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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第四部 解き放たれた世界
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六九話 下される判断

「――このバカものッ!」


 おじさんの拳がクーチャの脳天に直撃した。

 このおじさん――クーチャの父親は、顔中がヒゲで覆われてはいるが獣人ではなく加護を持たない一般人だ。


 神持ちのクーチャに手を上げたわけなので、殴った拳の方が痛いはずだろう。

 それでもクーチャが目に涙を浮かべているのは、両親に心配を掛けたことを心から反省しているからなのだと思う。


 僕たちは獣国に辿り着いてすぐに、クーチャのお屋敷を訪れていた。


 クーチャは書き置きも残さずに人国に向かっていたらしいので、突然数カ月ぶりに帰ってきた放蕩娘にお屋敷は大騒ぎとなった。

 クーチャの母親などは娘を見るなり泣き崩れるという有様だった。……思わず僕もホロリときてしまうのも仕方ない。


 仕事中の父親にも娘帰還の報せが送られたのか、僕たちが訪問してから数時間後には息を切らした父親も帰ってきている。

 そしてクーチャの父親は、娘から事情を聞くや否や激怒しているというわけだ。


 しかしこれは僕もクーチャを擁護できない。

 何の計画もなく単身で敵国の国王暗殺を謀るなどとは、無謀にも程がある。

 僕と出会った時には素直な子だったが、それは伸びきっていた鼻を手痛い失敗で叩き折られて反省したからなのかも知れない。


 娘を叱ったおじさんは姿勢を正して僕に向き直り、厳粛な様子で頭を下げた。


「愚娘を助けていただき感謝致します。この子の愚行は全て私の不徳の致すところです」


 固い……娘のクーチャも固かったが、父親のヒゲおじさんも相当に堅物である。

 僕は真面目で空気が読める人間なので言わないが、軽いジョークを飛ばすことも躊躇われるような雰囲気だ。


 しかしこれはいけない。

 年長者に一方的に頭を下げられている事を許容していては僕の沽券に関わる。


「どうか頭を上げてください。僕たちも娘さんにはお世話になりましたのでお互い様ですよ」


 クーチャには獣国の情報を教えてもらったばかりか、僕にとっては右も左も分からない獣国で家に招いてもらったりもしているわけだ。

 一方的に感謝を送られるばかりではバツが悪いので、僕もヒゲおじさんに負けないように深く頭を下げる。


「いいえ、そうは参りません。娘が生きてこの地を踏めているのは全てアイス殿のおかげです」


 譲れないものがあるのか、僕に負けじと床に擦りつけるように頭を下げてきた。

 傍から見れば土下座のようになっている状態だ。……果たしておじさんはどんな罪を犯してしまったのか?


 しかもクーチャの事情説明が僕個人を賛美するような内容だったせいか、仲間の功績も僕が独り占めした格好になっている。

 由々しき事態という事で、更に負けじと頭を下げようとすると――「いい加減にしろ貴様ら!」とアイファの一喝が飛んだ。


 その声に、ようやく僕は冷静になる。

 謝罪魂に火が点いていたせいで、危うく頭で床に穴を開けるところだった……。

 過ぎたるは猶及ばざるが如し。

 頭を深く下げれば良いというものではないのだ。


 それに、僕とおじさんがお互いに謝りあったところで不毛でしかない。

 これは珍しくアイファに感謝しなくては。

 僕が心中でアイファの評価を上げていると――彼女の叱責が更に続く。


「家主が帰宅したら食事ではなかったのか!」


 うむ……話ばかりで食事に移行しないので苛立っていただけだったようだ。

 ブレない姿勢には感心するが、これはとても客人の発言内容とは思えない。


 子供のように駄々を()ねるアイファ。

 同じ仲間として赤面する僕。

 しかしクーチャの親御さんたちは、そんな駄々っ子に嫌な顔一つしない。

 

 それどころか、食事の支度に時間が掛かるからということで当座しのぎに軽食を提供してくれる名采配である。

 どうやらアイファのお腹が限界を迎えつつあるのを察してくれたようだ。


「こんな物しかありませんが……」


 おばさんは恐縮そうな様子で出してくれたが、パーティーが誇る食いしん坊が食べ物に文句を言うはずもない。

 しかし急場の飢えしのぎで出てきたそれは、僕の予想外の代物だった。


 これは……()()()


 乾パン、つまりは固く焼いたビスケットだ。

 保存も効くことから軍の糧食としてもお馴染みの一品である。

 これならば一時しのぎでお腹に入れるにはうってつけだが、しかし一般家庭でパッとこれが出てくるのは珍しいと言わざるを得ない。


 ……いや、それよりも気になる事がある。

 軽く塩で味付けされているだけの乾パン、これはアイファ的には〔食事〕か〔おやつ〕どちらに分類されるのだろうか……?


 アイファは食事なら『九十点だ!』、おやつなら『星三つだ!』、と評価方式を変えるという謎のこだわりがある。

 この乾パンにはどちらの評価が下されるのか?

 パーティーの料理担当として実に興味深い。


 先んじて僕が味見していたので「ずるいぞ!」などと卑しんぼなことを言いながら手を伸ばすアイファ。

 果たしてその判定は――


「――うむ、合格だ!」


 合格……!?

 ご、合格とは一体……?


 他所様の家で出された物に合否判定をする無礼さはともかくとして、ここに来てまさかの新評価のお目見えである。

 今まで僕の提供していた料理は合格していたのだろうか?


 素朴ながらも美味しい乾パンであるので僕の自信は揺らぐ。

 なにしろ食いしん坊仲間のフェニィも、無表情のままではあるが乾パンを取る手は絶え間なく動き続けている。……どこか〔作業感〕を感じさせる動きだが、フェニィが満足そうにしている事が僕には分かる。


 いつもの食いしん坊メンバーで、マカだけは一枚食べただけで手を止めているが、これは「食事の前に間食は良くないニャン」という考えからくるものだろう。

 乾パンの味でお屋敷の料理の技量を察したらしく、先に控えている食事を楽しみにしているように尻尾をユラユラさせている。


 複雑な心境ではあるが……思わぬところで異国の家庭料理が食べられる機会だ。

 お屋敷の料理を家庭の味と呼んでいいのかはともかく、ここは素直な気持ちでご馳走になるべきだろう。


明日も夜に投稿予定。

次回、七十話〔看破する真意〕

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