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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第四部 解き放たれた世界

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六五話 新体制

 激動の闘技大会から一カ月。

 この一カ月の間に情勢は目まぐるしく移り変わり、今日という日にようやくこれまでの努力が結実する。


『人国に存在していた奴隷は今日をもって全て解放された。今日以降、奴隷の所持が発覚した者は死罪とする!』 


 ()()による奴隷制度の根絶宣言。

 広場に集まった人国の民衆は、困惑しつつも流されるように拍手を送っている。

 しかし民衆が困惑しているのも当然の事だ。


 差別主義者であった人国の国王。

 獣人に厳しいばかりか、一般人にすら差別的な態度を取っていた男だ。

 その国王が別人のように豹変しているので民衆が不審に思わないわけがない。


 そして国民のその不審感は正しい。

 国王は別人のようになったというより――――別人になっているのだ!


 常人の数倍はある長い耳に傲慢そうな態度。

 姿形こそは以前のままの国王だ。

 だが中身は以前の国王と似ても似つかない。


 人国の王族が全滅するという痛ましい事故が起きてしまったあの日。

 他の王族とは違い、国王だけは〔頭部〕が残っていたのは不幸中の幸いだった。

 ……ブルさん的には国王を長く苦しめたかっただけなのかも知れないが。


 しかし、顔が残っていれば国王の顔の型を取ることが可能となる。

 顔の型を取る、つまりは国王への変装が可能になるということだ。

 ならばもう、奴隷制度廃絶を宣言している人物の正体は明らかだ。


 そう、現在演説している人間は――()()()()()()()()()()()()である!


 国王の肉声をルピィが聞いていないという問題はあったが、僕の声音再現を参考に試行錯誤した結果、無事〔新生国王〕が誕生することに至ったのだ。


 ちなみに、国王の死亡時には目撃者がいた。

 誰あろう貴賓席にいた護衛たちのことだが、彼らには国王の死亡事故について他言無用をお願いしている。

 あの場でブルさんの威圧を受けても意識を保っていたのは獣型神持ち、つまりは〔首輪付きの奴隷〕の皆さんだ。


 奴隷を強制されていた彼らが国王に忠誠心を持っているはずもない。

 彼らは見て見ぬフリをしてくれただけではなく、その後の奴隷解放活動まで自主的に手伝ってくれているほどだ。


 もっとも……僕が首輪を外すことで自由になった彼らだが、その多くは生まれた時から人国で奴隷生活を送っていた人たちだ。

 獣人差別が根強い人国では人並みの生活を送ることも難しいので、彼らとしては僕たちに協力する以外の道は無かったとも言えるだろう。


 だがそれも、今日で全てが終わっている。

 国の制度が変わったとしても国民の意識改革には時間が掛かるだろうが、少なくともこれからは彼らが大手を振って街を歩けることは間違いない。


 ちなみに――王族の全滅により人国の王制は終わりを迎えたが、今の人国が無政府状態になっているわけではない。

 人国は国王の独裁政権下にあったものの、全ての政策や国家方針を国王が決定していたわけではないのだ。


 政策の立案などは、大商会の代表で構成されている〔議会〕が行っていた。

 最終的な決定権は国王が握っていたので形骸化している面はあったが、この一カ月に人国で大きな混乱が無かったのは議会が存続していた影響が大きい。


 奴隷解放という目的は、短絡的な手段で達成出来ることではない。

 後先を考えずに行動するなら、国王の強権で全ての奴隷を即時解放するという手段で片が付く話ではある。


 だがそのやり方では、国中が大混乱に陥ってしまうことが避けられない。


 なにしろ解放すべき対象は、長い期間に渡って虐げられていた神持ちたちだ。

 人国の人間に恨みを持っている者も多いので、今までの鬱憤を晴らすように暴れ回る者がいないとも限らないのである。

 僕は人国の奴隷制度撤廃を目標としてはいるが、罪無き人々に多大な迷惑を掛けるつもりはないのだ。


 奴隷を即時解放できなかったもう一つの理由として、今の人国では奴隷の存在が労働力として確立してしまっていることも要因にあった。

 突然に大きな労働力を失うことで商会が潰れてしまったら、商会関係者の家族も苦境に立たされることになる。……商会も国の法に従っていただけなので一方的な負担を強いるわけにはいかない。

 

 これらの事情を踏まえると、奴隷解放は計画的に行うことが必須となる。

 そこで僕たちが目をつけたのは、大商会の代表の集まりである〔議会〕だ。

 人国の問題なので、人国の代表とも言える彼らの知恵を借りることにしたのだ。


 そう――ルピィ扮する国王が〔円滑な奴隷解放策〕についての議論を議会に命じたのである。


 当然の事だが、議会では反対意見が続出した。

 人国では大商会と中商会が奴隷の大多数を抱えているので、大商会の集まりである彼らが反対することは当然だ。


 奴隷という資産を失うこともさることながら、虐げていた者たちに報復を受けることを恐れている様子が多く見受けられた。

 恨みを買っていそうな大商会の代表ほど頑なに反対していたが……しかしそれでも、最終的には奴隷解放に応じてくれている。


 彼らの心変わりの裏には僕の秀逸な作戦がある。


 会議参加者に不審の目で見られながらもルピィ国王の隣に座っていた僕だったが、唐突に革新的なアイデアを閃いてしまったのだ。


 つまるところ、彼らは奴隷の気持ちを理解していないからこそ、非人道的な政策である奴隷制度を支持しているとも言える。

 彼らは大商会の人間ということで、生まれた時から恵まれた立場にいる。

 だからこそ、虐げられている人々の心情に想像が及んでいないのだ。


 ならばここで必要なのは現場の声。

 裁判で証言するかの如く、元奴隷の悲痛な声を聞かせるべきではないか? 

 名案を思いついた僕の行動は早い――そう、ブルさんを議場に連れ込んだのだ!


 奴隷解放に否定的だった人間たちも、熊神が姿を見せればそれだけで解決だ。

 昔とは違い自由の身となっているブルさんの姿に心を打たれたのだろう、口汚く反対していた男たちは一斉に声が小さくなったのである。


 それでも頑なに奴隷解放に反対していた者はいたが、ブルさんが奴隷の哀しみを吐き出す勢いで〔ビーム〕を吐き出したことが完全に駄目押しとなった。

 反対者は完全に黙り込んだ……いや、首を無くして喋れなくなったのだ!


 反対意見を問答無用で封殺した感はあるのだが、どのみち処断する予定の男ではあったので、奴隷解放の強固な意志を見せつけるという意味では悪くない。


 僕たちは議会のメンバーを調査した上で会議を開催していたので、その男が店主を務める大商会で奴隷を虐待している事実も掴んでいたのだ。

 男が強硬な姿勢で奴隷解放に反対していたのは、獣人の神持ちに逆襲を受けることを恐れていたというわけだ。


 後にルピィ国王の一存により奴隷の扱いが悪かった商会は厳罰に処されたので、結果的には男の死期が早まっただけだ。

 過去の人国の法では奴隷を粗略に扱うことは違法ではないが、国の後ろ盾があることを理由に虐待をするような輩には同情の余地はない。


 ――――。


 役目を終えたルピィ国王は死去の日を迎えた。

 本物の国王は既に死亡しているわけなので、アディショナルタイムを終えて本来在るべき形に戻ったとも言えるだろう。


 国王死亡の直前には議会へ全権を移譲しているが、人国の体制が大きく変わっても国内で大きな混乱は起きていない。

 最近の国王は不自然な言動が多かったこともあって、国王死去を発表した際には国民から安堵の空気が感じられたくらいだ。


 なにしろルピィ国王は、王族を殺害したはずの熊神と何事も無かったかのように共に行動していたのだ。

 巷で〔国王は熊神に脅されている〕と噂されるのもやむを得ないところだろう。


 結果的にブルさんに悪役をやらせていると思いきや、その噂には続きがある。

 国王を脅している熊神は、神獣使いの指示によって動いているというものだ。


 神獣使い――そう、まさかの僕のことだ……!


 言うまでもなく、僕は神獣使いなどではない。

 マカやブルさんと仲が良いので百歩譲ってその呼称を受け入れるにしても、人国の〔影の支配者〕のような扱いを受けるのは甚だ遺憾だ。


 人国では友達を大勢作るはずだったのに、街を歩けば人が逃げ出す有様である。

 一体どこで道を間違えてしまったのか?

 もしかしたら……ブルさんのふかふかの体毛に誘惑されて〔おんぶ〕してもらいながら街を歩いていたのが失敗だったのだろうか?


 ともかく――これから人国の国家運営は議会が(にな)っていくことになる。 

 人格的に問題があった大商会の店主は処断しているので、現行の議会メンバーなら人国を悪いようにはしないはずだろう。


 それに議会が悪さをしようにも、今の人国では神持ちが自由の身となっている。

 もし仮に奴隷制度復活などの愚かな真似をしようものなら、彼ら自身の首を絞める結果となるに違いない。


 奴隷から解放されて自由となった神持ち。

 今回の件で最も僕の頭を悩ませたのは、彼らの今後についてのことだ。


 大会の審判を務めていたタヌキ耳おじさんのように、奴隷の身でありながら国民から一定の信頼を得ていた人については問題無い。

 だがタヌキ耳おじさんのような人は例外的な存在であり、奴隷の多くは解放後に居場所がないような人たちばかりだったのだ。


 獣型神持ちが優遇される獣国への移住を提案してみたりもしたが、彼らは強制的に獣国との戦争に駆り出されていたようなので〔獣国は敵〕という印象を拭えない者が多かった。


 そこで僕は過去の成功例に(なら)うこととした。

 かつて帝国の研究所に囚われていた人々を解放した時と同じく――大陸を渡った先、軍国で彼らを受け入れようというわけだ。

 軍国では少し前に大勢の神持ちを受け入れたばかりなので、ここから更に数十人増えたところで大差は無いことだろう。


 無論、彼らだけを軍国に向かわせるような無責任な事はできない。

 知らない土地に自分たちだけで向かうのは心細いはずであるし、先触れもなく神持ちの集団が軍国を訪れようものなら、ナスルさんたちを驚かせてしまうかも知れないのだ。


 しかも彼らは軍国では存在しない()()()()()だ。

 僕が紹介状を持たせても、軍国がアニマルパニックとなるのは想像に難くない。


 そんなわけで――とりあえず元奴隷の皆さんには人国で待ってもらい、僕たちの目的達成後、帰国する時に同じ船で行こうということで話は纏まった。


 国の歪みを正しつつ神からの干渉を待つのが目的ということで、直近の目標であった人国の奴隷制度の撤廃は解決済みだ。

 結局のところ何の干渉も無いままに人国の改革に成功してしまったわけだが、次はお隣の〔獣国〕に向かってみるつもりでいる。

 

 人国と獣国の戦争は人国が仕掛けることが多かったようなので、人国の王族が消えて魔大陸に平和が訪れる可能性はあるが、獣国も何かしらの問題を抱えているかも知れないのだ。

 獣国でも何も起きなければ神に接触する手段の当てが無くなるが……世直しをしているわけなのでそれはそれで構わないとも言える。


明日も夜に投稿予定。

次回、六六話〔任命するお目付け役〕

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