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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第三部 最強の神獣
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五七話 無双する仔猫

 大会本戦の舞台は、予選時よりも一回り大きな闘技台となっている。

 だが場外負けのリスクが減るというわけではなく、そもそも本戦では場外負け自体が存在しない。


 すぐに場外負けで決着がついては興醒めしてしまうからなのか、闘技台から落下しても試合は継続されるとのことだ。

 予選では八組が同時に闘うことに加えて場外負けが存在したのだが、これはおそらく手っ取り早く人数を減らしたかったからだと思われる。


 遠方からも観客が訪れているので、闘技場は立ち見が出るほどの大盛況だ。

 予選は予選で人気があったのだが、本戦はそれを遥かに上回る客の入りだ。

 予選の観覧は立ち見のみ、という条件であったことも影響しているのだろう。


 闘技大会の予選は、観客の扱いも試合内容も全体的に〔雑〕な印象があったが、本戦ともなると出場選手にも安定感がある。

 檻の中で騒いでいるような魔獣は少なく、控え室で待機している魔獣の多くは暴れることもなく大人しい。


 ちなみに、この魔獣闘技大会では〔首輪付き〕の魔獣は見ていない。

 非常に高額な魔道具らしいので、通常の魔獣に使用するにはコスト面で割に合わないからのようだ。


 あの首輪が手軽に手に入らないことには安堵する思いだが、それでも国内に数十の首輪が存在するらしいので早晩には全て回収して処分したいところだ。


 ――――。


 僕とマカが本戦の舞台に立つと、観衆からどよめきが上がった。


 しかしこれは無理からぬ反応だ。

 僕は大剣を背負ってはいるが、客観的に見て強そうな外見ではない。


 そして僕の肩にちょこんと座っているマカ。

 手のひらに乗りそうな白い仔猫ちゃんは、僕の肩から落下しただけで怪我をしそうな程に頼りなく見えるのだ。


 そして選手紹介のアナウンスにより、観衆の戸惑いは増幅した。


『続いてこちらは、雷神の加護持ちのマカ。……えっ、()()?』


 本戦からは事前に自己申告していた加護が紹介されるが、解説者は自分で読み上げた選手紹介に驚いている。

 マカが神獣であることにも驚いているようだが、魔大陸では聞き馴染みのない〔雷神〕という加護にも動揺しているらしい。


 僕の生まれた大陸でレオーゼさんの持つ調神が存在していなかったように、神付きの加護は大陸固有の物となっている。

 マカの雷神だけではなく、裁定神や盗神なども魔大陸での知名度は低いはずだ。


 ちなみに受付の段階で加護を自己申告していたのだが……受付のお姉さんは僕の言葉を全く信用していなかった。

 悲しい事だが、前例がないので信憑性が薄くなってしまうのも理解は出来る。

 そんな流れで僕が〔神殺し〕と自己申告しても信じてもらえるはずがない。

 そう、僕が〔治癒の加護持ち〕と虚偽申告するのも仕方がない事なのだ。


 実際、雷神と聞いた観衆の反応は半信半疑だ。

 マカは異形ではないので魔獣ではないことは確かだが、神獣というよりは普通の仔猫ではないかと疑われている雰囲気だ。

 他の参加者たちのように、パートナーを檻に入れていないことも疑惑に拍車をかけているのだろう。


「――ケッ、んなもんハッタリに決まってんだろ!」


 対戦相手から吐き捨てるような言葉が飛んだ。 

 どうやらマカが神獣であることを全く信用していないようだ。

 加護は厳密に調べられたわけではなく自己申告でしかないので、魔大陸の常識を鑑みれば自然な思考だと言えるだろう。


 マカが観衆から注目を浴びていることが忌々しいのか、自分のパートナーへの関心が薄いことが許せないのか、対戦相手の男は八つ当たりをするようにムチで闘技台を叩いている。


 このムチ男のパートナーは、羊の魔獣だ。

 草食動物らしからぬ尖った牙が突き出ている個性的な羊は、僕とマカを見ながら口からヨダレをだらだら流している。……完全に捕食対象としてロックオンされている!


 選手紹介では〔牙の加護〕を持つ羊とのことだったが、加護を得たことで獰猛な肉食動物へと変貌してしまっているようだ。

 そして相方のムチ男は、武器系の加護である〔鞭の加護持ち〕だ。

 見たところ、ムチで威嚇しながら魔獣を敵にけしかける戦闘スタイルらしい。


 強そうな雰囲気は感じられないが、混沌とした予選を勝ち抜いてきただけあって戦闘が成立するレベルであることは間違いないだろう。

 だがもちろん、僕とマカの敵ではない。


「――始めっ!」


 試合開始の合図を出したのは、昨日に引き続きのタヌキ耳おじさんだ。

 ほとんどの大会参加者を一人で撃退出来そうな屈強な審判さんである。

 もうこのおじさんが闘った方が良いんじゃないか? という気すらしてくる。


「にゃ」


 僕の意識がおじさんに向いていると、マカが僕の注意を引くような声を上げた。

 気紛れな仔猫ちゃんではあるが、今日は珍しく戦闘意欲が高い日らしく「活躍を見てるといいニャ」とばかりにアピールしてきたようだ。


 僕が微笑ましい気持ちになったのも束の間、マカは雷光のように動いた。

「ニャッ!」と一声鳴いて、一陣の風のように羊の横を飛び抜けたのだ。


 これはマカの得意な戦法だ。

 僕の身体を土台にして弾丸の如く飛び立っての――――必殺の斬撃。


 飛び抜け際に魔爪術を発動することにより、敵が知覚する間もなく切り刻むという初見殺しの戦法だ。

 最強の神持ちと自称していた砕神のマジードすらも、この手で瞬殺された。


 一応は戦闘系の神持ちであったマジードでも対応できないような攻撃だ。

 神獣でも対応が難しそうな攻撃に、一介の魔獣が反応できるはずもない。


「あぁぁっ!?」


 羊は綺麗に輪切りにされてしまい、ムチ男は驚愕の叫び声を上げている。

 パートナーが一瞬の内にスライスカットされてしまったので、ムチ男は動くことも忘れて混乱の極致にいるようだ。


 ちなみに魔爪術と聞くとフェニィを思い浮かべるところだが、マカとフェニィの魔爪術には決定的な違いがある。

 マカの魔爪術はフェニィのそれのように傷口を焼いているわけではないので――舞台は血溜まりになってしまうのだ!


『きゃぁぁぁ!』『うっ……』


 突然のスプラッタな光景に観客から悲鳴が上がってしまうのも無理はない。

 ゆで卵をスライスカットするわけではなく、成体の羊をカットしているわけだ。

 そう、舞台で〔臓器カーニバル〕が開催されてしまうのも当然だ……!


 こうして見ると、真っ二つにしてはいても出血が少ないフェニィの犯行は良心的なものだったと言わざるを得ないだろう……。


 恐怖の相対評価によりフェニィの株を上げていると、血溜まりを踏まないようにマカがとことこと戻ってくる。

 よしよし、観客の反応はともかく大活躍したニャンコを褒めてあげなくては。 


 しかし、褒めて撫でようと伸ばした僕の手は――バシッと尻尾に払われた!


 これはどうしたことだろう……?

 流れからして、勝利を褒めてもらいたがっていると思ったのだが……。  


 心が傷付くよりも不思議に思う気持ちの方が強かったので、マカをよく観察してみると……仔猫は何かに期待するような眼をしている。

 このワクワクしている眼には見覚えがある。

 これは、マカが〔食いしん坊モード〕に入っている時の眼に他ならない。


 ――はっ、まさか!?


 このニャンコ、珍しく戦闘意欲が感じられると思っていたが――『今夜はジンギスカンにゃん!』と羊を食べることを考えていたのか……!


 くっっ、なんてことだ……。

 ヨダレ羊が僕たちを捕食対象と見ていたように、マカの方も羊を捕食対象として見ていたということか。


 しかし、それは許されることなのだろうか?

 ムチ男に『今夜の晩ご飯にしますので死体を貰ってもいいですか?』と聞くのは気が引けるものがある。


 いや……いっそのことムチ男を晩餐(ばんさん)に招待してしまうのはどうだろう?

 生産者特権で美味しい部位を優先してあげることを伝えれば、もしかしたら二つ返事で了承してくれるかも知れない。


 だがこれは、一歩間違えれば危険な提案だ。

 マカが試合で死亡したと仮定して、相手に『三味線にしてもいいですか?』と聞かれるようなものではないだろうか?


『貴方にも弾かせてあげますよ?』などと言われたら、さすがに温厚な僕でも激怒してしまう自信がある――そう、僕はバイオリン派だ!


 おっと、いかんいかん。

 恐ろしい想像をしている場合ではなかった。


 マカには申し訳無いのだが、真っ青な顔で膝をついているムチ男に『ロースとバラを切り分けておきましたよ?』なんて追い討ちをかけるようなことは言えない。

 ここはマカを上手く言い包めて諦めてもらおう。


「あの魔獣は食べても美味しくないと思うよ? 今日の試合が終わったら普通の羊肉を買って帰るのはどうかな?」


 これは根拠のない発言ではない。

 あの魔獣は僕らを見てヨダレを垂らしていたので、肉食であった可能性が高い。

 そして、肉食動物の肉は臭みが強かったりして美味しくないことが多いのだ。


 マカは過去に食べたラム肉を想定しているのだろうとは思うが、あの魔獣は成体で筋肉質だったので、同じ味を再現することは僕の腕をもってしても難しい。


 僕の説得を受けて渋々フードに戻るマカ。

 魔獣を倒し損だと思っているのかも知れないが、結果的にジンギスカンが食べられれば文句など言わないはずだ。


「…………ギブアップだ」 


 おっと、ムチ男は降参してしまった。


 マカを軽視していたので一人でも戦闘継続するかと思っていたが、さすがにパートナーが瞬殺されてはマカの実力を認めざるを得なかったのだろう。

 なぜか僕までもが脅威対象として見られている気がするが、心当たりは無いので被害妄想に過ぎないはずだ。


 しかし……会場中にマカの実力を見せつけた結果として、観客に引かれているように感じられるのが悲しいところだ。

 予選でブーイングを飛ばしていた観客とも誤解が溶けたら仲良くなりたかったのだが、それらの人たちは僕と眼を合わせないように俯いている。

 そう、報復でマカをけしかけられることを恐れているかのように……!


明日も夜に投稿予定。

次回、五八話〔降臨する覇者〕

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