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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第三部 最強の神獣
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六四話 察してしまうクオリア

 相次ぐクマビーム殺人事件によって、もう王族は残り一人となってしまった。

 これはさすがに寛大な僕であっても看過するわけにはいかない。

 僕はブルさんの背中を押して部屋の隅へ連れていき、殺人クマさんを叱責する。


「ちょっとちょっとブルさん、なるべく殺さないようにと言ったじゃないですか」

「グゥ……」


 くっっ、こんな時だけ普通のクマのような声を上げよってからに。

 流暢に人語を喋っていたはずなのに、すっかり普通のクマぶっている。

 ちょっと可愛いから許してあげたくなるじゃないか……!


 しかし……基本的には素直にお願いを聞いてくれていたはずなのに、なぜ人間の殺害についてはフリーダムなのだろう?

 これでは殺人狂クマさんと言われても言い返せないではないか。


 ――いや、待てよ。


 僕は大きな勘違いをしていたのではないか?

 素直なブルさんが堂々と約束を反故にするとは考えにくい。

 つまりブルさん自身は〔約束を守っているつもり〕という可能性がある。


 そう、これは――クオリアの違いだ。

 クオリアの違い、つまりは個々の感覚の違い。

 人間とヒグマとの感覚の違いにより悲劇が繰り返されていたのではないか?


 同じ物を見て、同じ感想を述べている人間が二人いたとしても、実際には全く別の感想を言っているという事は起こりうるのだ。

 同じ国の人間であっても、年齢が異なるというだけで感覚の違いは発生する。


 一例を挙げると、色の違いだ。

 軍国のお年寄りは、なぜか〔緑〕のことを『青』と呼ぶ傾向がある。

 僕が『青い石を拾ったんですよ』などとお年寄りに話すと、相手は無意識に〔緑の石〕を連想するということがあるのだ。


 お互いに違和感なく会話が成り立っているわけだが、同じ人間の中でもこんな事が起こってしまうわけである。

 種族が異なるともなれば、どれほどの感覚の乖離があるのか想像もできない。


 つまり『なるべく人間を殺さないでくださいね?』という僕の言葉は――『人間は皆殺しだ!』として受け止められている可能性がある……!


 ふふ……ならば僕のすべきことは簡単だ。

 僕とブルさんは密談を終えて王族の元へと戻る。


 気が付けば王族は残り一人となってしまったので、もはや失敗は許されない。

 平和的解決の為にも、この男だけは殺害しないようにしなければならない。


 僕が眼前に立ったことで男の表情は強張っているが、その心配は無用だ。

 王族兄弟の犠牲により、僕は殺人クマさん対策を見つけてしまったのだ。

 僕は笑顔でブルさんにお願いする――


「ブルさんブルさん、()()()()()()()()()()()!」


 そう――逆張りである!

『殺さないでください』とお願いすることで殺害されてしまうなら、逆に『殺してください』とお願いすることで不殺生に繋がるというわけだ。

 これはクオリアの違いを利用した見事な作戦だと言わざるを得ない……!


 殺害依頼を聞いた男の顔が絶望に染まっているが、これはこの男を生かす為の措置だということを理解していないようだ。


「――グォォォッ!」


 熊神の口からビームが放たれたことで、絶望の顔はこの世から永久に消えた。

 後に残っているのは……首を失くした男の身体から噴き出す血と、恐怖の面持ちで僕とブルさんを見る護衛たちの視線だけだ。


 これにて王族――――皆殺しなり!


 ……いやいやいや、これはおかしい!

 なぜこんなことになっているんだ……!?


 予定では『殺さないクマ』となるはずが、迷わずクマビームを放っている。

 これでは僕が王族を皆殺しにしたと言われても反論できない結果だ。

 この作戦は自信があったのに……ブルさんは人間を殺したいだけなのかな?


 しかし、これは困った事になった……。

 この無残な惨状、どう始末を付けたものか?


 僕が唸りながら頭を悩ませていると――聞き覚えのある声が耳に届いた。


「ふふふっ、アイス君ならやってくれるって信じてたよ!」

「話し合うんじゃなかったのかよ。アイスならやりそうだと思ってたけどよ……」


 同じ発言内容と思わせてニュアンスが異なっているのは、ルピィとレットだ。

 そう――誰も近付いてこない貴賓席に乗り込んできたのは僕の仲間たちだ。


 ブルさんの突撃により貴賓席周辺からは観客が逃げ出していたのだが、逆に仲間たちは僕の援護に向かってくれたようだ。


「さすがは平和主義者を自称するアイス君だね! 自分の手を汚さずに王族を一掃するなんてボクには真似できないよ!」


 何がそんなに楽しいのか、ルピィが満面の笑みで僕を追い詰める。

 たしかに結果的には王族を皆殺しにしてしまったわけだが、これは決して僕の本意などではないのだ……。


「ち、違うよ、平和的に話し合いをするつもりだったんだ」

「どこが話し合いだよ。『殺してください』とか言ってたじゃねぇか」


 うっっ……レットに僕が殺害依頼をするところを聞かれていたらしい。

 あの場面だけを聞いたら、僕が野蛮な人間だと誤解されるのも無理はない。


「勘違いしたら駄目だよレット。あれは殺さない為に『殺してください』ってお願いしてたんだよ」 

「ワケ分かんねぇこと言ってんじゃねぇよ」


 レットに鋭いツッコミを入れられてしまった。

 うむ、たしかに第三者的観点では意味不明の発言である……!

 だが僕は嘘を吐いていないので、嘘が見抜けるレットは混乱しているようだ。


 ――おっと、いかん。

 セレンとフェニィが、ブルさんと火花を散らし合っているではないか。

 僕に危害を加えたということで敵対認定をしているのだろう、一触即発の危うい空気が漂っている。


「ブルさんはもう僕の友達だから喧嘩しちゃ駄目だよ」


 もちろんこのピリピリムードを僕が放って置くはずもない。

 セレンたちがブルさんを討伐してしまったら今までの苦労が水の泡だ。

 せっかく紆余曲折を経て友達になったのだから末永く付き合いたいものだ。


 僕は緊張を解かないセレンたちと強引に握手をして、続けてブルさんとも間接握手をする。……うむ、プニプニで気持ち良い。

 さりげなくまた肉球の感触を楽しめるという一石二鳥の作戦である。


「――オイ」


 おっと、ご機嫌でブルさんの肉球を堪能していたらツッコまれてしまった。

 怒っているわけでは無さそうだが、理解に苦しむといった様相だ。


 きっとブルさんは、自身の肉球のポテンシャルを自覚していないのだろう。

 殺人クマさんのデンジャラスぶりから、これまで国宝級の肉球が世に埋もれてきたことは間違いない。


 一度触ればクセになるプニプニ感なので実に勿体無い話だ。

 僕の仲間の中にもブルさんを恐れているメンバーがいるので、是非この機会にプニプニしてブルさんに親しみを持ってほしいところだ。


「アイファ、ウルちゃん。ブルさんは優しいクマさんだから大丈夫だよ。――ほら、マカもおいで」


 貴賓席の入り口で様子を(うかが)っている仲間たちにも声を掛ける。

 ブルさんの存在に怯えているのはアイファとウルちゃん、それからマカだ。


 アイファは普段の発言こそ強気だが、あれでマカと同じく臆病なところがある。

 ウルちゃんに関しては、人国では熊神は絶対的な存在だったようなので多少怯えるのも仕方がないと言えるだろう。


 そしてマカは、僕に名前を呼ばれた刹那――雷光のような速度で部屋を駆け抜け、稲妻のような勢いでフードに飛び込んだ。


 鈍重な行動ではクマビームの餌食になると言わんばかりの警戒ぶりだ。

 それでもマカが貴賓席に入ってきたのは、おそらく僕のフードが一番安全だという判断なのだろう。


 だが、これでようやく役者が揃った。

 国王どころか王族まで皆殺しにしてしまったわけだが、仲間たちが一緒にいてくれれば心配など何もない。

 もちろん問題が山積みであることは否定できないが、この程度は皆で知恵を絞れば何とでもなる事だろう。

第三部【最強の神獣】終了。


明日からは第四部【解き放たれた世界】の開始となります。

(第四部で本作は完結予定です)


次回、六五話〔新体制〕

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