七二話 解読する格差社会
お互いの人柄を知るべく、僕とネイトさんが雑談に花を咲かせていると――部屋にノックの音が響いた。
部屋を訪れたのは台車を押すメイドさん。
台車からは焼き菓子のような香りが漂ってくる。
どうやら来客者である僕たちにお茶と茶菓子が運ばれてきたようだ。
これは内心で待ち望んでいた展開だ。
これから神関係の大事な話をする予定なので、仲間に邪魔をされない為には注意を引ける茶菓子は必須アイテムなのだ。
恣意的に邪魔をするルピィや無自覚に邪魔をするアイファなど、僕の仲間たちは真面目な話を妨害する人材には事欠かない。
彼女たちの妨害力をゼロにすることは難しいが、茶菓子などの関心を引くアイテムを用いることで力の向きを逸らすことは可能だ。
テーブルの隅で茶菓子を楽しんでもらえれば、皆が幸せになれるというものだ。
メイド服を着た可愛いらしい人が「どうぞ」と僕の前に湯呑みを置く。
洗練された所作からその優秀さが垣間見える。
湯呑みを置くという動作にも無駄が一切なく、滑らかな流れるような動きだ。
しかし――不意に、メイドさんの何かが僕の意識に引っ掛かった。
自分でもなぜそう思ったのか釈然としないが、どうしても気になったので思い切って尋ねてみる。
「もしかして……あなたは男性ですか?」
僕の質問に仲間たちが怪訝な視線を向けてくるが、それも当然の反応だ。
客観的に見れば、メイドさんは可愛い女性のようにしか見えないのだ。
しかし、ネイトさんの反応は違った。
「ほぅ、よう初見で見抜いたの。大した慧眼ではないか」
うむ、やはりそうか。
僕にも何が引っ掛かったのかよく分からない。
だが漠然とそんな気がしてならなかったのだ。
強いて挙げるのならば、メイドさんの所作や匂いなどに違和感を覚えたのかも知れない。……匂いはなんとなく変態っぽい感じがするので、看破要因として口に出さない方が良さそうだ。
「男なのに女の子の服着るなんて、おかしいですよね……ごめんなさい」
むむっ、これはいけない。
不躾な質問をしたせいでメイドさんを傷付けてしまった。
メイドさんの悲しげに俯く顔に、僕は深い罪悪感と後悔に襲われる。
恥ずかしい……これは恥ずべき事だ。
僕は何を得意になって思いついたことをそのまま口に出しているのか。
似たケースとして、アイファが食事中に『ふむ、これはショウガを使っているな!』などと得意げに、言わずにはいられないように言い出すことがある。……もちろんそんな時には『うん、使ってないよ』と論破してしまう!
だが罪のない残念アイファと違って、僕の場合は他者を傷付けてしまっている。
これは早急に謝罪しなくてはならない……いや、それは悪手か。
下手に謝ると空気が重くなってしまうので、メイドさんが気に病みかねない。
ここですべき事は謝罪ではなく、肯定だ。
「そんな事はありません。とてもよくお似合いで可愛いらしいと思いますよ」
僕は笑顔でメイドさんのフォローに入る。
男だと言われても中々信じられないほどに可憐な人なので、お世辞を捻り出すまでもなく本心で語るのみだ。
「あ、ありがとうございます……」
僕がニコっと全肯定してあげたのが効いたのか、メイドさんは頬を紅潮させて恥じらっている。
外見ばかりか、こんな反応にまで女性らしさが滲み出ているようだ。
そんな僕らを見ていたネイトさんは、どこか感心しているような感想を漏らす。
「その者は男の身体ではあるが女の心を持っておる。獣国でも偏見を持つ者は多いが……流石にアイスは分かっておるの」
なるほど、話には聞いた事がある。
きっとメイドさんは〔性同一性障害〕というものであるに違いない。
本人にもどうしようもない事らしいので差別するのも酷い話だと思うが、万人には中々理解されにくいことなのだろう。
しかし、どう見ても女性にしか見えない。
茶菓子を受け取っているルピィが「このアイス君もよく女装してるんだよ」などとデマを吹き込んでいるが、傍目にはどちらが女性なのか分かったものではない。
――――いや、駄目だ!
この発想は非常に危険だ……!
ほんの一瞬〔ルピィ男説〕が頭をよぎっただけなのに……早くもルピィに探るような視線を向けられている。
これはいけない、このメイドさんの存在はあまりにも危険過ぎる。
メイドさんを視界に捉えるだけで、ルピィの事を自然に想起してしまうのだ。
少々非礼ではあるが、メイドさんの退室まで目を瞑ってやり過ごすしかない。
「――このマフィンは私の手作りなんです」
「うむ、星三つだ!」
くっっ、声まで女性そのものではないか。
今も僕の動揺が観察されている気配がある以上、こうして視界を閉ざしているだけでは不十分だ。
かくなる上はやむ無し――――聴覚遮断!
ふふ……こんな事もあろうかと、任意で音を遮断する訓練をしていたのだ。
もはや今の僕に死角はない。
視覚と聴覚を遮断している状態なので死角の塊になっているとも言えるが、これで外界の情報に惑わされることは無くなった。
後はメイドさんが退室する気配を待つばかりだ。
だが、難局を乗り切って安堵していた僕に――思わぬ魔の手が襲いかかる。
それは、肩を小さく突かれる感触だった。
トトトン。トーン、トトン……。
んん? これはなんだろう?
肩を叩いて呼んでいるわけではなく、何かを伝えようとしている意図を感じる。
一定のリズムで軽く叩かれているが……ま、まさか!?
間違いない、これは――――モールス信号!
僕は視覚と聴覚を絶っているので、触覚を利用して接触するというわけか。
指の接触時間で長音を表現しているという細かい芸当だが、わざわざこんな手段を用いてくるとは何事だろう?
えーと、なになに…………『ボクがどうかしたのかな?』だと!?
まずい、これは全てを察したルピィからのメッセージに他ならない……!
「ち、違うよ! ルピィより女性らしいだなんて思ってないよ!!」
「へぇ……そうなんだ」
しまった……!
動揺のあまり余計な事を口走ってしまった!
予想外のコンタクトだったので、つい僕のガードが緩んでしまったようだ。
これが語るに落ちるというものか……。
明日も夜に投稿予定。
次回、七三話〔広めるべき慣習〕