七四話 胎動する計画
獣国滞在から二週間が経過し、僕たちの神探しは暗礁に乗り上げていた。
政府上層部や獣国の資産家など、少しでも疑わしい人物には一通り目視確認を行っているものの、僕の眼に怪しい人物は引っ掛からない。
僕の目視確認と平行してルピィにも不老の人物を捜索してもらっているが、こちらについてもそれらしい人物は見つからないままだ。
――――。
「そうか。今日も駄目であったか……。妾としてはアイスが獣国に滞在しているのは何かと都合が良いが、いつまでもこのままという訳にもいかぬのであろ?」
僕たちはネイトさんの元を訪ねていた。
特にこれといった用件は無いのだが、『気軽に訪ねるがよい』という言葉に甘えて毎日のように訪問している次第だ。
ネイトさんとは気が合う上に、メイドさん手作りのお菓子も美味しいとなれば、僕たちが茶飲み友達となることは必然的だろう。
ちなみに初回の面会で待たされたのは〔裁定持ち〕のお爺さんを呼び寄せるのに手間取っただけであり、普段のネイトさんは仕事が早過ぎるので時間を持て余しているらしい。
「そうですね。獣国で過ごす毎日も楽しいですが、僕たちには国で待ってくれている人たちがいますから」
僕たちはクーチャのお屋敷に居候を続けている。
娘の恩人効果が絶大なのか経済力に余裕があるからなのか、嵩んでいるはずの食費を請求されることもなく快適に過ごさせてもらっている。
ヒゲのおじさんはクーチャ談義が大好きなので、話し相手である僕やレットはすっかり〔クーチャマニア〕になってしまったが、これくらいは許容範囲だ。
しかし進捗報告という名のお茶会を毎日開催しているが、たしかにこのまま現状に甘んじているわけにはいかない。
僕が思い悩んでいると――ルピィが停滞している場に一石を投じる。
「一通り目ぼしいところは確認したからさ、あとはもう学園くらいしかないんじゃないの?」
ルピィの言う通りではある。
この二週間、獣国の主要な街に足を運んではいるが成果は得られていない。
だが、獣国が力を入れている施設である学園。
こちらは〔関係者以外は立入禁止〕ということで足を踏み入れていないのだ。
半ば無意識の内に後回しにしていたが、確認しないわけにはいかないだろう。
しかし後回しにしてしまったのも無理はない。
なにしろ学園という施設は子供の学び舎だ。
神候補である大人の存在が少ないのだから、必然的に優先順位も低くなる。
「ほっほぉ、学園か。職員も含めれば三千人を超えておるからな、調べてみる価値はあるじゃろうて」
数百年に渡って続いていた人国との戦争。
神が糸を引いていたと思われる戦争は、既に終結していると言える状態だ。
学園は軍人育成を主な目的としていた施設なので、今後は規模を縮小していくことになるだろう。……現時点で三千人も超えているとは思わなかったが。
学生も職員も敷地内で寮生活を送っているとの話だが、それほどの規模ともなると一つの街のようなものだと言っても過言ではない。
関係者以外は立入禁止とはいえ、僕一人だけでも神探しに赴くべきだろう。
「ネイトさん、僕が学園内の見学をすることは可能でしょうか?」
「無論、構わぬぞよ。異国からの見学者ということで知らせておくとしよう」
話が早いネイトさんは二つ返事だ。
この調子なら明日にも見学の段取りが整っているのではないだろうか。
そして僕とネイトさんが話を詰めていると――意外な人物が口を挟む。
「アイス殿! 学園の案内ならば私にお任せ下さい!!」
ここぞとばかりに鼻息荒く申し出てくれたのはクーチャだ。
初回の会談時には参加していなかったものの、クーチャには獣国の案内をお願いしていることもあって、最近はほぼ一緒に行動している。
クーチャの学園案内は助かるが、しかし僕の一存で決めるわけにはいかない。
そこで、決定権を持つ代表さんに伺いを立てるように視線を送ると――ネイトさんは「うむ」と漏らしてから言葉を続ける。
「クーチャならば適任であろう。昨年卒業したばかりであるし、クーチャは十年に一度の逸材と呼ばれておったほどじゃ。学園側の受けも良いはずであろ。――妾は百年に一人と呼ばれておったがの」
クーチャを褒めているように見せかけて、最後にはちゃっかり自分を持ち上げる材料にしている。ネイトさんは優秀な人だが子供っぽいところもあるのだ。
そしてネイトさんは、この若さで獣国の代表を務めているほどの傑物だ。
おそらく〔百年に一人〕というのも誇張しているわけでは無いのだろう。
個人的には心のままに称賛したいところだが、この話題を続けるのはまずい。
負けず嫌いなアイファあたりが『私は千年に一人と呼ばれていたぞ!』などと言い出しかねない。……アイファは学園に通ってないのに!
「そうですか……それは心強いですね。学園には憧れがあったのですが、まさかこんな形で行く事になるとは思いませんでしたよ」
称賛待ちの雰囲気があるネイトさんには気付かないフリをして話題を変える。
見るからにソワソワしているネイトさんには申し訳ないが、ここで手を出すと収拾がつかなくなって話が進まなくなる恐れがある。
ネイトさんにはいずれ別の形で埋め合わせをさせてもらうとしよう。
だが、僕とネイトさんが学園の話をしていると――気になる会話が耳に届く。
「――フェニィ、学園には学食なるものがあると聞く。私たちがしかと見極めてやろうではないか」
「……ああ」
んん?
お、おかしいな……僕とクーチャだけで見学に行くつもりだったのに、気が付けば仲間たちも同行する流れになっているではないか。
なぜ頼まれてもいないのに学食の評価をするつもりになっているのか……?
社会性皆無の仲間たちが学園に興味を示すなどとは想定外の展開だ。
どう考えてもトラブルが起きる予感しかない。
……いや、待てよ。
秩序と常識を学ぶ場でもある学園。
そんな場所を第三者的視点で見学する事によって、非常識という暗闇に常識という名の光が差し込むことになるかも知れない。
それに仲間たちは、これまで学園という場に縁がない半生を送ってきている。
フェニィなどは僕が教えるまで読み書きすら学んだことが無かったほどだ。
うむ……ここはむしろ、積極的に学園へ連れていくべきではあるまいか。
「学園かぁ、楽しみだねレット」
「えっ、俺も行くのか?」
非消極的な気配を漂わせていたレットに確認がてら話を振ってみると、予想に違わずすっとぼけた応えが返ってきた。
まったくレットときたら……。
真面目そうな顔をして不登校を決め込もうとはとんでもない男である。
「おいおい、当たり前じゃないか。レットと言えば学園、学園と言えばレットだよ? ――セレンも行くよね?」
「……にぃさまが行くなら行きます」
よしよし、サボりそうな二人を確保出来たのでフルメンバーでの見学だ。
レットは『なんで俺と学園が関係あんだよ』などと文句を言っているが、この親友は誘われて理由もなく断る男ではない。
メイドさん手作りのマドレーヌを上品に食べているマカに関しては、寝ている間に学園へ連れて行けば何も問題無い。
学園で神と遭遇する可能性は低いと思われるが、駄目で元々くらいの気持ちで行ってみるとしよう。
明日も夜に投稿予定。
次回、七五話〔襲来する名講師〕