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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第四部 解き放たれた世界
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六六話 任命するお目付け役

 人国旅立ちの日。

 僕たちは人国に降り立った時と同じように港を訪れていた。

 次の目的地は地続きの獣国なので、港を訪れていることは一見不可解ではある。


 この背景には、人国が誇る最強戦力〔熊神〕の存在が影響している。

 なにしろ並の神持ちが束になって挑んでも返り討ちにするようなブルさんだ。

 敵対している獣国からすれば、熊神を戦場に出させないことが最優先になる。


 そもそも今でも獣国という国が存続しているのは、ブルさんが積極的に戦争へ参加する意志が無かったからと言っても過言ではない。

 首輪を着けられて檻ごと最前線に送られれば闘わざるを得ないだろうが、強引に戦場へ放り込まれてブルさんの戦意が高いはずもないのだ。


 そんなわけで獣国が熊神対策として打った手は、数少ない移動経路の封鎖だ。

 人国と獣国の間には深い山脈が存在しており、両国の移動経路は限られている。

 そう――落盤などを利用して、物理的に山中の整備された道を封鎖したのだ。

 

 他のルートで熊神を送り込むことは不可能ではないが、巨体のブルさんを檻で移送するとなると、獣道での山越えや海路での移動は現実的ではない。

 檻を抱えて山脈越えに挑むことは困難であるし、海上を移送中に船を沈められてしまったら、人国は貴重な熊神を失うことになる。


 結果的に両国間の戦争は小康状態となっているので、獣国による陸路封鎖は効果的な作戦だったと言えるだろう。


 ――――。


「お兄さん……本当に戻ってきてくれますか?」


 目に涙を浮かべながら僕の顔を見上げているのは、猫耳幼女のウルちゃんだ。

 ウルちゃんも軍国移住を希望してくれたので、人国待機組の一人でもある。


 実はウルちゃんには獣国への同行を希望されたりもしたのだが、危険な荒事が発生する可能性もあるので断らざるを得なかった。


 留守の間に不自由しないように、人国待機組には十分な生活費を渡してある。

 安全面にしても、神持ちの集まりである彼らに危害を加えられる存在はいない。

 危険な要素がある獣国訪問に同行するよりも、人国で平和に待っていてもらった方が望ましいというものだ。


「うん。獣国での用事を済ませたら必ず戻ってくるよ。僕は嘘を吐かないから安心して待っててね」


 僕を慕ってくれるウルちゃんに笑顔でお迎えを約束すると、彼女は無意識のようにレットの方に視線を向ける。

 レットが無言で頷くと、ウルちゃんはようやく安心したような笑顔を見せた。


 なんだろう……出会った当初と比較すると、レットへの信頼が増加した分だけ僕への信頼が目減りしたような気がする。

 大泥棒レットめ、その悪行は目に余るぞ――『その信頼、いただきでぃ!』


 ……いや、いかんいかん。

 たとえレットが卑劣な真似に手を染めているとしても、ウルちゃんが安心しているのだから素直に喜ばなくては。


 とりあえずウルちゃんは安心してくれたから良しとして、人国待機組で最大の不安材料にも念を押しておかなければならない。


「ブルさんも少しだけ待っててくださいね。悪人以外は殺したら駄目ですよ?」


 そう、人国最強の神獣であり最大の不安材料であるブルさんだ。

 ブルさんは深刻な人間嫌いを抱えているので、人間に対して全く容赦がない。


 僕の仲間たちに関しては家族のような存在と紹介したこともあって、〔僕=人間ではない〕の法則により、〔僕の仲間=人間ではない〕という流れで敵意を解いてもらっているので問題無い。

 その認識と近いところで、獣型神持ちのことも〔人間ではない〕と判断しているらしく柔らかい態度を取ってくれる。


 しかし、純粋な人間が相手となると別だ。

 かつての恨みを吐き出すように、ブルさんは敵意を剥き出しにしてしまうのだ。


 人間側のブルさんへの態度もまた問題だ。

 闘技場でのブルさんは大人気だったが、ひとたび街を歩こうものなら人気者として取り囲まれるどころか――人々はたちまち恐慌状態になってしまうのだ。


 どうやら遠くから眺めている分には良いようだが、手の届く範囲に現れると恐怖の対象となってしまうらしい。

 ブルさんの方も人間を憎悪しているので、人々が恐怖で逃げ回るのは正しいとも言えるのが辛いところだ。


 そんな事情もあって、元奴隷の皆さんと同様にブルさんも人国に居場所が無い。

 そうなると、ブルさんも軍国移住組に加わるのは必然的な流れだ。


 もちろん全長三メートルのヒグマという外見なので、軍国の人々をちょっぴり驚かせてしまう可能性はあるだろう。

 しかもこのブルさん、些細な事でビームを放つデンジャラスなクマさんだ。


 だが、王都の人々はジーレやシーレイさんに日々鍛えられている。

 順応性の高い王都民なら、狂暴なブルさんにもすぐに慣れてくれるはずだ。


 将来的にはゴリラのコザルさんも自宅に招きたいと思っているので、ブルさんの存在は巨大動物に慣れるという意味でも悪くない。

 コザルさんは森での生活が気に入っているようなので人里に住むことは無いだろうが、気軽に訪れることが可能な環境は作っておきたいのだ。


 しかし心なしか王都のカオス化が深刻になりつつある気も……いや、ブルさんは僕のお願いしたことはちゃんと聞いてくれる。

 軍国に移住したとしても、平和的に王都へ溶け込んでくれるはずだ。

 僕が獣国に出掛けている間も大人しく留守番していてくれることだろう。


「――人間、皆殺しダ」


 ふ、ふむ……ブルさんから不穏な発言が飛び出てきたが、これは悪い人間を皆殺しにするという事なのだろう。

 僕の留守中に人国が滅亡しているなんてことは無いはずだ。……無いはずだ。


 実はウルちゃんと同様にブルさんからも『お前と行ク』と同行を希望されたので、ブルさんを獣国に連れて行くという手も考えたのだが……さすがに問題が多過ぎるので断らせてもらっている。


 ウルちゃんと違って戦力面での問題は無い。

 だがブルさんは、獣国からすれば不俱戴天の敵である〔熊神〕だ。

 ブルさんを連れていけば平和的活動が望めなくなってしまうのは明らかだ――この過激な発言が全てを物語っている……!


「本当に暴れちゃ駄目ですよブルさん? ――ウルちゃん、ブルさんが暴れないように見張っててあげてね」

「わ、私がですか!?」


 幼いながらもしっかり者のウルちゃんにお目付け役を任せると、ウルちゃんは猫耳をピーンと立たせて驚愕している。

 この様子からすると、自分の名前が出てくるとは想像もしていなかったようだ。


 だがウルちゃんは、気性も穏やかで常識を弁えているという神持ちには珍しい逸材なので、僕がお目付け役に任命するのも当然の事だ。

 唯一の問題があるとすればブルさんをまだ怖がっているという点ぐらいだが、それでも初期の頃に比べれば慣れてきた気配はある。


 一応はクマさんにもお願いしておくとしよう。


「ブルさん、ウルちゃんが困っていたら助けてあげてくださいね?」


 年齢に見合わないほどのしっかり者ではあるが、ウルちゃんはまだ幼い子供だ。

 まだ差別意識が残っている人国でウルちゃんが苛められないとも限らないので、頼りになり過ぎるほどに頼りになるブルさんに守ってもらおうというわけだ。

 これは持ちつ持たれつの良いコンビになるのではないだろうか……?


 幼女をお目付け役に付けられて不満げなブルさんだったが、僕に頼りにされて満更でもないのか、一転して機嫌を直したように口を開く。


「――皆殺しダ」


 う、うむ……ウルちゃんを苛めるような輩は皆殺しにするということか。

 一抹の不安を感じなくもないが、悪人以外はあまり殺さないクマさんではあるので大丈夫だろう。


 残念ながらブルさんは、街の人々どころか獣型神持ちの皆さんからも距離を取られているというのが現状だ。

 親しい友人が少ないという状況は望ましくないので、この機会にブルさんとウルちゃんが仲良くなってくれることを願うばかりである。


 なにしろ同じ神獣のマカでさえ、ブルさんを恐れてフードから逃げ出している。

 あの不義理なニャンコは、堤防で海の風に当たりながらゴロニャンとしていて別れの挨拶すらしようとしない。

 ブルさんの方も小生意気なマカを良く思っていない節があるので両者が仲良くなる日は遠そうだ……。


明日も夜に投稿予定。

次回、六七話〔悪意なき殺害計画〕

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