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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第四部 解き放たれた世界
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六七話 悪意なき殺害計画

 海風に当たっているマカをぼんやり見ていると、不意に僕は思いつく。

 せっかく海岸を訪れているのだから、アレを試す絶好の機会ではないか?


「ねぇウルちゃん、旅立ちの前にウルちゃんの()()を見せてもらえないかな?」


 広い海という練習場所なら〔水神持ち〕の水術を試すのに好都合というわけだ。

 そう――ウルちゃんは水神持ち。

 僕たちの大陸には存在していない〔水神の加護〕を持っている。


 希少な魔術系の神持ちということで、ウルちゃんが虐待されている光景を見た時は二重の意味で目を疑ったものだ。

 国が軍事利用するならともかく、劣悪な環境下で雑用をやらせていたわけだ。

 感情面を抜きにして考えたとしても、正気を疑うほどの非合理な扱いである。


 だが、魔大陸で魔術系の神持ちが軽視されている事には理由があった。


「お兄さん……その、まだ水術を使える自信がありません」


 ウルちゃんは消え入りそうな声で言葉を漏らす。


 この子が自信を持っていないのも無理はない。

 魔術系神持ちの魔術は強力だが、その代償として魔術の制御が難しい面がある。

 我らがマカでさえ、うっかり味方に雷術を放ってしまったことがあるくらいだ。


 そしてその事実こそが、魔大陸で魔術系神持ちが重要視されていない理由だ。


 魔術を意のままに操る為には、魔力操作の鍛錬が必要不可欠となる。

 だが、僕らの大陸と違って魔大陸では鍛錬方法が確立されていないらしい。

 我流で繊細な魔力操作方法を体得するのは困難なので、必然的に魔大陸では魔力操作を苦手とする人間が多くなるというわけだ。


 これが一般人であれば魔力操作が不得手であっても何の問題も無い。

 しかし、高度な魔力操作を必要としない一般人ならいざ知らず、魔術系の神持ちが魔力を制御できないのは問題だ。


 以前には魔術系神持ちが魔術を暴走させて他人どころか術者も死亡する事故が頻発したとの話だが――扱いの難しい兵器を子供に持たせているようなものなのだから、起こるべくして起こった事故だと言えるだろう。


 そんな過去もあって、現在の魔大陸では魔術系神持ちは魔術を禁止されている。

 戦場では極めて有用な魔術系神持ちではあるが、神持ちを無駄死にさせるリスクを負うよりは労働力として使った方が望ましいという事のようだ。


 だが、ウルちゃんなら大丈夫なはずだ。

 この一カ月という期間に、僕が付きっきりで魔力操作を教え込んだのだ。


 今のウルちゃんなら、魔術を暴走させるようなことは無いだろう。

 卒業試験というわけでもないが、おあつらえ向きに海へ来ているので別れる前に練習の成果を見せてもらいたい。


「ウルちゃんなら成功すること間違い無しだよ。もし何かあっても僕が責任を取るから、思い切ってトライしちゃおう!」


 言葉だけでなく物理的にも幼女の背中を押して海岸に連れて行くと、ウルちゃんは困った顔で「分かりました」と了承してくれた。


 よしよし、僕の思惑通りだ。

 今のウルちゃんに必要なのは自信だ。

 この子は優秀な子なのに、苛められて育ったせいで劣等感を抱えている。


 そこでこの水術だ。

 魔大陸で魔術を十全に使いこなせる魔術系神持ちはいないので、ここで水術を成功させて自信をつけてもらおうというわけだ。


 僕の見立てでは水術が成功する公算は高い。

 ならばここは、多少強引に背中を押してでも水術に挑戦してもらうべきだ。

 上手く成功した後に目一杯ウルちゃんを褒めてあげれば――『私……今、輝いてる!』と、成功体験で自信を得られることは必定だ!


 僕と仲間たちは、ウルちゃんの背後で固唾を飲んで動向を見守る。

 そしてウルちゃんは、緊張した面持ちで小さな手を海に向けた。


「――やぁぁっ!」


 水神のウルちゃんによる水術は放たれた。


 僕には水神の水術についての知識は無い。

 だが他の魔術系神持ちの魔術から、おおよその見当はつけていた。

 おそらく大量の水が出現すると推測していたし、実際にその通りの魔術だった。


 誤算があったのは二点。


 火神の火術は人間の頭部サイズの火球が放たれると聞いていたので、水神の水術は多くとも浴槽をひっくり返すくらいの水量だと思っていた。

 しかしウルちゃんの放った魔術は、僕の浅はかな推測を遥かに凌駕していた。


 大雨で増水した川のような濁流。

 ウルちゃんの魔術行使と同時――家一軒を押し流すような水流が出現したのだ。


 それだけならまだ良かったが、最大の誤算は〔水流の出現場所〕にあった。

 その強烈な水流が現れたのはウルちゃんの手の前方ではない。

 なぜかウルちゃんの背後、斜め後方の位置に水流が出現したのだ。


 それでも、水流の矛先は街ではなく海だ。

 本来ならば問題にならない出現場所だが、これは間違いなく誤算の一つだ。

 全てを押し流す奔流が、海に襲い掛かる――


「ニャァァァ…………」


 そして堤防で寝ていたマカを飲み込んでいった……!

 圧倒的な水流に抵抗出来るはずもなく、小さな身体のマカは凄まじい勢いで沖に流されてしまった……。


 ……こ、これはいかんですよ。

 水術披露の場で『興味ないニャ』と、一匹だけ離れた場所にいたのが災いした。

 ウルちゃんの『やぁぁっ!』という掛け声に応えるような声を残して、マカちゃんは海の向こうに消えてしまった。


 猫耳が似ているだけあって息ピッタリだと感心している場合ではない。

 すぐにレスキューに向かわなくては……。

 だがそこで、僕はウルちゃんの異変に気付く。


「ど、どうしよう……」


 むむっ、マカを流した罪悪感に襲われているのか真っ青な顔だ。

 マカのことは心配だが、あのニャンコはこの程度で死ぬほど柔ではない。

 ここはひとまずウルちゃんを安心させるべきところだろう。


「凄いねウルちゃん! 発動良し、水量良しの完璧な水術だったじゃないか!」


 僕はウルちゃんを手放しで褒め称える。

 それでも『狙い良し』とは口が裂けても言えないので言わない。

 そう、マカが巻き込まれた事については言及などしない……!


「えっ……」


 絶望に震えていたウルちゃんだったが、僕からの思わぬ絶賛に動揺している。

 よし、ここで更にもうひと押しだ。


「レットもそう思うだろ?」


 客観的に見て、ウルちゃんが特に心を開いている対象が僕とレットだ。

 レットにも肯定してもらえれば、ウルちゃんは自分を責めたりはしないはずだ。

 この子には『マカちゃんを洗濯してあげました!』と言えるぐらいにポジティブな思考をしてもらいたい。


 そして長い付き合いなので、レットが僕に近い思考をしているのはお見通しだ。

 この親友は海に消えたマカの身を案じつつも、自分が焦って救助に向かえばウルちゃんが気に病むのではないかと葛藤している。

 レットなら称賛の流れに乗ってくれるはずだ。


「うっ……そ、そうだな。凄かったな」


 レットは苦渋の決断を下すような顔でウルちゃんを褒めることを選択した。

 それでも嘘を吐いていないのは流石である。


 ウルちゃんは「えっ、えっっ……」と混乱しているが、結果的には蒼白になっていた顔に血色が戻ってきているので悪くない兆候だ。

 そして僕とレットだけではない、仲間たちも口々にウルちゃんを褒め称える。


「見事な水術でしたよウルさん」

「すごいじゃんウルちゃん! マカをやっつけちゃったね!」


 妹ライバルに厳しいはずのセレンでさえ、ウルちゃんに微笑みを送っている。

 おそらく、マカが犠牲になったことが大幅な加点対象になっているのだろう。


 ルピィに至っては、ウルちゃんが故意にマカを狙ったかのような言い草だ。

 マカが悲鳴を上げて流されていく様がツボに嵌まったらしく、ルピィはお世辞を言っているわけでもなく心からの良い笑顔をしている。


「で、でもマカちゃんが……」

「大丈夫だよウルちゃん。マカは海で泳ぐのが大好きだから今頃喜んでるんじゃないかな?」


 ウルちゃんがまだ憂慮していたので、僕は適当にデッチあげて安心させる。 

 魔大陸への航海中、マカが一度も海に入らなかったことなど些細な事である。


 うむ、話していると本当にマカが喜んでいるような気がしてきたぞ。

 思い返せば流されていく時のマカの鳴き声は――『ニャァァァ……波乗り最高ニャァァァ』と鳴いていた気もする……!


「さてと……楽しく泳いでいるマカには悪いけど、船の出航に遅れるといけないからそろそろマカを回収してくるね」


 ウルちゃんが落ち着いてきたところで、マカの回収に向かうことを告げた。

 マカがどこまで流されたのかは分からないが、空術で空から捜索してあげれば見つけられるはずだろう。


明日も夜に投稿予定。

次回、六八話〔強要される屈辱〕

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