七三話 広めるべき慣習
暴虐の時間は終わった。
男であるメイドさんをルピィより女性らしいと思っただけなのに、ただ心の中で思っただけなのに、ルピィ君に散々痛めつけられてしまった。
「そ、そなた、大丈夫かの……?」
「ご心配なくネイトさん。僕は治癒術も使えるんです」
僕は傷付いた身体を治しながら笑顔で応える。
理不尽な暴力を振るうルピィに思うところはあるが、この程度は日常茶飯事だ。
「治せれば良いというものでも無いが……アイスが良いならそれで良かろう」
一方的に暴行を受けて良いはずもないが、ルピィ君をこれ以上刺激するのは危険なので許容するしかない。
そして、ネイトさんは気を取り直したように口を開く。
「さて……本題に入る前に、もう一人この場に呼ぶ必要がある」
護衛どころか秘書すら同席させていなかったネイトさんの不可解な発言だ。
なんだろう? と僕が不思議に思っていると――メイドさんの案内を受けて一人の老人が部屋を訪れた。
そのお爺さんを視た瞬間に、僕はネイトさんの意図するところを理解した。
「これでも妾は民の生命を預かる一国の代表じゃ。話の大筋はヒゲから聞いておるが、真偽確認はさせてもらうぞよ。――ほっほぉ、アイスは察しておるようだの。そう、この者は獣国に二人しかおらぬ〔裁定の加護持ち〕である!」
お腹まで届く白ヒゲが特徴的なお爺さん。
ネイトさんに紹介を受けるまでもなく、僕には裁定持ちであることが分かった。
これからネイトさんに話す内容は――人国の顛末といい、神に関する事柄といい、にわかには信じられないような話ばかりだ。
一国の代表として話の真偽確認を行うのは当然の責務なので、裁定持ちが間に入ることに不満などあるはずもない。
それにしても獣国に裁定持ちが二人しかいないとは意外だ。……いや、考えてみれば軍国でも裁定持ちは十人に満たない。
獣国より規模の大きい軍国でも少ないのだから妥当とも言えるだろうか。
だからネイトさんが『裁定の加護持ちである。ドヤァ!』としてしまうのも、ある意味では自然な事だ。
だがこちらには、その上位互換である――裁定神持ちのレットがいる。
ネイトさんの自慢げな顔を見ていると裁定神持ちが仲間にいるとは言い出しにくい……当のレットもバツが悪そうな様子だ。
レットのあの顔からすると、僕と同じく『先に裁定神持ちがいることを伝えておけば良かった』と思っていることは間違いない。
「ほっほぉ、驚くのも無理はないぞよ。時代によっては大陸に裁定持ちが存在しなかったこともあるほどの希少な加護じゃ。そなたらも名前くらいは聞いたことがあるであろ?」
駄目だ、言えない……。
オモチャを見せびらかす子供のような無垢な笑顔をされては、とてもではないがレットの事を口に出すことはできない。
レットも気まずそうに口を噤んでいるので同意見のようだ。
僕は動揺を隠しながら白ヒゲお爺さんと笑顔で挨拶を交わす。
そして、ネイトさんの「まずは試してみようではないか」という言葉により、お爺さんが僕に裁定術を行使したまま自己紹介をする事となった。
「僕はアイス=クーデルン。軍国では平和の伝道師と呼ばれています」
「――この者! 真実を申しております!!」
僕の発言の直後――お爺さんが部屋の外まで響き渡るような大声を張り上げた!
ど、どうしたんだろう?
裁定術の結果報告にしては大げさすぎるし……もしかして認知症なのかな?
真偽確認よりも心配すべき根本的な問題に考え込んでいると、ネイトさんが僕の悩ましげな様子に疑問を抱く。
「なんじゃ、アイスの大陸にも裁定持ちはおるのであろ?」
「え、ええ……その、『真実を申しております!』というのは?」
「裁定持ちが真実を知らしめるのは当然であろう。そちらの大陸では違うのかの?」
なるほど、これは文化の違いというやつだ。
決してお爺さんの頭がアレしてしまったわけではなく、このやり方が魔大陸ではスタンダードということなのだろう。
これは大変失礼な勘違いをしてしまった。
しかし、中々に興味深い手法である。
ここは更なる検証をさせてもらうべきだ。
「こちらは妹のセレンです。この子は大陸最高峰の妹として評判なんですよ」
「――この者! 真実を申しております!!」
すごい、これはすごいぞ……なんだか楽しくなってきたぞ!
なぜかレットが恥ずかしそうにしているが、これは素晴らしい慣習ではないか。
「分かりやすくて画期的なやり方ですね。軍国に帰った暁には大陸中に広めたいと思いますよ」
「――この者! 真実を申しております!!」
不思議にもレットが『やめろ!』という顔で僕を見ているが、お爺さんが保証してくれたように僕はいつだって本気だ。
レットは視認するだけで嘘が見抜けるので街を歩く時には叫びっぱなしである――レットが壊れているかのようだ!
――――。
「なんたる事じゃ……神とは、そなたは途方もないモノと敵対しておるのだな」
人国での話は呑み込んでくれたネイトさんだったが、さすがに世界の成り立ちや神に関しての話となると唖然としている。
あまりにも信じ難いのか、不必要に『真実を申しております!』とお爺さんに連呼させていたので慌てて止めに入ってしまったほどだ。……なにしろ徐々にお爺さんの声が枯れてきたのだ!
お爺さんの声帯が心配なのは当然として、レットが罪悪感に襲われているような顔をしていたので止めないわけにはいかない。
レットの様子からすると、自分が裁定神持ちを名乗っていればお爺さんがハッスルする必要は無かったと責任を感じているようだ。
しかし、お爺さんの声帯が危うくなったのはレットのせいなどではない。
お爺さんの声帯に負荷が掛かった最大の原因は――ネイトさんがボイストレーニングのように連呼させていた事が原因だ……!
それに一般的に自分の加護を秘匿するのは珍しくないという事もあるが、そもそも話を語る側が真偽確認をするのは信憑性に欠ける話だ。
レットが加護を自己申告しようがしまいが、元々今回は出番が無かったのだ。
それよりも、ネイトさんに聞きたい事がある。
「獣国は戦争以外にも大きな問題を抱えてたりはしませんか? もしくは神の存在そのものへの心当たりがあれば話が早いのですが」
「う~む……国内には特段大きな厄介事をないのぉ。神の特徴である不老、隔絶した魔力を持つ者に関しても思い当たる節は見つからぬ」
そう口にするネイトさんは申し訳なさそうに「力になれなくてすまぬ」と詫びたが、謝られることではないので「とんでもありません」と笑顔で返しておく。
ネイトさんは僕らが人国の問題を解決したことを深く感謝してくれていたので、なにかしら僕たちの力になりたかったようだ。
だがこれは予想していた結果に過ぎない。
僕たちは大々的に人国の改革を行っていたにも関わらず、最後まで神が干渉してくることはなかったのだ。
世界の安定を望まないはずの神が、人国の改革に不干渉を貫いたことになる。
この結果から――当面、神は表立って動く意思はないものと判断していた。
だから獣国でも神の手掛かりを見つけることは困難だと覚悟していたのだ。
こうなれば、地道に僕の眼で探していくしかないだろう。
人国滞在中にも目視で神を探していたのだが、獣国でも魔力量が不自然に多い人間を探していくしかない。
明日も夜に投稿予定。
次回、七四話〔胎動する計画〕