六三話 起こりうる事故
緊張に包まれた貴賓席。
ここには王族らしき異形の神持ちが三人いる。
人国の王族は神持ちしかいないので絶対数が少なく、この三人が王族の全てだ。
ただでさえ数が少ないのに、今日のビーム事故で一人減ってしまっている。
不慮の事故死などの危険性を考えると元から数が少なすぎる気もするが、神持ちは簡単に命を落とすような存在ではないので問題視されていないのだろう。
今日のような出来事は早々あることではない……いや、あってはならないのだ。
そして似たような異形の神持ちが三人もいるので国王が判別できないという問題はあるが、しかし計画性の高い僕に抜かりはない。
こんな事もあろうかと、国王の容姿については事前に聞き及んでいる。
常人の三倍はある耳、ブルさんに怯えながらも傲岸さが滲み出ている態度。
事前の情報と照らし合わせてもそうだが、一際豪華な椅子に座っていることといい、眼前に座るこの男が国王だとしか考えられない。
僕との運命的な出会いに感激しているのだろう、国王は身体ばかりか声まで震わせながら話し掛けてくる。
「か、下等な人間如きが……い、生きて帰れると思うなよ、貴様」
おっと、これはいかんですよ。
友好的な雰囲気が全く感じられないではないか。
しかもまるで、僕が故意にブルアタックを直撃させたかのような言い草だ。
失礼な人間ではあるが、とりあえず気にせず交渉を先に進めてみるとしよう。
「それより、ここで偶然出会ったのもきっと何かの縁です。ちょっとお願い事があるのですが……」
「――私の前で口を開くな人間ッ。空気が汚れるわ!」
下手に出てお願いしようとすると、とんでもない事を言われてしまった。
この国王、自分も人間だという事実をうっかり忘れているのだろうか……?
だが、これは良くない流れだ。
礼節を持って丁寧に接したことで、却って侮られて失敗してしまった感がある。
交通事故を起こした時に謝ったりすると『謝ったということは過失を認めたということだな?』と過失割合が不利に働くと聞いたことがあるが、これに近いものなのかも知れない。
世知辛い世の中ではあるが、ここは強気の姿勢で攻めなくてはならないようだ。
「おやおや国王さん、そんな事を言っても良いのかな? ――どう思いますか、ブルさん?」
この国で熊神の威光が圧倒的なのは明白だ。
ブルさんの威光を借りる形になるが、熊神に会談へ加わってもらうことにより国王との交渉を優位に運ぼうというわけである。
これぞ、虎の威を借る狐作戦……!
力で脅しつけている武力外交のような感は否めないが、礼節が通じない相手ともなれば多少の不作法は致し方無いだろう。
僕に話を振られたブルさんは、大きな口を開き――クマビームを国王に放つ!
「あ、あっ……あ……」
国王の腹部には大穴が開いていた。
既視感を感じるその穴は、フェニィの蹴りで開けた穴とよく似ている。
フェニィキックとの大きな違いは『出血大サービス!』とばかりにドバドバ流血していることくらいだろう……。
混乱している様子で口から音を漏らす国王。
しかしそれも長くは続かない。
しばらくすると、国王はピクリとも動かなくなった――――人国国王、死亡!
お、おかしいな……こんなはずでは無かった。
腹を割って話すべくブルさんに軽く威圧してもらうだけの予定だったのに、なぜこのクマさんは必殺光線を放っているのだろう?
腹を割って話すどころか、腹が割れて話せなくなっている有様だ。
しかも話の流れ的に考えれば――僕がブルさんに殺害依頼をしたかのようだ!
いや、諦めるのはまだ早い。
国王は不慮の事故で失ってしまったが、貴賓席にはまだ王族が二人も存在する。
次なる国王は必然的にどちらかとなるはずなので、事故死した国王の代わりにその相手を交渉相手とすれば良いだけだ。
だが……交渉に入る前に、貴賓席の皆さんに言い訳をしておくべきだろう。
意図的に国王を殺害した、と誤解されたままではよくない。
僕の人間性が疑われて、今後の交渉に差し支えがあるかも知れないのだ。
そしてなにより、対話の意志が感じられなかった国王は死去したので、もはや武力外交のような真似をする必要性は無くなったのである。
しかし、国王殺しをどう弁明すべきなのか?
ブルさんが勝手にやった、と言ってしまうのは責任逃れみたいなので嫌だ。
よし――ここはあの手でいこう。
「いやぁ、不幸な事故でしたねぇ……。どうやらクシャミと一緒にビームが出てしまったようですね!」
殺意があったわけではなく、生理現象の一環として誤魔化そうというわけだ。
クシャミで唾が飛んだかのような言い訳だが、ブルさんの生態は謎が多そうなので多少の無理は通じることだろう。
そう、咳き込んでビームを放つことなんて『あるある』ですよ……!
「…………」
僕の言い訳が効果的だったのか、この場にいる人々から反論の声は上がらない。
心の耳をすませば、『あるある!』と聞こえてくるような気がするほどだ。
もっとも――護衛の半数は失神していて、残りの護衛は目をつけられたくないかのように身を縮めているのだが。
意識のある護衛は部屋の空気と一体化しようとしているわけだが、しかし彼らの職業意識の低さを責めるわけにはいかない。
なにしろ彼らは護衛ではあるが――〔首輪付きの奴隷〕でもあるのだ。
服従を強制されているだけなので、命懸けで王族を守る気概があるはずもない。
操作板で護衛を強要される恐れはあるのだが、王族の生き残り二人は護衛に縋ることも忘れているように失禁して座り込んでいる。
王族の二人は神持ちということで意識こそ失ってはいないが、彼らには抵抗する気力が残っていないようだ。
とりあえず、国王がクシャミで死亡したという痛ましい事件は置いておいて……ここからは交渉再開の時間だ。
――おっと、その前に危険人物ならぬ危険クマさんに釘を刺しておくべきだ。
また交渉相手を殺害されては話が進まない。
何度も口に出して注意するのは失礼なので、『もう殺したら駄目ですよ?』と視線で伝えると――ブルさんは『分かったクマ』とばかりに頷いてくれた。
うむうむ、狂暴な見た目に反して素直なクマさんなので嬉しいなぁ……。
ブルさんはこれで良しとして……さて、王族のどちらと交渉すべきだろう?
次代の王と交渉する必要があるので、まずは王位継承権の上位者を確かめるところから始めるべきか。
「怯えなくても大丈夫ですよ、僕は平和的に話し合いに訪れただけですから。ところで、次の国王になる方はどちらですか?」
王族の二人は恐怖で震えていたので、僕は平和主義者であることを告げて安心させつつ、次なる交渉相手を優しく聞き出す。
僕の質問を受けて、王族の一方が怯えているかのようにビクリと震え――その男に部屋中の人間たちの視線が集中した。
反応からすると、この男が次の国王候補だ。
年嵩のようなので、生き残り王族兄弟の〔兄〕の方という事なのだろう。
レオーゼさんは除籍になっているから別として――今日だけで王族四兄弟の二人が死亡していることになるので男が失禁して怯えているのも無理からぬことなのかも知れない。
だが王族は差別主義者揃いと聞いてはいるが、僕は皆殺しにしようなどと物騒な事を考えているわけではない。
しかし、僕が安心させる為の言葉を発するべく口を開こうとすると――先んじてブルさんが「グォォォッ!」と口を開いてしまった!
結果的に、次期国王候補であったその男は一言も喋っていない。
部屋中の視線が集中した次の瞬間には、頭部を消し飛ばされているのだ。
なんてことだ……平和的に話し合いにきたと言ったばかりなのに、一語も話さない内から瞬殺しているではないか。
なるべく殺さないという話はどこに行ったのか、先ほど『分かったクマ』と頷いてくれたのはなんだったのか。
あのフェニィですら殺害対象に一語くらいは出させているので、相対的にフェニィが〔人道的な人間〕に感じられるという異常事態だ。
明日の投稿で第三部は終了となります。
次回、六四話〔察してしまうクオリア〕