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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第四部 解き放たれた世界

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六八話 強要される屈辱

 僕たちを乗せた船は魔大陸を離れていく。


 もっとも――魔大陸を離れてはいるが、次の目的地はまた魔大陸である。

 他大陸からの交易船が魔大陸を訪れる際には、人国の港に寄港してから獣国の港へ向かうというケースが大半なので、現在の僕たちはその交易船に便乗している。


 海路を選ばずとも、人国と獣国との間にある山脈を超えて密入国するという手もあったが、今回その手は選んでいない。

 争いに向かうわけではないので正規ルートで訪問したかったという理由はある。


 なにより、今の僕たちには獣国の()()()が存在しているのだ。

 その案内人とは――人国で奴隷にされていた〔犬耳を持つ女の子〕だ。


 年齢は僕のひとつ年下の十八歳。

 真面目で礼儀正しい子ではあるが、童顔な顔立ちをしていることもあって常に背伸びをしている印象が拭えない子だ。


 この女の子――クーチャちゃんは人国で奴隷にされていたわけだが、しかし人国で生まれ育った獣型神持ちではない。

 実はクーチャちゃんは獣国生まれ獣国育ちの女の子だ。


 事情を聞いてみると……クーチャちゃんは国王暗殺目的で人国に潜入したのはいいが、逆に捕まって奴隷にされてしまったとのことだ。


 暗殺を試みたわけなのだからルピィのような諜報系の神持ちなのだろうか? と思うところだが、クーチャちゃんは戦闘系の神持ちですらない。

 あまりにも無謀な暗殺計画と言えるが、実はこれは獣国の意思などではなく、彼女は独断で国王暗殺を目論んでしまったらしい。


 神持ちには珍しくないことだが、クーチャちゃんは自分が失敗するはずがないという全能感で暴走してしまったようだ。

 そのクーチャちゃんが、なにやら心配そうな様子で口を開く。


「アイス様。お怪我の具合は如何ですか……?」


 どうやら僕の怪我を心配してくれていたらしい。

 僕が怪我を負っている要因はフードの中――そう、マカによるものだ!


 空術での捜索により、大海原で漂っていたマカを発見して回収したのだが、お怒りな仔猫ちゃんにガブガブ噛まれてしまったのである。

 軽い冗談で『これから出発なのに海で遊んでちゃ駄目じゃないか』と注意をしたことが失敗だったようだ……。


 しかし、僕を痛めつけて気が晴れたのか、港でウルちゃんに危害を加えることはしなかったので悪くない結果ではある。

 僕はウルちゃんの水術に責任を取ると明言していたので尚更文句など言えない。


「これくらいの怪我は怪我の内には入らないから大丈夫。それとクーチャちゃん、僕に畏まった口調で話す必要は無いよ?」


 獣型神持ちの皆さんは僕が首輪を外したことを深く感謝していたが、この子も類に漏れず恩義を感じている様相だ。


 本来ならあの首輪は嵌めた本人である国王しか外せない代物なので、僕があっさり外した時には誰もが呆然としていた。……そこまでは、まだ良かった。


 問題はその後だ。

 奇跡的な所業という印象を与えてしまったらしく、解放された人々の中で僕のことを〔神〕か何かのように崇める人が続出しているのだ。


 クーチャちゃんはブルさんに怯えていたので会話をする機会が少なかったが、ようやく友達になれるという時に『アイス様』などと呼ばれては堪らない。


「さ、左様ですか……では、アイス殿とお呼びしても宜しいでしょうか? 私の事はクーチャとお呼び下さい」


 まだ固いのだが……『アイス様』と呼ばれるよりはマシだろうか。

 ここは焦らずに距離を詰めていくべきだろう。

 そうすれば最終的には『お兄ちゃん!』と呼んでくれる日も訪れるはずだ。


「うん、分かったよクーチャ」


 笑顔で名前を呼ぶと、クーチャは()()をブンブンと振って嬉しそうな様子だ。

 そう――この子には犬耳だけではなく尻尾も生えているのだ。


 獣型神持ちとひと口に言っても、彼らの中には〔耳だけ〕があるケースと〔耳と尻尾〕があるケースに大別される。

 後者は両持ちと呼ばれ、獣人の中でも尊敬を集める存在とのことだ。


 それでも獣国に階級制度があるわけではない。

 事前に得ていた情報によると、獣国では人型神持ちが奴隷にされているという話だったが、クーチャの話では人型神持ちとも争うことなく共存しているらしい。


「それにしても……獣国に詳しいクーチャがいてくれて助かったよ」


 人国では獣国に関する情報を持っている人間が少ないのが実情だ。

 厳密には、情報自体はあるが事実と異なる歪められた情報が蔓延していた。


 独裁国家が情報統制を行うことは往々にしてあるが、敵国に関する情報ということで不自然に評判を貶めるような情報ばかりだったのだ。

 獣国出身のクーチャから直接話を聞いて判明した事実も多かったので、彼女と接触を持てたことは望外の幸運だった。


 しかも彼女は〔獣国の要職〕に就いている人物の娘らしい。

 人国では空振りに終わったものの、神が権力者の周囲に存在している可能性は高いので獣国の権力者にも会う必要があると考えていた。


 クーチャの父親が政府高官となると、平和的に政府筋と接触出来る公算が高い。

 クーチャに恩を着せて利用している面は否定できないが、これは獣国側にも利がある話なので獣国の高官として損はないはずだ。


「いえアイス殿、私などは……」


 僕の感謝の言葉にクーチャは涼しい顔で謙遜しているものの――激しく振られている尻尾で感情が丸見えとなっている。


 この子はパンツに穴を開けて尻尾を出しているようだが、尻尾の摩擦で穴が拡がってお尻が丸見えにならないか心配になってくるほどだ。

 尻尾のことを聞いたらセクハラになるだろうか? と僕が真剣に悩んでいると――空気を読まない仲間が割って入ってきた。


「アイス君、海へ泳ぎに行こうよ!」


 久し振りの船旅で泳ぎたくなったのか、僕を誘っているルピィは既に水着だ。

 もう少し獣国の話を聞きたいところではあったが、ルピィばかりか他の仲間たちも遊泳態勢に入っている。

 うむ……ここは僕も海水浴に行こうかな。


 しかし、僕がそう思ったところで――その事件は発生してしまった。


「おい貴殿、アイス殿に馴れ馴れしいぞ」


 クーチャがルピィに噛みついたのだ。

 自分が褒められている時に邪魔をされたことが気に食わないのもあるだろうが、元々この子にはルピィを嫌っている節があった。


 これまで僕たちはブルさんと四六時中一緒にいたので文句を言えなかったようだが……天敵の熊神がいなくなり、母国にもうすぐ到着するということで、クーチャの気が大きくなっているようだ。

 しかしこれは大変にまずい事態だ。


「へぇ……クマさんがいなくなった途端に吠えるじゃないのワンちゃん」


 ルピィが売られた喧嘩を買わないわけがない。

 最近はルピィに〔国王役〕を任せていたこともあって、僕による褒め殺しの毎日で機嫌が良かったのだが、薄ら笑いを浮かべている今のルピィからは嗜虐心しか感じられない。


 そもそもクーチャがルピィを嫌っている要因として、僕がルピィを褒め殺ししていたことに苛立っていたのも要因にあると推察している。

 そうなると僕も無関係ではない。

 仲裁すべく口を挟むのは当然の事だ。


「まぁまぁ落ち着いてよルピィ。クーチャもだよ? ルピィは僕の家族みたいな人なんだから他人行儀な態度を取られる方が嫌だよ」


 仲裁に長けた僕の言葉が効いたのか、ルピィはあっという間に笑顔になって戦意を収めてくれた。

 しかし……残念ながら、クーチャの方は引いてくれなかった。


「アイス殿。〔狼の獣人〕である私が犬呼ばわりされては黙っていられません。男か女か分からぬような者とは違います。私はれっきとした誇り高き狼なのです」


 な、なんてデンジャラスな発言を……!


 神持ちは総じてプライドが高い傾向があるとはいえ、これは無謀過ぎる振る舞いだと言わざるを得ない。

 どうやらルピィの『ワンちゃん』発言が逆鱗に触れたようだが……僕も〔犬の獣人〕だと思っていたなんて言えない!


「ふふふっ……このワンちゃんには(しつけ)が必要なようだね」


 駄目だ、もうルピィには火が点いている。

 水着姿なのに『男か女か分からない』と言われてしまったのだから無理もない。


 しかし考えみれば、両者はそれぞれ腕に自信を持っている神持ちだ。

 この機会に後腐れなく模擬戦で決着をつけることもアリではないだろうか。……これは決して巻き込まれたくないという理由からの選択ではない。


 ――――。


「――ほらほら、『ごめんなさいワン』って言ってごらんよ」

「くっっ……ご、ごめんなさいワン」


 ひどいっ……!

 語尾にワンを付けさせて辱めている……!

 犬扱いを嫌がるクーチャにこの仕打ちよ。

 こんなの、こんなの酷すぎるワン……!


 まったくルピィときたら……クーチャが最も嫌がりそうな事を要求するあたり、人の嫌がる事をやらせたら天才的である。


 しかし、クーチャをコテンパンにしてこんな謝罪までさせたわけだ。

 男扱いの侮辱を受けたとは言え、意思返しはもう充分過ぎるだろう。


「そこまでだよルピィ。過剰なイジメは見過ごせないね」

「わ、私はイジメられてなどおりません!」


 おっと、しまった。

 僕としたことが軽率な発言だった。


 苛められっ子が『自分はイジメを受けてない』と言い張ることは珍しくない。

 どこからどう見てもクーチャは苛められていたのだが、この場合は真実など問題では無い。優先すべきは彼女の自尊心だ。

 これは僕の配慮が足りなかった。


「ごめんごめん。僕の勘違いだったよ」

「ぅぅぅぅ……」


 魔王ルピィに手も足も出ずにやられていた可哀想な子の頭を撫でてあげると、クーチャは不満を訴えるような唸り声を上げている。

 だがその不本意な声とは裏腹に――尻尾が千切れそうなほどに振られている!


 これもある種の〔頭隠して尻隠さず〕。

 呆れ顔のルピィが「完全に犬じゃん……」と呟いている声も聞こえていないようので、僕の慰めに大変満足してくれているらしい。


 しかしこの子……一応は政府高官の父親を持つお嬢様であるにも関わらず、驚くほどに素直で良い子だ。

 人国の上層部は高慢な者ばかりだったということを思えば、このクーチャを見る限りでは獣国は好ましい国であるような気がする。


明日も夜に投稿予定。

次回、六九話〔下される判断〕

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