七五話 襲来する名講師
学園の見学をネイトさんにお願いした翌日。
昨日の今日にも関わらず、早くも僕たちは学園を訪れている。
実のところ、ネイトさんは学園側と不仲であるらしいので僕たちの見学希望が難航することも危惧されていた。
だがそこで力を発揮したのは、学園側に受けが良いクーチャの存在だ。
ネイトさん曰く――非協力的だった学園関係者は、クーチャの名前を出すと手のひらを返すように協力的になってくれたとのことだ。
なにしろクーチャは、神持ちでありながら真面目で礼儀正しい首席卒業生だ。
学園側としては、品行方正な神持ちの卒業生と接触することで在校生にも良い影響を与えたいという思惑があるらしい。
ちなみにネイトさんも首席卒業生ではある。
しかし、代表を務める現在ですら自由奔放なところがあるので、そんな彼女が学園時代に大人しく学園のルールを守っていたはずがない。
そして野放図に学園生活を送っていたネイトさんが学業優秀となれば、学園教師陣から疎まれるのも当然の事だろう。……現在も学園と不仲というところに学園時代の行状が察せられる。
そんなわけで――今回の学園見学が早期に実現したのは、ネイトさんの代表としての影響力よりもクーチャの威光によるところが大きい。
クーチャも学園案内に張り切っているので、もう僕たちは身を任せるばかりだ。
僕たちは異国からの見学者で、クーチャはその案内人という名目である。
「あ〜、今日はこちらの方々が実習を見学される~。あ〜、くれぐれも失礼の無いように~」
教師によるあからさまに面倒そうな紹介。
この非友好的な態度からも察せられるが、僕たちはあまり歓迎されていない。
だがそれも無理からぬ事ではある。
今回の見学は、ネイトさんが突然に無理矢理ねじ込んだような学園見学だ。
学園上層部は納得してくれたにしても、急に見学の意向を伝えられた教師としては面白くない気持ちなのだろう。
しかし教師からは疎まれているが――学生たちの反応は良好だ。
『きゃ、クーチャ先輩だわ』『あの人、カッコよくない?』
野外実習場に集まっている生徒たちはヒソヒソと僕らの噂話をしている。
そう――僕たちは学園を訪れて、まず最初に〔実習場〕を訪れていた。
ちょうど学園の売りである実習が始まるタイミングだったので、実習場で実習を見学してから学園内を案内してもらおうというわけだ。
軍国一の名講師として、獣国の戦闘訓練に興味があったという理由もある。
しかし生徒たちに歓迎されている空気なのは嬉しいのだが、これから実習が始まるというのに随分と浮ついた空気だ。……これはおそらくクーチャが在校生の憧れの存在であるという事も大きいのだろう。
彼女は学園を卒業してから間もなく人国へ国王暗殺に向かい――返り討ちに遭って、奴隷生活を余儀なくされている。
中々に波乱万丈な人生を送っているわけだが、しかし獣国高官の娘としては無謀な行動で捕まっていたという事実は外聞が悪い。
そこでヒゲおじさんと僕との密談の結果、クーチャは対外的には人国に潜入して奴隷解放に尽力した英雄という事になっているのだ。
その話題沸騰中の先輩の来訪となれば、生徒たちが興奮するのも無理はない。
クーチャは徹底的に僕を救世主にしようとしていたのだが、ヒゲおじさんと僕の説得により今の立場を受け入れてくれている。
多少事実を脚色してはいるものの、クーチャが人国の改革に協力してくれたのは事実なので問題は無いだろう。
そして学生受けが良いのは彼女だけではない。
クーチャだけではなく、学生たちの多くは外部見学者である僕らにも好意的だ。
なにしろ仲間の女性陣はそれぞれ見目麗しい容姿であるし、男の方にしても親友のレットは精悍なイケメンボーイだ。
僕にしても容姿は悪くないと自負しているので、僕たちの存在に多感な若者たちが騒ぐことは分からなくもない。
僕は母さん譲りの恵まれた容姿を活かすことができない非モテ人間だが、レットならこの学園の女生徒を片っ端から餌食にしてしまう事だろう――『へへっ、俺の総取りでぃ!』
だが残念ながら……学園の生徒は友好的な者ばかりではない。
僕のことを仇敵のように睨みつけている男子生徒が四人ほど存在する。
彼らはいずれも神持ちなので、そのプライドの高さから外部の人間が持てはやされていることが不愉快なのだろう。
そして彼らは、女子生徒の人気が高いレットではなく僕の方を敵視している。
おそらくその原因は、クーチャが嬉しそうに尻尾を振りながら僕に学園の説明をしているからだと思われる。
生徒たちにとっては憧憬の対象であるクーチャ。
そのクーチャが僕に懐いているという事実が、彼らには気に食わないのだろう。
敵意を向けられても困るのでクーチャには落ち着いてほしいところなのだが、熱心に説明してくれている彼女を止めることは難しい。
だがせめて、この高速で振られている尻尾くらいは止めたいところだ……。
なにしろ自己主張が激しすぎるので目立って目立って仕方がない。
しかし……尻尾を掴んだら『お尻を触った!』と痴漢扱いされるのだろうか?
そもそもクーチャと一緒に行動していると、彼女の尻尾が僕にバシバシ当たっているという状況は頻繁にあるのだ。
尻尾の動きについて本人は無自覚のようなのだが、尻尾をお尻の一部と仮定すれば『尻尾が当たってるよ?』と指摘しただけで『セクハラです!』と訴えられる可能性もある……うむ、理不尽!
お尻と尻尾の境界線について悩んでいると、僕に敵対的な視線を向けていた男子生徒の一人が教師に声を上げた。
「せんせ~い。せっかくお客さんが来てるんだから指南をお願いしたいで~す」
教師に対する敬意が感じられないその生徒は、獣型神持ちだ。
この獣国では一目置かれる存在ということで甘やかされてきたのか、ニヤニヤしながら教師に声を掛ける態度は驕り高ぶっている。
視たところ戦闘系の神持ちのようでもあるので、これまで彼の増長を諫められる人間がいなかったのだろう。
「い、いや、それは君……」
先生の彼に対する語気も明らかに弱い。
男子生徒は見学に訪れた人間を巻き込もうとしているにも関わらず、先生はハッキリと拒絶できずにいる。
そもそも僕たちは戦闘に秀でていると紹介されたわけではないので、彼の『指南をお願いしたい』という発言は不自然だ。
おそらくこれは、彼がひと目見ただけで僕たちの力を見抜いたわけではない。
彼の嗜虐的な笑みを見る限りでは、指南を願うというよりは生意気な人間を痛めつけてやりたいといったところが本音だろう。
しかも彼のその視線は僕に向いている。
うむ……軍国では兵士さんに避けられていたので、僕が生徒に求められていると考えればこれはこれで悪くない。
――おっと、いけない。
クーチャが無礼な生徒たちにお冠の様子だ。
どうやら僕が軽んじられているという事実が我慢ならないようだ。
ありがたくも恐ろしいことに、女性陣からも物騒な気配が感じられる。
ここは仲間が暴発する前に僕が動くべきだ。
「構いませんよ先生。僕は母国で名インストラクターと呼ばれていましたから、きっと彼らの力になれると思います」
僕が笑顔で臨時講師を申し出ると――先生は嫌らしい笑みを浮かべて「では、お願いできますかな?」と了承した。
この態度から察するに、先生は僕の心配をしていたわけではなく自分の責任問題となることを恐れていたような感じだ。
見学者が自発的に言い出したから好都合、といった様子を隠し切れていない。
先生は僕を心配しているどころか、突っ掛かってきている生徒とよく似た加虐的な目をしている。……なぜ先生はこれほど僕を嫌っているのだろう?
見たところ生徒人気が高くない先生のようなので、僕たちが生徒に騒がれていることが気に食わないのだろうか?
僕たちが代表の紹介で見学に来ているということで、学生時代のネイトさんが恨みを買っていて負の余波を受けている可能性もある。……感覚的にはこちらが有力だが、八つ当たりのような真似は止めてほしいものだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、七六話〔指導してしまう模擬戦〕