七十話 看破する真意
「――アイス殿は途轍もない御仁なのですよ。あの熊神を一対一で圧倒するばかりか、屈服させて支配下に置いてしまったのです!」
眼前には目移りするほどの料理が並べられているが、クーチャは食事よりも僕の活躍を両親に伝える事に夢中になっている。
しかしその内容は……思わず耳を塞ぎたくなるほどに虚構まみれだ。
ブルさんを圧倒したなどと言っているが、むしろ僕は腕をパージされていたくらいである。そもそも圧倒どころか僕は攻撃すらしていない。
クーチャは僕を神聖視しているようなところがあるので、過大なプラス補正により無自覚の内にフィクションを口にしているらしい。
この子に悪意は無いようだが、結果的には面白がって話を改竄するルピィと同じになっている。
「何を言ってるんだよクーチャ、僕の試合は散々なものだったじゃないか。それに熊神のブルさんは屈服させたんじゃなくて友人になっただけだよ」
そう、僕とブルさんは支配関係などではなく友人関係だ。
僕のお願いだけは聞いてくれる傾向はあるが、これは友人として力になってくれているだけである。……人間をなるべく殺さないでください、という大事なお願いはあまり聞いてくれないが。
しかし人間嫌いなところといい、ブルさんはどこかシーレイさんに似ている。
似た者同士ということで、軍国移住後にはシーレイさんやジーレと良い友人になれるのではないだろうか……?
暴虐三人衆の揃い踏みで王都は無事でいられるのかという懸念はあるが……いや、あまり考えないようにしよう!
そして、僕がデマを払拭するべく弁明しているというこの状況。
この状況で――ルピィが動かないわけがない。
「またまた〜、アイス君はすぐに謙遜するんだから。いやぁ、まさかあの熊神が『子分にしてくださいクマ』なんて言うとは思わなかったよ」
僕も思わなかった……!
というかブルさんがそんな事を言うはずが無い!
クーチャはなぜか同意するように頷いているが、この子がルピィに記憶を改竄されてしまっていることは明らかだ。
仲が悪かったはずの二人だが、こんな時ばかりは息を合わせて捏造された過去をまことしやかに語っている。
僕の訂正の言葉が届くことなく、ヒゲおじさんは別の話題へと移ってしまった。
「まさかクーチャがこれほど他人を褒める日が来るとは思いませんでした。学園を首席で卒業して以来、私の言葉も届かないほどに増長しておりましたので」
「ち、父上っ!」
父親の暴露話に、クーチャは顔を赤らめて声を上げている。
僕からすれば出会った時から真面目な良い子だったが、単身で国王暗殺を目論んだという事実からすると天狗になっていたのは事実なのだろう。
……暗殺の失敗で鼻を折られたことはともかく、帰りの船で『ごめんなさいワン』などと言わされて更にプライドを削られていたことは口にしないでおこう。
ちなみにおじさんの言う学園とは、軍人養成所のようなところだと聞いている。
簡単な読み書きや戦術などの座学だけではなく、戦時中ということもあって実戦を想定した戦闘訓練を施される施設らしい。
実のところ……軍国の王都にも学園はあるのだが、獣国のそれは軍国とは比較にならないほど規模が大きいものであるようだ。
何を隠そう、僕やレットも王都の学園に入学する予定自体はあった。
だが入学直前に王都を離れたので、結局学園には通えずじまいで終わったのだ。
軍国では教会で読み書きを教えてもらう人間が大多数だが、僕たち兄妹やレットにはそんな機会すらなかった。
山奥では同世代の子供が少ないので、自宅で親から教えを受けるのが基本だ。
読み書きを教えてくれたシークおばさんには感謝しているが、学園で同世代の子供たちと切磋琢磨することに憧れていたのは否定できない。
それにしても……クーチャが学園首席での卒業だったとは驚きだ。
獣国の学園の規模はかなり大きく、神持ちも相当数在籍していると聞いている。
クーチャも神持ちとはいえ、これは結構凄いことではないのだろうか?
「首席で卒業とは大したものではないですか。それに、娘さんの行動は無謀ではありましたが、親の為を思っての行動ですから一概に否定することはできませんよ」
僕がフォローに回ると、クーチャは照れているように狼耳をぺたんと伏せた。
そしてそう――父親が人国問題で頭を悩ませている姿を目の当たりにして、クーチャは国王暗殺という暴挙に踏み切った経緯がある。
自分の力を過信していたことは否めないが、親の悩みを解決することが前提にあったのなら尊い行動だったとも言えるだろう。……結果的に親の悩みを増やしているとしてもだ。
「いいえ、短絡的な行動で解決を図ろうなどとは愚行の極みです。……これまでの半生で壁に当たることが無かったのが良くなかったのでしょう。この子は昔から何をやらせても一番で――」
おやおや、これはいけませんなぁ。
ヒゲおじさんは苦々しい口調で語ってはいるが、その口元は少し緩んでいる。
間違いない、これは愚痴に見せかけた娘自慢だ……!
娘が自惚れていたことを口で咎めつつも、燃料を加えるようなことをしている。
なんだかんだ言いながらもヒゲおじさんは娘が可愛くて仕方がないのだろう。
ナスルさんも似たような事をよくやっていたので既視感を覚える光景だ。
『最近のジーレは元気になり過ぎて困っているのだ。先日もまた兵士を殺してしまってな、はっはっはっ』
などと、全く笑えない事を笑いながら言ってしまうのだ……!
ナスルさんは困ってると口にしているが――本当に困ってるのは兵士の方だ!
あの王様に比べれば、ヒゲおじさんの娘自慢など罪の無い可愛いものだ。
僕の仲間たちは娘自慢に欠片も興味を示していないが、僕はおじさんに負けないようにクーチャの良い所を語って聞かせてあげるとしよう。
明日も夜に投稿予定。
次回、七一話〔代表会談〕