多対一に抵抗があるように見受けられる。


 僕の本音としては、纏めて学生の相手をした方が手間も少なくて望ましいのだが、僕の身を案じてくれている一般生徒たちに文句を言えるはずもない。


 それにしても……卒業生であるクーチャから、このクラスは学園でも優秀な生徒を集めたエリートクラスだと聞いていた。

 一つのクラスに四人もの神持ちが在籍しているという事実を考えれば、このクラスが学園選りすぐりであることは事実なのだろう。


 だが目の前にいる三人の身のこなしを見る限りでは、厳しい訓練に耐え抜いてきたエリートとは到底思えない。

 ルピィに完封負けしていたクーチャが〔十年に一人の逸材〕と呼ばれていたことでレベルを想定はしていたが、彼らはクーチャよりも更に二段は格が落ちる。


 神持ちが多いクラスなので切磋琢磨するには絶好の環境であったはずだが、この子たちは才能にあぐらをかいて努力を怠っていたのだろう。

 クーチャは神持ちには珍しく真面目で努力家な子なので、十年に一人という評価はそういった意味合いもあったのかも知れない。


 ――――。


「オラオラ、行くぜっ!」

「へへへ……良い男じゃねぇか」


 馬耳君は動かないままで、とりあえず取り巻きの二人をぶつけてくるようだ。

 しかしオラオラ系の方はともかく、もう一人の方は別の意味で恐怖を感じてしまうものがある……。とても闘う相手を見る目つきではないのだ。


 ともかく、講師らしく彼らの欠点を自覚させるところから始めるとしよう。


 僕が彼らの育成方法について思考していると、オラオラ君が「オラッ!」と牽制もフェイントもなく上段蹴りを放つ。

 もちろんヒョイと躱し――回避ついでに、軸足の関節をボキッと踏み折った。


「ぐぁッ!?」


 骨を折られた彼の悲鳴が耳に届く前には、僕は次の行動に移っている。

 残るもう一人、なぜか両腕を大きく広げていた生徒。この隙の塊のような生徒の鳩尾に、掌底をドンッと叩き込む。


「ぐぼぁッ……」


 こ、これはいけない。

 生理的な恐怖があったせいか、少し強めに掌底を入れてしまった!

 ちょっと引いてしまうほどの大量吐血をしているではないか……!


 ま、まぁ……臓器を損傷してしまったようだが、彼は神持ちなので即死するほどの重傷ではないだろう。

 隙の多い箇所を攻撃することで欠点を自覚させる方針だったが、まさか両腕を大きく広げて飛び掛かってくるとは想定外だ。


 どういうわけなのか、この生徒は僕に抱きつこうとしていたのだ。

 僕を拘束する事が目的だった可能性はあるが、彼の戦闘前の発言から僕が恐怖で力加減を誤ってしまうのも仕方がない。


 さて、そんな些細な事はどうでもいい。

 まだ模擬戦は始まったばかりだ。


「これくらいの軽傷で休んでいてはいけないよ。――ヘイ、スタンダップ!」


 久し振りの指導でテンションが上がっている僕。

 馬耳君は不思議にも硬直しているので、まずはこの二人を鍛えてあげるのだ。


 実戦ではこちらが怪我をしても敵が待ってくれることはない。

 片足が折れていようとも臓器を損傷していようとも、生きて動くことが可能な限りは立ち上がって闘うべきなのだ。


 人国との戦争は終結しているが、野生の魔獣や神獣と争いになる可能性はある。

 魔大陸の魔獣は手強く、神獣が相手となれば神持ちであっても命懸けだ。


 そして厳しい訓練をやり遂げた者ほど、実戦においての生存率が高くなる。

 そう、彼らの将来の為にも妥協は許されないのだ……!


「た、助けて……」


 むむっ、片足が折れているだけの生徒が早くも戦意喪失している。

 普段の実習がぬるま湯なのかは分からないが、まだスタートラインにすら立っていないのにこの有様である。


 仕方ない……多少甘くはあるが、優しい僕が手助けしてあげるとしよう。


「ふふ……しょうがないなぁ。ちょっとだけサービスしてあげるよ」


 僕は足が折れて(うめ)いている生徒へと歩み寄る。

 なぜか酷く怯えているので満面の笑顔で安心させつつ、生徒の身体に優しく触れて魔術行使を開始する。

 彼の変化は劇的だった。


「か、身体が、勝手に……あぁぁぁッ!?」


 彼は折れている足をものともせずに、両足で勢いよく立ちあがった。

 足の痛みに絶叫しているようだが、こればっかりは慣れてもらうしかない。


「驚いたかな? ――そう、これは〔操術〕。魔術で強引に身体を動かしているんだよ。他人に使うのはコツがいるけど、自分に行使するのは簡単だから覚えておくといいよ」


 四肢の神経を切断されて動けない、このままじゃ殺されてしまう……そんな危機的状況でも、この操術で全て解決だ!

 身体的に動かないならば、魔術で強引に動かしてあげれば良いのである。


 本来なら片足が折れている程度であれば我慢して戦闘継続すべきだが、この機会に〔今日から役立つ戦闘テクニック〕を伝授してあげようというわけだ。

 最初は辛いかも知れないが、痛みも苦しみも慣れてしまえば取るに足らない。


 彼が痛みに泣き叫んでいる声を聞くのは心苦しいが、しかしこれも彼の為だ。

 将来的にこの経験が糧となることは間違いない。

 そう考えればこの絶叫も――――『あぁぁぁっ……ありがとうっ!』と言っているように聞こえなくもない!


 さて、一人だけ立たせてあげるのも不公平だ。

 血を吐いてからピクリとも動かない生徒も直立させてあげるべきだろう。


 ――むくっ。


 んん? おかしいな……?

 起こせば動き出すかと思ったが、相変わらず死んでいるように動かないぞ。

 白目を剥いて口から血を垂らし続けているその姿は、まるでゾンビのようだ。


 だが、よく観察してみると何かがおかしい。

 彼からは生気をまるで感じないのだ。

 いや、生気を感じないというより――呼吸と心臓が止まっている……!


 ふ、ふむ……なるほど。

 半分死んでいるとも言える状態なので、なんとなくゾンビのようだと感じた印象は間違っていなかったらしい。

 うむ、若い身体に後遺症が残ってはいけないので治癒術を行使しておこう。


「……っは」


 よしよし、息を吹き返したようだ。

 まだ意識は戻っていないが、遠からず自然に意識が戻ることだろう。

 ふふ、覚醒した暁には『貴方は命の恩人です!』と言われてしまうかな?


 だがしかし……神持ちがこれくらいの事で瀕死になるとは想定外だ。

 これは彼の身体が鍛えられていなかったことが要因と言わざるを得ない。

 まったく、鍛錬不足とは恐ろしいものである……!


明日も夜に投稿予定。

次回、七七話〔追い詰めてしまう模擬戦〕

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